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もっと撮り旅

「仙境」(岐阜県高山市)

Z 7/NIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR S/f11/1/2秒/ISO200/RAW(Capture NX-D/晴天/ビビッド)/三脚/PL/'20年6月26日15時10分/岐阜県高山市

飛騨に行くなら、Hさんに案内してもらうといい。
もう何年も前から、何人もの友人から、そう勧められていた。知り合いじゃないし……と、躊躇する私に、「絶対に頼んだ方がいい」と、皆が口をそろえる。とはいえ、撮影は自分一人で行く方が気楽なので聞き流していたが、何かで目にしたドクダミの群生地が、Hさんのお膝元だと知る。個人の所有地だが、Hさんが地主さんに挨拶されているから気持ちよく撮れるのだと聞き、ついに私もお願いすることにした。

さて、いつも突然、行きたくなる私。この時も、急なお願いなので無理かなと思いつつ、おそるおそる連絡をしてみると、「明日の朝4時に道の駅で」とあっさり快諾いただいた。翌朝、約束の時間ピッタリに、Hさんの車が軽やかに道の駅に登場。初顔合わせで緊張する私に、Hさんは朗らかに、「じゃあ、行きましょうか」と、慣れた様子でドクダミの林まで先導してくれた。土砂降りの雨だったが撮影にはもってこいで、自分もカメラもずぶ濡れのまま、撮りまくる。カメラがあまりにかわいそうだったのか、帰り際にちょうどよい大きさのビニール袋をかけてくれたHさん。おかげで、それからまた数十分、私は黙々と撮り続けた。

   *

そして数年後。今度は、「飛騨の秘境渓流」が口コミで話題になっていた。ここもやっぱりHさんの案内なくしては行きづらい場所のようだ。一般的な知名度がないのは、かなりの悪路なので最新の道路状況がわからないと危ないからだろう。今回は写友のKさんも合流し、オフロード車2台に囲まれて到着した現地は、噂通り、道がえぐれていたり、巨大な水たまりがあったりと、自分一人では先に進む気にならない道が続いていた。さらに最奥エリアは、私の車ではリスクがあるため、Hさんの車に乗せてもらうことに。土砂降りの雨の中、ボッコボコの狭いダートを川沿いに進む。通い慣れているHさんの車のワイパーは、チャッ……チャッ……と、小雨の時と同じようなゆっくりした間隔で動くので、フロントガラスが雨で歪んで進路がほとんど見えない。
「大丈夫? 落っこちない?」
ヒヤヒヤしながら前を凝視するうち、無事、目的地に着いた。瑞々しいシダや林の美しさは想像以上で、昂る写欲に身を委ねる。無我夢中で自分もカメラもずぶ濡れのまま、しゃがみこんで撮り続ける私を見かねたのか、Kさんが傘をさしかけてくれた。
「すみません。自分の傘、持ってるんです。」
我に返り、リュックから携帯用の傘を取り出し、撮影続行。私がちんまり収まった小さな黒傘からレンズの先がちょこんと覗き、微動だにしない姿は、亀の石像のように周囲と同化していたそうだ。

撮れてる感に満たされて、あっちのポイント、次はこっちと延々撮り続けるうち、そろそろHさんの電池が切れる頃合いが近づいてきた。Kさんに私を託したHさんが去ってしばらくすると、幸か不幸か雨はやみ、蚊が群がり始める。まだ撮りたい。でも蚊の餌食になりたくない私は、虫よけ網ネットを被った。夏の必須アイテムだが、視界が鬱陶しくなるので着脱を繰り返すうち、気が付くと網ネットがない。あれがなくては、撮影に集中できない。私は歩いた道をくまなく探した。探しても、探しても見つからない。撮影もせず、下を向いたまま必死でウロウロ探す私に気付いたKさんも一緒に探してくれたが、どうしても見つからない。諦めない私が、「もう一度、さっきの場所を見てきます」とくるりと翻ったとたん、「アッ」。Kさんの声がして、「そら、見つからんわな」と言いながら、私の首の後ろに引っかかった網ネットを渡してくれた。そんなところに……。一人だったら、永遠に見つからなかった。

   *

お二人のおかげで、この秘境に魅せられた私は、翌朝、一人で再訪した。昨日のおさらいをしていると、見覚えある車が颯爽と走ってくる。一夜明けてフル充電したHさんとお連れの方たちだ。あとでHさんのお年を聞いてビックリ。早起き朝活、創作意欲も満たし、人にも喜んでもらえる人生。あれが理想的な生き方なのかもしれない。早起きの苦手な私には難しそうだが。

旅ノート

5月9日まで開催していた写真展「絶景恋愛+」では、会場や動画サイトに、タイムラプスや作品解説動画を設けたり、京都のお祭写真を追加したりと、会期中にもいろいろ工夫を重ね、本当に楽しかったです。関係者そしてご来場の皆様に感謝です。

写真・エッセイ:星野佑佳
風景写真2021年5-6月号

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