Nikon Imaging
Japan
プレミアム会員 ニコンイメージング会員

第八十三夜 IX-Nikkor 30-60mmF4-5.6

ウーマンズ・ニコン/プロネアS用パンケーキズーム
IX-Nikkor 30-60mmF4-5.6

八十三夜は七十五夜に引き続きAPSカメラ用IXニッコールレンズを取り上げます。ウーマンズ・ニコンと称したAPSシステム最後のカメラ、プロネアS。今夜はそんなプロネアSのために開発したIX-Nikkor 30-60mmF4-5.6を見ていきましょう。
プロネアSとはどんなカメラだったのでしょう。その為のパンケーキズームとは。そしてAPSの終焉。今日はIX-Nikkorを通じてプロネアSの歴史を辿ってみましょう。

佐藤治夫

プロネアSの開発

1998年9月に発売したプロネアSは「一眼レフ世界最小最軽量」「斬新なデザイン」で女性向けのカメラとして販売開始して一時ヒット商品になりました。それではこのプロネアSの開発はどのように進められたのでしょう。この時期、製品開発を部や課というラインではなく、製品ごとにチームを発足して行うチーム制開発方式の走りだったと思います。プロネアSの開発は、カメラ事業で初となるプロダクトチーム制で行われました。このプロダクトチーム制では、チームリーダーが絶対的な権限と責任を持ちます。その効果は一貫して揺るぎのないコンセプトに従った製品開発。そして開発スピードの速さです。その時の統括チームリーダーが山川冬樹氏、そして設計リーダーが植松君夫氏でした。また設計主担当は、現在の映像事業部開発統括部長の村上直之氏でした。今回は村上統括部長に、開発当時の生の声を伺う機会に恵まれました。この発案はかなり前から温められていたらしく、きっかけは小型化されたAPSフィルムパトローネ。これだけ小さいのになぜ、カメラが小さくならないのか。そんな自然で単純な疑問がこのプロネアSを生み出す原動力となりました。そして実質のスタートは1996年6月14日。核となった関係者の打ち合わせから始まります。性能機能を省略せずにニコンらしい斬新な小型カメラができないものか。設計者発想から次第に企画部門や営業部門も加わり、ついに10月31日、7回目の打ち合わせで構想設計の簡易レビューを行います。そして本格的な設計が始動。チームの正式発足は1996年。ニコン初のプロダクトチームが結成されたのです。仮称P600の開発がスタートします。まず大きさとデザイン骨格ができあがります。その形大きさに収めるために各部分の設計が開始。我々光学設計はファインダーを担当。ミッションは性能を落とさず光学系を決められた陣地に収めること。担当者は、なにを隠そうニッコール千夜一夜物語のもう一人の語り部、大下孝一氏でした。それではプロネアS用標準レンズは何が良いか?どんなレンズとセットで販売するのか。もちろんボディーと同じコンセプトを共有し、トータルデザインが可能なレンズでなければならない。小型化を優先するなら、パンケーキ単焦点レンズ付きで発売するという考え方もある。しかし、ユーザビリティを考えれば、当然ズームレンズに軍配が上がります。プロネアSのコンセプトからしても、ズームレンズ付きがベストでした。どうにかして、パンケーキと言えるほど小型のズームレンズが開発できないだろうか。そんな思いでパンケーキズームレンズの設計がスタートしたのです。そして、その難題であるパンケーキズームレンズの光学設計は、私が請け負いました。各々が良い言い方をすれば少数精鋭、悪く言えば限界的少人数でAPS開発は進められていました。したがってIX-Nikkorの大部分を設計していた私に白刃の矢が立ったのは、当然の成り行きでした。そして私たちはコンセプト、スペック、サイズ等の詳細検討に入りました。当初のスペックは28-60mmF4-5.6と決定。鏡筒長は当時最少だったIX-Nikkor20-60mmの半分の長さ、太さもマウント径以下という条件を付けました。私はまたもや自らに重い十字架を背負わせました。なぜなら、プロネアSにこそパンケーキレンズが必要と思ったからです。しかも今回はズームレンズで実現する。そんな無茶な思いで開発をスタートさせました。そして、なんとか満足する設計案ができあがり、喜び勇んで鏡筒設計者に渡しました。そして数日後、鏡筒設計者が意気消沈した様子で突然現れました。彼曰く「いくら頭をひねっても鏡筒が成立しないんですよ。ズーミングで破けちゃう(鏡筒の外にレンズ群が飛び出すという意味)、佐藤さん小さくしすぎです。」あぁ、少しやりすぎたか…。そう言うや否や私たちはリーダーのところに行きました。リーダー曰く「この大きさは捨てがたい。何とかならないか」。彼曰く「手を尽くしましたが…。ズーミングの移動量が最短全長より大きいのです。バカ太くなるならまだしも、どう考えても一重のカムでは破けます。」そこで一同沈黙。リーダー曰く「そうだ!30-60mmならちょうど2倍ズームで切りも良いし、28mmより少し画角が狭くなるが、大きさ優先の方が使い勝手は良いのでは?」我々は顔を見合わせました。「鏡筒設計は可能か?」「すぐ検討します」こんな会話が交わされたと記憶しています。そして広角端を少しだけ削って、パンケーキズームIX-Nikkor 30-60mmF4-5.6(画角は35ミリ換算で37.5-75mm)ができあがったのです。そしてプロネアSとIX-Nikkor 30-60mmF4-5.6は1998年9月に発売。総生産数189,797台で1999年11月に生産を終了します。もう少しで20万台のヒットだったのですが、残念ながら至りませんでした。そして、惜しくもこのカメラがAPS一眼レフ最後の機種になってしまったのです。APSシステムとはなんだったのか。今考えると、それは将来を見据えた時代の転換期、銀塩システムの最終進化形だったのではなかろうか。APSシステムは銀塩プリントのデジタル化の促進やExif情報の発想を生みだしました。今思い返せば、あだ花と思っていた技術はきっと必然であったのだと思えて仕方が無いのです。

開発履歴と設計者

それでは開発履歴を見ていきましょう。それでは足跡をパテントと報告書によって振り返りましょう。光学設計報告書提出は1996年11月20日です。28-60、30-60の最終的には2案提案しています。特許は1997年1月に出願、1998年8月に公開されました。特許にも30-60対応と28-60対応の実施例が記載されています。ここでも元々28-60mmだった足跡が残っています。それでは図面と製品オーダーファイルを見てみましょう。試作開始は1998年4月3日。この日付で試作図が出図されています。そして量産図面出図は1998年5月9日。量産が1998年に開始したことを意味します。試作から量産開始まで約1年。発売日は1998年9月。約1.5年の短期開発です。当時では最速の製品化でした。実はこの短い開発期間の中で沈胴案まで検討していたのです。更なる全長短縮。しかしそれは太さ増大とバーターでした。元々短いので、更なる全長短縮は微々たるものでした。したがって、深追いせずに沈胴は断念したというエピソードもあります。そして1999年11月製造完了。21世紀直前で製造完了でした。なにか因縁を感じます。市場にはその後も若干在庫していたでしょうが、1999年販売終了と考えると約1年間と非常に短い販売期間でした。

それでは光学設計者についてみていきましょう。設計者は私です。記憶では1、2日で設計完了した記憶があります。なぜならこの時期、他に新設計を2オーダー、試作製品立ち上げを2、3オーダー抱え、さらにOJT(新人教育)の指導業務もありました。おそらく最も繁忙な時期を過ごしていたのではないでしょうか。そんな充実した時を過ごしている最中に開発されたレンズは、最も低コストの硝材で球面レンズのみ6枚で構成されていました。このレンズは当時として、史上最小最軽量に加え、最小枚数最小コストの冠もいただいたことになります。

発売当初の定価はレンズ単体では20,000円。プロネアSとセットでは74,000円と比較的安価にまとめることができました。

レンズ構成と特徴

図1 レンズ断面図

それではIX-Nikkor30-60mmF4-5.6の断面図(図1)をご覧ください。少々難しいお話をしますがご容赦ください。

向かって左側から光線が通る順番に見ていきましょう。このズームレンズは典型的な負正群構成のズームレンズです。この負正(凹凸)2群ズームレンズは基本構成がレトロフォーカスタイプになっていますので、皆さまも広角向きのレンズタイプであることはおわかりいただけると思います。一般に負正2群ズームの前群内部は凹凸部分群を基本に構成されています。通常は前群だけで3枚以上の複数枚の構成になっています。その複数ある凹レンズを1枚に集約し、非球面で補ったレンズ構成を発明して、私も頻繁に使いました。しかし前群に非球面を使用せずにたった凹凸2枚のレンズで構成したレンズは、IX-Nikkor30-60mmF4-5.6が初めてだったと思います。また後群は、良好な収差補正のために、エルノスター型凸凸凹凸4枚構成が最低限必要でした。IX-Nikkor30-60mmF4-5.6では、セオリー通り後群の構成も最小構成枚数で設計しています。従いまして図1のとおりIX-Nikkor30-60mmF4-5.6は、球面系の分離6枚構成で安価なレンズには最適のレンズ構成になっています。しかも最後の3枚は全てレンズ当てとし、鏡筒構造を容易にしつつ部品点数削減に貢献しています。さらに使用しているガラスは安価なものを中心に、いかなる国でも製造可能なように世界中で調達可能なガラスに限定して設計しています。比較的コストの高いLa系ガラスは第1レンズの1枚のみです。他は全て旧ガラスで設計しました。またレンズの厚みと縁厚も、加工しやすさと硝材費を両面から考慮して設計に縛りを与えています。ご覧の通り、徹底的に低コスト化を意識した設計になっているのです。したがって21世紀になった現在でも、IX-Nikkor30-60mmF4-5.6は史上最低コストで設計された最小の凹凸2群ズームと言えるでしょう。

設計性能と評価

まずは設計データを参照しましょう。以前お書きした通り、評価については個人的な主観であり、相対的なものです。参考意見としてご覧ください。

このレンズは典型的な凹凸2群ズームレンズです。非球面を使用せず世界最小6枚構成で超小型。皆さんはどこかにしわ寄せがきているに違いない、と思っているのではないでしょうか。それでは設計値をつぶさに見ていきましょう。

まずは広角端30mmの無限遠の収差特性です。球面収差は輪帯が小さいフルコレクションです。大きなコマ収差はありませんが、若干外コマ傾向です。倍率色収差は良好に補正されていますが、若干色コマ収差が発生しています。像面湾曲は比較的フラットで非点収差も極めて少ないです。歪曲は素直な樽型ですが、-5%と大きめです。歪曲を許すことで像面湾曲、非点収差を良好にまとめました。また、特にレトロフォーカス型レンズでは負の歪曲をある程度許容することで、近距離収差変動を抑えることが可能です。その意味でも歪曲にしわ寄せする選択をしたのです。それでは近距離ではどのように収差が変動するのでしょうか。まず像面湾曲がプラスに変化します。しかし、このレンズは約7割の像高の位置でサジタル像面とメリジオナル像面がクロスし、非点収差のないクロスポイントが生まれます。したがって、像面がプラスに転じる範囲は極最周辺のみに留まります。また、コマ収差は外コマに変化。色収差のバランスはあまり変化しませんが、外コマが増すことに合わせて目立ってきます。歪曲はさらにマイナスし、至近0.35m位置で-7%に増加します。非常に素直な樽型形状であるため、意外と印象は悪くありません。また、今回のようにデジタルカメラで使用した場合、画像処理できれいに改善することができます。

次に中間焦点距離45mmの無限遠の収差特性を見てみましょう。球面収差は若干オーバーコレクションになります。これは輪帯を少なくしてシャープネスを優先したためです。像面湾曲はほぼフラット。非点収差も小さく収まっています。歪曲は45mmでは-0.3%とほぼなくなります。またコマ収差も対称性が改善し、対称性の良い点像が期待できます。次に近距離収差変動を見ていきましょう。広角端同様に像面湾曲がプラスに変化する傾向がありますが、この焦点位置における像面湾曲非点収差の変化はほぼ無視できます。球面収差は近距離になっても輪帯が増すだけで至近まで、フルコレクションは崩れません。したがって、ピント位置はあまり変化しません。上手にバランスさせています。また、コマ収差は外コマ収差に転じます。歪曲もほぼ変化しません。

望遠端60mmではどうでしょう。まず無限遠です。球面収差は最小でフラットに立ち上がっています。歪曲は+0.57%でほぼ無視できる量です。色収差もかなり小さく抑え込めています。コマ収差は若干内コマ傾向を持っています。これは、あえて無限遠で若干内コマにすることで近距離収差変動を見かけ上小さくする技です。このコマ収差のバランスを考慮して像面湾曲、非点収差は若干プラスに残存させています。それでは近距離収差変動を見ていきましょう。広角端同様に像面湾曲がプラスに変化する傾向がありますが、この中間位置に続いてこの焦点位置においても像面湾曲非点収差の変化はほぼ無視できます。フラットだった球面収差は、近距離になってふくらみが発生し、その輪帯が増しフルコレクションに転じます。至近でも良好なシャープネスを保つように上手くバランスさせています。また、コマ収差は若干外コマ傾向になりますが無視できる範囲です。歪曲は至近で-0.04%と、ほぼ0になります。

次に点像強度分布、スポットダイヤグラムを観察します。まずは広角端30mmの無限遠を見てみましょう。ピント面では中心から周辺まで点像のまとまりが良く、どちらかというと高解像型の点像を示しています。芯の周りにはほのかにフレアーがあり、きれいなガウシアン分布になっています。収差から推測した通り、光軸から離れるほどフレアーは外方方向に尾を引きます。それではディフォーカス時はどうでしょう。非点収差が少ない特徴通り、各像高においても比較的癖ないボケ味を示しています。特に後ボケの方がよりきれいなボケ味が期待できます。

それでは中間焦点距離領域45mmはどうでしょうか。点像の傾向は広角端のそれと類似しています。中間領域もどちらかというと高解像型の点像を示しています。ここでも芯の周りにはほのかにフレアーがあり、きれいなガウシアン分布になっています。また、低像高ではフレアーは内方方向に尾を引きます。しかし、高像高になるにつれてフレアーは点対称に変化します。この焦点距離領域でも、非点収差の少なさから各像高においても比較的癖ないボケ味を示しています。この領域では前ボケの方がよりきれいなボケ味が期待できます。

最後に望遠端60mmを見てみましょう。やはり点像の傾向は変わりません。特に45mm時の点像よりもより高解像力になっています。フレアーの量もぐっと減ります。芯の周りにはほのかにフレアーがあり、きれいなガウシアン分布になっていることは変わりないのですが、フレアー絶対量が少なく芯が鋭いというイメージです。フレアーは45mm時同様に、低像高ではフレアーは内方方向に尾を引き、高像高になるにつれてフレアーは点対称に変化します。望遠端も各像高においても比較的癖ないボケ味を示していますが、やはり前ボケの方がよりきれいなボケ味が期待できます。

次はMTF特性を観察しましょう。まずは広角端30mm、無限遠絞り開放時の15本/mmと40本/mmの条件でコントラストの再現性を確認します。センターでは40本/mm時62%のコントラストを維持。球面収差はフルコレクションで比較適輪帯が小さいため40本/mmのMTFでも十分なコントラストを保持しています。像高が増すにつれて緩やかに減衰。像面湾曲に従ってサジタル像面、メリジオナル像面ともにピントのピークがマイナスに動きます。像高5割のあたりでは40本/mmのMTF値はメリジオナルが31%程度、サジタルが39%に減衰します。しかし、その後像高が増すにつれてコントラストの減衰スピードが鈍化します。7割像高では40本/mmのMTF値はメリジオナルが30%程度、サジタルが40%を維持しています。代わって15本/mmは見てみましょう。センターは84%程度。軸外でも8.5割像高程度まではほぼ平坦。サジタル像面は68%程度、メリジオナル共に61%程度保持しています。最大増高においても、急落することなく40%程度のコントラストを保持しています。

次に中間焦点距離45mmにおけるMTFを観察します。センターでは40本/mm時65%のコントラストがあります。球面収差は若干オーバーコレクションで輪帯が小さいため40本/mmのMTFでも十分なコントラストを保持しています。像高が増すにつれて、線型に近く緩やかに減衰。像面はほぼフラットです。像高5割のあたりでは40本/mmのMTF値はメリジオナル像が54%程度、サジタル像が63%。7割像高では40本/mmのMTF値はメリジオナル像が44%程度、サジタル像が56%を維持しています。周辺まで十分なコントラストを維持していることがわかります。代わって15本/mmはどうでしょう。センターは84%程度。軸外でも8.5割像高程度までほぼ平坦でサジタル、メリジオナル像ともに70%程度を保持しています。最大増高においても、急落することなく60%程度のコントラストを保持しています。

最後に望遠端60mmのMTF値を見ていきましょう。センターでは40本/mm時85%の非常に高いコントラスト再現性を示しています。非常にフラットで膨らみのない球面収差のおかげで、40本/mmのMTFでも非常に高いコントラストを保持しています。しかし、像高が増すにつれて減衰。像面湾曲に従ってサジタル像、メリジオナル像ともに、最大像高近傍のみピントのピークがプラス変位します。像高5割のあたりでは40本/mmのMTF値はメリジオナル像が35%程度、サジタル像が44%に減衰します。しかし、その後像高が増すにつれてコントラストの減衰スピードが鈍化してほぼフラットになります。7割像高では40本/mmのMTF値はメリジオナル像が36%程度、サジタル像で48%とむしろ向上しています。代わって15本/mmです。センターは97%程度。軸外では減衰して8.5割像高程度までほぼ平坦で40%程度のコントラストになります。望遠端60mmではセンターの先鋭度は高いです。一方、周辺はフレアーによるコントラストの圧縮によって、ソフトで線の細い描写をすることが推測できます。

実写性能評価

次に遠景実写結果を見ていきましょう。今回はニコン Z 7に後方部を改造したレンズを装着しています。改造したレンズについては後記いたします。

それでは、各絞り別に特徴を箇条書きに致します。評価については個人的な主観によるものです。参考意見としてご覧ください。

f=30mm(広角端)

F4(開放)

中心から周辺までの目立ったフレアーもなくコントラストも良い。解像力も高く特にセンターにおける画質、切れが良い。
最周辺、コーナーは若干フレアーが発生するが、解像感はある。目立った流れや色づきが無いところが良い。

F5.6

一段絞って全面にわたりシャープネス、特にコントラストがさらに向上。フレアーがほぼ消える。
中心部から中間部までは解像力が開放から比較的高かったが、若干向上が図れた感じ。
コントラスト、像のクリアーさが絞り込むことで改善されて申し分ない画質になる。
最周辺、コーナーも改善。フレアーが消える。
ちなみに、フルサイズ(FXフォーマット)で使用しても著しい不満はない。

F8

画質が全面でさらに一段向上する。フレアーレスになり申し分ない画質。解像力がさらに増す。
全面でいわゆる高画質に変化する絞り値。常用で推奨できる絞り値。
FXフォーマットで使用しても最周辺まで充分良好になった。

F11

均一で全面良好な画質。若干画質が向上する印象だが、ほんの少しだが、若干ボテツキが出た感じ。
回折の影響が出始めているのか。
F5.6、8、11と画質が向上するが、風景では深度を考えてF8~F11で撮影することを推奨する。

F16

全面平均化はされているが、若干解像力が低下する。回折の影響が出始めている。

F22~32

明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。やはりここまでは絞らないほうが良い。

f=45mm(中間)

F4.8(開放)

広角端と同じで、中心から周辺までの目立ったフレアーもなくコントラストも良い。解像力も高く特にセンターにおける画質が良い。
最周辺、コーナー部分は若干フレアーがあるものの、解像感はある。目立った流れや色フレアーが無いところが良い。
広角端をまさにトリミングした感じ。FXフォーマットでも最周辺で若干フレアーがあるが、解像感があり十分使用可能。
周辺の流れや色づきもないので好感の持てる画質。

F5.6

一段絞って全面にわたりシャープネス、特にコントラストがさらに向上。
中心部から中間部までは解像力が開放から比較的高かったが、さらに向上が図れた。
コントラスト、像のクリアーさが絞り込むことでさらに改善されて申し分ない画質になる。
最周辺、コーナーの解像感も改善。FXフォーマットでも最周辺のフレアーは残るが、解像力が向上し使用しても不満はない。

F8

画質が全面でさらに一段向上する。全面でいわゆる高画質に変化する絞り値。常用で推奨できる絞り値。
FXフォーマットでも最周辺のフレアーはまだ残るが、さらに解像力が向上しますます使用に耐えそう。

F11

ごく最周辺まで均一で全面良好な画質。さらに画質が向上する印象。
F5.6、8、11と画質が向上するが、風景では深度を考えてF8~F11で撮影することを推奨する。
最も変化したのがFXフォーマット使用時。FXフォーマットにおける最周辺、コーナー部分までフレアーが消失。
高解像で全面均一になる。FXフォーマットで使うならF11が最も画質が良い。

F16

全面平均化はされているが、若干解像力が低下する。回折の影響がではじめるか。
しかし思ったよりも悪化しない。FXフォーマットでも使用に耐える。

F22~32

明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。やはりここまでは絞らないほうが良い。

f=60mm(望遠端)

F5.6(開放)

中心から周辺までの目立ったフレアーはないが、若干コントラストが低いか。解像力は高い。
特にセンターにおける画質が良い。解像力は高いが若干コントラストが低いような画質。
目立った流れはないが、若干色フレアーを感じる。
ただし、FXフォーマットでも最周辺のフレアーはあるが、開放から使えそう。
全面平均的な画質で使用に耐えそう。

F8

ググっとコントラストが上がる。画質が全面で急向上する感じ。DXフォーマットの範囲では最周辺、コーナーまでフレアーも解消。
全面でいわゆる高画質に変化する絞り値。常用で推奨できる絞り値。
ただし、FXフォーマットでは、この絞りでも最周辺のフレアーは若干残る。しかし確実に画質向上しており、使用に耐える。

F11

ごく最周辺まで均一で全面良好な画質。さらに画質が向上する印象。
F5.6、8、11と画質が向上するが、風景では深度を考えてF8~F11で撮影することを推奨する。
FXフォーマットでも最周辺のフレアーまで消失。全面の画質もさらに向上し推奨できる画質になる。

F16

全面平均化はされているが、若干解像力が低下する。回折の影響がではじめるか。
しかし思ったよりも悪化しない。FXフォーマットでも使用に耐える。

F22~32

明らかに解像力が低下。回折の影響と思われる。やはりここまでは絞らないほうが良い。

作例

それでは、作例写真で描写特性を確認してみましょう。

ニッコール千夜一夜物語の作例はレンズの素性を判断していただくために、ピクチャーコントロールは通常ポートレートモードを中心に輪郭強調の少ないモードを使っています。また、あえて特別な補正やシャープネス・輪郭強調の設定はしておりません。撮影は一般ユーザーの撮影を想定した風景スナップを中心にいたしました。

作例1

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=30mm時(FXフォーマット撮影)
絞り:F4開放
シャッタースピード:1/2000sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 3月

作例1は広角端30mmでFXサイズにて開放絞りF4開放で撮影しています。半逆光です。撮影距離は遠景に近いです。DXサイズ範囲内の結像部はシャープで申し分ありませんが、さすがに設計想定外のFXサイズに相当する最周辺は流れがあり、シャープネスは低下しています。しかし光量はたっぷり入っており、広角臭さが全くありません。

作例2

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=30mm時
絞り:F5.6
シャッタースピード:1/6400sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 8月

作例2は広角端30mmでFXサイズ、F5.6で撮影しています。F5.6に絞ったことで周辺が改善しました。設計的には想定していませんでしたが、最周辺近傍も改善しFXサイズでもなんとか使用できそうな画質です。もちろんDXサイズ内は十分なシャープネスを有し、風景写真にも耐えられそうです。

作例3

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=35mm時
絞り:F5.6
シャッタースピード:1/6400sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 8月

作例3広角端から少し繰り出して35mmで撮影しました。他と同様にFXサイズ、F5.6で撮影しています。ズーム操作で少しトリミングした感じです。35mmまで画角をおさえると、FXサイズでも最周辺まで十分シャープになるのがおわかりいただけると思います。

作例4

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=42mm時
絞り:F5.6
シャッタースピード:1/8000sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 8月

作例4は中間焦点距離の42mmで撮影しています。同様にFXサイズでF5.6、ほぼ開放F値での撮影です。設計想定外とはいえ、FXサイズでも十分最周辺までシャープな像を結んでいます。一般的な2群ズームでは中間領域が最も性能的に安定しています。このレンズもその傾向があり、性能的に余裕がある事がおわかりいただけると思います。

作例5

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=60mm時
絞り:F5.6開放
シャッタースピード:1/6400sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 8月

作例5は望遠端60mm、FXサイズで絞り開放F5.6で撮影しています。望遠端でも問題なくFXサイズまで対応しています。画質も問題ありません。開放でも最周辺まで十分なポテンシャルがあります。

作例6

ニコンZ 7+他社アダプターF-Z
IX-Nikkor30-60mmF4-5.6
f=60mm時
絞り:F5.6開放
シャッタースピード:1/5000sec
露出補正 ±0EV補正
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ポートレート
撮影日 2021年 8月

作例6も望遠端60mm、FXサイズで絞り開放F5.6で撮影した作例です。この作例では解像力を容易に判断できるように草むら等の細かいものを写してみました。いかがでしょうか。十分なシャープネスを持っていることが確認できると思います。
 設計者が想定していなかった嬉しい誤算ですが、FXフォーマットをカバーするパンケーキズームレンズとして使用に耐えることがお分かりいただけたと思います。

SNIKONの長十郎さん

第十九夜でも紹介しましたが、昔インターネット上に“SNIKON・ニコンの広場(ニコンステーション)”というお客さま同士の情報交換を目的としたフォーラムがありました。スタートは確か1995年頃。そして2006年には大本のサービス終了に伴い、残念ながら終了してしまいました。当時のニコンステーションには、テーマ別に幾つかの会議室がありました。参加者は、ユニークなハンドルネームでお互いを呼び合っていました。現在のSNSの走りとも言えるパソコン通信由来のサービスでしたが、当時は非常に盛り上り社会現象にまでなっていました。私も2000年頃からオフ会などに参加させていただきました。その仲間達とは、今でもお付き合いしていただいています。その個性的な仲間の中から、今日は長十郎さんをご紹介します。

図2 レンズ外観写真

当時のSNSともいえるSNIKONのメンバーは日本各地にいました。長十郎さんは大阪在住。義理人情に篤いなにわっ子です。私より5つ年上の長十郎さん。非常に器用な方でちょっとした部品は手作りし、上手にカメラやレンズを改造してしまいます。おそらく機械工学、電子工学などの知識、経験がおありなのだろうと思います。今では電源の無いEEコントロールユニットの電源部改造や修理はお手のもの。ただ動くと言うだけではなく、出来上がりの美しさは正規品と見紛うばかり。一方私の方はと申しますと、不器用この上なし。図面が理解できてもレンズの修理はまったく不得手。組みなおすとネジを余らす始末。長十郎さんの仕事の器用さ、鮮やかさとは、月とすっぽんほどの差があります。実は今回のIX-Nikkor30-60mmF4-5.6は長十郎さんがマウントから出っ張る鏡筒を改造し、通常のFマウントに装着可能にしたものなのです。もちろん、弊社としては推奨できない改造なのですが、正常にAE、AFも働きます。無論Exif情報も正確に保存できているのです。

ある日突然、長十郎さんから宅急便が届きます。その荷物は、内部が整然と整頓された非常にきれいな荷物でした。私は、まず彼の性格が表れた美しい梱包にまずはびっくり。そして緩衝材を解くと、中にはレンズと手紙が入っていました。私は慌ててメールしました。すると、2個改造したので1つ差し上げたかったという答え。そこにはマウント部の大きな出っ張りがきれいに除去されたIX-Nikkor30-60mmF4-5.6(図2)がありました。これはすごい。取り去ったでっぱりには、隙間なく電子基板が収まっていたはず。彼はそこを削除せず上手く奥に収めました。もちろん光路に影響なく。それを見た瞬間、私は鏡筒設計者の顔が目に浮かびました。やればできるじゃん。そんなことを思い浮かべながら、苦笑しつつレンズを眺めました。しかも素人とは思えないきれいな工作。私は彼の本職は知らないのですが、きっと機械加工に精通しているのであろうと想像を巡らせました。すると、長十郎さんからまたメールが届きました。「このレンズはフルサイズでも使えるんですが…。どうして?」と質問が。そうなんです。ワイド端30mmからテレ端60mmまでの全域のすべての焦点距離範囲で、フルサイズの光線がケラレなしに降り注いでいるのです。ただし、収差補正が良好な範囲はDXまでです。FXの画角では周辺性能、特に最周辺近傍の像面湾曲は悪化します。しかし光量だけはたっぷりと入っているのです。なぜだと思いますか。なぜそんな無駄な設計をしたか。そうなんです。元々28-60mmのズームレンズを30-60mmに切り取ったからなのです。おかげでフルサイズのパンケーキレンズが出来上がってしまったのです。偶然できたFXパンケーキズームレンズ。皮肉なものです。IX-Nikkorは短命で悲運でした。しかし遊び道具としてはまだまだ使える。長十郎さんは、きっとその事を私に伝えたかったのです。これからも長十郎さんをはじめSNIKONの面々と有益なカメラライフを楽しんでいきたいと思います。

ニコンイメージングプレミアム会員
ニコンイメージング会員