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vol.3 Minoru Kobayashi 小林 稔

「尽きることがない、クルマという世界の魅力」

カー・フォトグラファー/日本レース写真家協会 会長(日本)

1955年生まれ。日本大学芸術学部写真学科を卒業後、自動車専門誌「CAR GRAPHIC」の社員フォトグラファーとして8年間勤務。独立後は自動車専門誌や 一般誌の新車試乗記、メーカーのカタログなどアウトドア、スタジオを問わずクルマとモータースポーツの写真を撮り続ける。現在、Formula NIPPON、SUPER GT、ル・マン24時間レースなど国内外で年間20レース以上を撮影する。写真雑誌「CAPA」の「流し撮りGP」の審査も担当している。

レーシング・フォトグラファーであり続ける意義

なぜこの仕事を続けているか、という問いに対して「モータースポーツの魅力を伝えるため」と迷わず答える小林氏。写真を通して、そのことを少しでも多くの人達に知ってほしいという。日本は、モータースポーツの歴史や文化の深さという意味ではまだまだ海外に及ばない。「向こうでのレースは、日本のお祭りみたいなものですね。家族ぐるみで観に来ます。一般的なスポーツとして認知度も高く、まったく特別なものではないのです」。
小林氏は海外での取材を通して、レースが持つ空気感やその本質を学んだという。「レース写真で多くの人がイメージするのは、高速で走り抜けるクルマやバイクかもしれませんが、そこにはドライバーがいて、背後にはマシーンを作る人やサポートするチームがいる。サーキットがあって、観客がいて、イベントが熱狂に包まれる。ここまで多くの要素が絡みあい、多様な楽しみ方ができて長く撮り続けられるスポーツは他にあまりない気がします」。面白さはそこにあり、それを撮る。「するとその世界(レース業界)の一人としてモータースポーツを一緒にやっているという意識が芽生えます。ドライバーを含め多くの関係者と知り合い、共に目標を目指したり助け合ったり。体力がものをいう職業ではありますが、働ける間は撮り続けてこの世界に貢献したい、モータースポーツの世界から去っていく人々の意思を継いでいきたい」と、強い使命感をあらわす。小林氏が30年以上にもわたりレーシング・フォトグラファーという職業を続けられる原動力がここにある。

クルマと写真と自分

まだハイハイしている頃にカメラを持っている写真があるそうだ。幼少時代に興味を抱いていたカメラやクルマのことが、実際に職業となり、経験を重ね、今では日本レース写真家協会(以下JRPA:ジャルパ)の会長を務める小林氏。「長いキャリアの中で意識の変化、つまりレース写真への興味の対象や向き合い方のようなことが変わっていきました」と語る。
「若い頃は純粋にクルマが好きでした。モノ(クルマ)は手に入らなくても写真なら撮れますからね」。自分が好きな被写体を自分の視点で残す面白さがあった。そして「CAR GRAPHIC」の社員フォトグラファー時代には、実際にA級ライセンスを取得し自分でレースに出ることもあった。30代には上の世界(F1など)を目指す若きドライバー達にフォーカスし、その純真さ清々しさを撮影。海外にもよく行った。40代には国内レースのオフィシャルフォトを始めた。その時期、デジタル化の大きな流れが押し寄せ、雑誌やウェブを作ったりして「伝える」ことに打ち込んだ。そして50代。自分の撮影以外にJRPAでの職務がある。「年齢や時代によって、その時々の目的や興味、考え方があります」。小林氏は、変化に富んだ本当に良い時代を生きてきた、と振り返る。

JRPA会長としてやるべきこと

所属する多くのフォトグラファーはフリーランス。みんな個性が強い一匹狼だ。一人一人がその個性を存分に発揮できるような、働きやすい環境づくりを目指す小林氏。パスの取得から、撮影場所の交渉、取材の調整、現場のネット環境、安全面への配慮など職務は多岐にわたる。「今までの自分が受けたことに対する恩返しのような感じでしょうか」。JRPAの仕事で自分の撮影が犠牲になることも多いが、一生懸命やればみんなにとってプラスになる。協会の力を使ってより良い写真を撮り、業界が盛り上がれば仕事も増える、ひいてはモータースポーツの魅力を伝えることにつながる。
もう一つ、若い人材にチャンスが少ないという問題がある。つまり種々の規制やパスが簡単に出ないこともあり、レーシング・フォトグラファーになること自体が難しいのだ。次の世代を担う人達に興味を持ってほしい…。毎年お台場で行っているイベント「モータースポーツ・ジャパン」は、JRPAの会員が講師となり、広い駐車場を走るレーシングカーを子供たちがスタンドから撮るというもの。これも、レースの面白さを伝えるべくJRPAが取り組んでいる企画の一つである。

プロとしての葛藤:記録か作品か

そこで起きている事実を正確に記録して伝える報道的な役割をもった写真か。それとも、自分らしい表現を追求した創造性豊かな写真か。プロとしてどちらも大切な写真であることは間違いない。「恐らく、みんな葛藤があると思いますよ」と小林氏。「例えば、瞬間を止めることが必須のサッカーのゴールシーンで、スローをきれる人がいたら大した度胸ですね」。アーティスティックな写真に素晴らしいものは多いが、実際に雑誌などで使われることは少ないという。JRPAのホームページにはそんな写真を掲載しているギャラリーページがあり、そこはある意味で、会員フォトグラファーの自己表現の場となっている。「ギャラリーを見ていると、みんなこういう写真を撮りたいんだなあ、と感じます」。
小林氏自身はどうか。JRPAの会長とオフィシャル・フォトグラファーの立場があり、国内のレースではなかなか自分の思うように撮れるわけではない。だから会員みんなの力を借りて、世の中にレースの魅力を発信していく。「特に今は、力を合わせる時期ではないだろうか」。では一人のフォトグラファーとして自分を表現する舞台は?「ル・マン。依頼内容や制約が少ないので、自分はそこでやりたいことをやるんです」。

ル・マンへの挑戦

世界三大レースの一つ、ル・マンはフランスで行われる24時間耐久レース。小林氏にとって最も魅力的なレースだ。24時間で刻々と変わる光の中で撮れる面白さ。また、コースが広く複雑で簡単に撮影ポイントに行けない難しさ。何をどの位置でどの光で撮るか、レーサーと同じようにフォトグラファーにも戦略が必要だ。「いつも事前にシュミレーションをするんですが、天気やら何やらでまずうまくいきません。そこが面白い。また来年、と必ず思います。ル・マンは自分が試される場所ですね」。ル・マンに限らず、海外レースでは個人の責任に委ねられている部分が多く比較的規制が緩い。特に昔は自由度が高かったため、その中で順応性や画作りを覚えたという。

技術と機材へのこだわり

高速の被写体を追いかけるレーシング・フォトグラファーにとって「一瞬」の意味は特別だ。限られたチャンスの中で、確実に良い写真、見る人に伝わる写真を残さなければならない。そのためにまずは「伝えるための力」が必要だと小林氏は考える。
一つは技術。その瞬間に自分の意思を写真に盛り込むことができるか。構図や光の判断、動きのある被写体つまり動感をどう表現するか、アート性はあるか、ということ。
もう一つは機材。どのメーカーであれ妥協のない選択をする。最高の機材でなければ撮れない写真があるからだ。「D3の登場で今まで撮れなかったものが撮れるようになりました。これは凄く刺激的なことです」。小林氏が何より惹かれたのは51点AFだった。AFポイントに縛られずに自分の構図を追求できる。富士スピードウェイで初めて使ったとき、その精度とばらつきのない安定性に感心したという。そして、高感度ノイズ性能の飛躍的向上。「D3にはまいりますね、夜も眠らせてもらえません…」。ル・マンは日が最も長い6月に行われる。22時前に太陽が沈み、朝5、6時頃に昇る。「昔なら深夜は仮眠していた時間ですが、D3だとコースにある僅かな光でも撮れてしまう。撮れると分かると撮りたくなる性分で、なかなか諦めることができないんです」。また、最新のNIKKORレンズについても「ナノクリスタルコートの威力を感じます。マシンはライトを点灯して走ることが義務付けられていますが、そのライトに幻惑されません」。
写真に正しい答えはない。伝わる写真といっても解釈は人それぞれ。「その写真を見て想像して、いろいろと考えてもらえる、ということが最大の喜びですね。感じ方もあればあるほど嬉しいです」。結果的に何かが伝わればいい、と小林氏はいう。

「信頼性」が意味するもの

「カメラがなければ僕たちは何の役にも立ちません」と何よりも信頼性の大切さを強調する。オフシーズン以外にほとんど休みはないという小林氏。週末はほぼ毎週サーキットで、巨大なレンズを一脚につけて肩に担いで歩き回り、平日は写真の整理やエディトリアル向けのロケ撮影などで多忙を極める。シーズンを通して「確実に撮れる」ことが大前提だ。しかし機械は壊れるもの。そこで頼りになるがNPS(Nikon Professional Service)。彼らは壊れないようにするためのメンテナンスを欠かさず、現場でもし壊れたときは機材を熟知したスタッフがその場で修理、または代替の機材を貸し出してくれる。「サポートも信頼性の一部です。いつもサービスに来てくれる方をもの凄く信頼しています。その人が来てくれればもう大丈夫と思える」。また、技術の勉強会などで作っている人達の顔が見えることが大切。作った意図や考え方から、実践にどう活かせば良いかのヒントが見つかるからだ。さらにNPSには、フォトグラファー達からのフィードバックに耳を傾ける文化がある。それが開発や他部署の人達へ行き渡り、次の製品に反映される。「人への信頼。ニコンの魅力はそこにあります」。

ギャラリー

フランス・ニースで行われたAudi R8 Spyderの国際報道試乗会にて。
ル・マン24時間レース、夕方6時、ポルシェ・カーブを走るAudi R15。
ル・マン24時間レース、朝6時、陽が昇るダンロップ・ブリッジを抜けるAudi R15。

カメラバッグの中身

限られたチャンスで最高の写真を残す責任があるレーシング・フォトグラファーにとって、機材の選択は最高級機以外にあり得ない。小林氏はNikon D3XとD3Sの2台を現場で使い分ける。1台にはメインの超望遠を装着。重さと焦点距離の最適なバランスから500mm f/4を選択。もう1台には、レースの空気感やそれを取り巻く人間のドラマを撮影するために短めのズームレンズ、16-35mm f/4、24-120mm f/4、70-200mm f/2.8などを使用。また、その他のアクセサリーとして1.4倍のテレコンバーターやスピードライトSB-900を所有している。

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