Nikon Imaging
Japan
プレミアム会員 ニコンイメージング会員

vol.9 Katsuhiko Tokunaga 徳永 克彦

Katsuhiko Tokunaga

「高度一万メートル。ダイナミックな瞬間を作り出す演出」

航空写真(日本)

地上を離れ、空から空へカメラを向ける

航空写真と言うと、どのような世界を想像されるでしょう。自動車の写真と言われれば、きっと車が颯爽と走る姿を思い浮かべるでしょう。それは走ることが車の本質だからです。同じように、航空機の本質は空を飛ぶことに現れます。ですから、飛行機の飛んでいる姿を捉えたものが、航空写真の本来の姿なのです。ところが飛行機に搭乗して上空に上がり、滑空する飛行機にカメラを向ける空対空の撮影を行うのは、実際には費用や資格の面で通常非常に難しいのが実情です。いわゆる航空写真家と言われる方も空港での離着陸を撮影されているのが一般的です。飛行機の離着陸の姿は車で言うと車庫入れの部分にあたる訳で、空を飛ぶ姿を見せるのでなければ、残念なことではあるのですが、航空機の根本的なものは見えてこないのではないかと考えています。その理由から、私は空対空の航空写真を中心に30年を超えた活動を続けています。空対空と言っても、ヘリコプターや戦闘機など撮影対象は様々です。その中でも、戦闘機など特殊な被写体を手掛けるプロになると世界中で10名程しかいません。更に航空機メーカーなどに所属せずインディペンデントで国際的に活動しているプロとなると2~3名にまで絞られます。門戸の狭い特殊な分野でもありますし、フォトグラファーのニーズとしても、それだけニッチなマーケットであるのも事実です。

プロとして活動を始めた70年代の終わりから80年代の初めは、雑誌での仕事が中心でした。空対空の撮影機会が増えるにつれて日本以外でも名前が知られるようになり、少しずつ海外での仕事が増えていきました。現在では軍用機や民間機のメーカーが使う広告宣伝用の写真や、各国の空軍の活動を紹介する写真撮影が活動の大半を占めています。拠点は日本ですが、近年は年間300日以上を仕事のため海外で過ごしています。

飛行機の躍動感を表現するように撮るのが自分の一貫したスタイルだと思っていますが、仕事では先ずはクライアントの要求に応えることを第一に考えます。例えば、先日フランスの航空機メーカーの撮影をしたのですが、ロンドンに一番近いシティという空港があり、空港が小さいため降りられるのはこのメーカーの飛行機しかないことを売り文句に、その性能の良さを写真的に表現して欲しいというのがクライアントの要求でした。何が求められているかを出発点に、航空機の性能を如何に写真として表現するかを突き詰めるのです。

安全性への徹底した姿勢

空対空の撮影には莫大な費用がかかります。例えば、戦闘機を飛ばすと燃料代だけで1機当たり1回200万円程度が必要になります。パイロットの養成や、機体の整備など多岐に亘るコストは桁違いです。何故ヨーロッパのメーカーがわざわざ日本人である私に撮影を依頼するのか。それは、撮影は安全かつ確実にという基準を彼らが何よりも重視するからです。プロジェクト全体の巨額な費用のなかでは、確実な安全性に比べればフォトグラファーの航空運賃など僅かなものです。飛行機は車と違って突発事項があっても途中で撮影を中断することはできません。何かあったら事故になってしまいます。ですから、一枚の写真を撮ることにこだわって無理をするフォトグラファーは敬遠されてしまいます。写真としてどれだけシビアな状況に見える画を撮る場合でも、それを撮影するプロセスは必ず安全を考慮していないといけません。同じ写真を撮るためでも、リスクをより少なく、より安全に撮影を遂行しなければならないということが我々の分野には不可欠の要素なのです。

ダイナミックな瞬間を作り出す演出

上空でシャッターを押すことも勿論大切ですが、私の仕事で何よりも重要なのが、事前に準備する撮影プログラムです。飛行機は一旦離陸すると着陸までは止まれませんし、1回飛ばすのに非常にお金がかかる。しかも上空に滞在できるのは、ほとんどの場合僅か1時間程度という限られた時間です。離陸から着陸までどのような段取りで飛ぶか、上空での限られた時間をどれだけ有効に使えるかが撮影を成功に導くための鍵なのです。

通常は1回の飛行で10から20程度のプログラムを撮影します。パイロットがどれだけ撮影に対処できるか、それぞれの飛行機のコックピット内部の状況やキャノピーを通して上空で実際にどういう風に見えるかとか、様々な条件が分かった上で、一番効率良く且つ安全にプログラムを組んで実行します。これは経験がないとできません。例えば、戦闘機3機が1枚の写真のなかにピタリと集合する場面を撮影するとしましょう。3機がタイミング良くベストな位置と角度でフレームのなかに揃うのはほんの一瞬です。撮影するタイミングも一瞬ですし、3機のパイロットがタイミングを揃えてベストな位置取りをすることも難しい。機体は一旦離れてしまうと、再集合するのに時間もかかります。ですから、このような撮影はプログラムの最後に持ってきて、最初は1機だけを撮るような組み立てにするのです。

パイロットが普段の訓練でどんな風に飛んでいるかは経験から想像がつきます。安全が第一なので、彼らには普段の飛行の延長線上で飛んでもらいます。安全に物事を組み合わせながら、写真的に飛行機の躍動感と緊張感を表現するのです。危険なことをやってもらっているので凄い写真になるのではありません。組み合わせの妙によって写真的なダイナミックさを演出するのです。例えば、戦闘機の空中戦というと、一般的には接近戦を想像するのではないかと思います。ところが、最新鋭のハイテク戦闘機が空中での接近戦を行うようなことは、もはや現実にはありません。そこで、代わりにそういう状況やイメージを抱かせるシーンをセットアップし、撮影するのです。戦闘機が遠距離からミサイル攻撃を受けた際に、ミサイルを誘導してかわすためにフレアという欺瞞のための炎のカートリッジを発射することがありますが、そういう演出を組み入れるのもその一例です。その場合も予期せぬ瞬間を反射的に切り取るわけではなく、セットアップして撮影します。パイロット自身にどのような写真が撮れるかを理解してもらうよりも、どのタイミングでどのように飛んでもらいたいかを正確に伝えることが不可欠です。飛行中に偶然そういう状況になっても撮影は難しいですから、撮影に至るまでのセットアップが重要になるのです。

チームワークで表現の可能性を拓く

航空機の撮影はチームスポーツに似ています。一人ではできませんし、チームワークを通して目的を達成できたときには、一人だけで完結するより遥かに満足度も高いのです。フォトグラファーとパイロットがそれぞれプロとして100%の力を合わせ、一緒になって作り上げることの楽しさは格別です。欧米、アジア、中東など、毎回異なる国の異なるメンタリティの人達と打ち合わせをし、上空を共に飛び撮影するのは、毎回がユニークな経験です。私はこのジャンルに30年以上携わっていますが、航空写真にはまだまだ汲み尽くせぬ可能性があると感じています。空対空の撮影は、煎じ詰めれば、縦、横、高さの3方向をどう使うかに尽きるのですが、飛行機は空中に浮いているものなので不確定要素が多く、チャレンジできることがまだまだあります。その可能性を追求すれば、新しいものが生み出せると思います。スイス空軍のアクロバットチームとは毎年継続的に仕事を重ねています。彼らと共に今までにないタイミングや組み合わせを様々に試しながら、新たな撮影へのチャレンジをライフワークのようにして取組んでいます。単純に聞こえるかもしれませんが、想像以上に色々な可能性があるので意外に頭を悩ませます。インターバルの違いによってどれくらいの見え方になるのかはやってみないと分からないですし、パイロット達とアイデアを出し合ってやっています。

コックピットでデジタルカメラをどう使うか

デジタルで一番変わったのは、画のクオリティーが上がったことでしょう。フィルム時代には考えられなかった感度の変更が可能で、かつては撮れなかったものが撮れるようになりました。4月から5月にかけてタイ空軍を撮影したときもISO2000まで感度を上げて撮影しました。撮影は全てRAWで行います。JPEGは使いません。露出は基本的にシャッター優先オート。ひとつの方法で決まったところでずっと撮影できるわけではないので、ホワイトバランスはほとんどの場合オートを使います。露出はそれほどでもありませんが、ホワイトバランスは撮影後の画像編集で、かなり調整します。光の色が違いますし、キャノピーに淡い色が付いている場合が多いので、透明感を強調する必要があります。ピントについては、シャープなピントが得られる確率の高さを考えて、オートフォーカスかマニュアルフォーカスにするかを決めます。通常はオートフォーカスの方が速いし、精度がいいのですが、キャノピーに歪みや傷がある場合には、マニュアルフォーカスを使います。

空撮ではGがかかると血液が重くなり、脳に血液がいかなくなります。脳の酸素不足で思考力が衰えます。それを防ぐために、搭乗するときにはパイロットと同じ特殊な耐Gスーツを着るのですが、Gがかかると内蔵された風船状のものに空気が入り、足から腰を締め付けてそれ以上血が下がらないようになっています。フィルムカメラの時代はその窮屈なスーツのポケットにフィルムを10本ほど入れて飛んでいました。コックピットでのフィルムの交換は、安全面のリスクも大きく、デジタルでその作業がなくなったこともメリットだと感じています。

カメラバッグの中身

コックピット内は狭いこともありますが、干渉するものがたくさんあり、安全面を考慮してなるべく少ない機材で撮影するようにしています。地上での撮影なら被写体に応じてレンズを変えられますが、上空での撮影は安全性のために最少レンズで撮ることも考慮してプログラムを作っています。典型的な撮影では、カメラボディーはD4を1台とD800を1台。アクロバットチームが背面飛行を行うような環境では、ネガティブGがかかり、機材が浮き上がってしまうので1台しか持っていきません。レンズは、AF-S NIKKOR 24-70mm f/2.8G EDとAF-S NIKKOR 14-24mm f/2.8G EDが基本で、必要に応じてAF-S NIKKOR 85mm f/1.8GとAi AF Fisheye-NIKKOR 16mm f/2.8Dを持ち込みます。

プロフィール

1957年1月13日東京生まれ。1978年にアメリカ空軍T-33A同乗以来、各国空軍機の空対空撮影を中心に取材活動を続けている。他にヨーロッパを中心とした航空機メーカー、各国空軍・海軍などの公式撮影でも実績を積み、日本だけでなく、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、オーストリアなどで、数多くの写真集を刊行している。

ニコンイメージングプレミアム会員
ニコンイメージング会員