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第七十六夜 Nikon Lens Series E 135mm F2.8

国内未発売のEシリーズレンズ
Nikon Lens Series E 135mm F2.8

今夜は第四十二夜以来久しぶりにEシリーズといわれるレンズをとりあげてみたい。日本国内では未発売のNikon Lens Series E 135mm F2.8である。このレンズを題材に、Nikon EMとNikon Lens Series Eが誕生するいきさつについてお話してゆこう。

大下孝一

EP技術部

1970年代といえば、一眼レフメーカーが小型軽量化低価格化に注力し次々と新製品を発売していた時代である。ニコンでは1959年にNikon Fを発売、1971年にFを大幅改良したNikon F2を発売し、プロフェッショナル一眼レフ市場では確固たる地位を築いていた。しかし一般ユーザー向け一眼レフでは1965年に Nikomat FTを発売し、その後も着実な改良を続けてきたが、他社の攻勢に苦戦を強いられていた。ニコンでもこれに対抗すべくNikon FM/FEを準備していたが、米国市場からはさらに小型低価格をつきつめたモデルの投入を強く要望されていた。

小型軽量低価格のカギとなる技術はプラスチックである。そこで1970年代半ばに、エンジニアリングプラスチックの射出成型技術開発のため、プロジェクトチームを発足させ、レンズ鏡筒のプラスチック化検討を開始した。手始めとしてプラスチックを用いたレンズ鏡筒の試作を行い、レンズ保持技術や金型修正技術を開発した。そして、この成果をもとに、プラスチック技術の普及と推進を目指し、EP技術部が発足したのである。EP技術部では、カメラやレンズに必要な高精度な射出成型技術を開発するとともに、カメラ・レンズの外観部品としてプラスチックを使うのに欠かせない、塗装技術やメッキ技術を開発し、Nikon EMとLens Series Eに必要な要素技術をつくりだしていったのである。

1985年に私が入社した頃には、組織変更によりEP技術部は工作技術部に編入されていたが、ファインダーレンズの開発などで、旧EP技術部のメンバーと交流することができたことは、技術者として今も大きな財産となっている。

Nikon EMとLens Series E

さて、さきほどお話した通り、NIKON EMは米国市場からの強い要望を受け開発がスタートしたカメラである。徹底した小型軽量低価格を実現するために、内部機構も一から設計をしなおし部品点数を削減するとともに、カメラ上下カバーや巻き上げレバーなど、各所にプラスチックを使うことで小型軽量と低価格を両立させたのである。また、削れる仕様も徹底して削り、絞り優先AE専用機として、バルブとストロボ同調シャッター速度だけを残し、従来の一眼レフに普通にあったシャッターダイヤルを廃止した。これも社内で賛否があったろうが、他社から既に発売されていた絞り優先専用機の存在が推進を後押ししたのだろう。また内部機構を一新したことで、横走りフォーカルプレーンシャッターを搭載する高級機同様に分割巻き上げ可能な巻き上げ機構となっている。

そしてLens Seies Eもこの小さなNikon EMにあわせ、小型軽量実現のため、レンズの外観部や絞りリング、レンズを保持するレンズ室などにプラスチックを使い、さらにレンズによってはヘリコイド部分までプラスチック化して軽量化を達成した。また、光学系部分も可能な限りレンズ枚数を減らしたり、低価格なガラス材料を使うなどして低価格を実現している。こうしてNikon EMとLens Series Eは開発され、1979年3月に米国デビューを果たすのである。一方、国内ではNikon EM発売に対する慎重論が強く、フラッグシップF3の発売にあわせて発表することで決着し、米国から1年遅れて1980年3月に発売された。そして国内の一部の懸念を払しょくするように、Nikon EMは生産数150万台を超えるヒット商品となり、FGやFG-20といった後継機を生み出すに至ったのである。

Nikon Lens Series E 135mm F2.8

そしてNikon Lens Series E 135mm F2.8の話である。このレンズは、1981年にLens Series Eの第2弾のレンズの1本として、主に米国向けに発売されたレンズである(国内未発売)このLens Series Eの第2弾は、初代から外観が変更され、フォーカスリングのローレットが変更になったほか、AI Nikkor同様に絞りリング近くに銀リングを配置したことで高級感とNikkorとの統一感が増したデザインとなっている。

このレンズを設計したのは、この連載でたびたび登場する松井靖(まついせい)さんである。このレンズを設計するにあたって、松井さんは以前から発売されているAI Nikkor 135mm F2.8と比較を行い、設計を進めていったことだろう。安価なレンズといえども光学性能は妥協しないというのがニコンのポリシーである。従来のニッコールの品質を保ちながら安価なレンズにするにはどうすればよいだろう、という試行錯誤の結果生まれたのが、図1に示すレンズである。

図1のように被写体側から凸レンズ、凸レンズ、凹レンズ、凸レンズを配置したレンズはエルノスタータイプと呼ばれている。凸レンズ、凹レンズ、凸レンズで構成されているトリプレットレンズの先頭凸レンズと凹レンズの間にメニスカス形状の凸レンズを付加することで、F値を明るくしたことにより発生する球面収差とコマ収差を良好に補正できる優れたレンズタイプである。またこのエルノスタータイプの特徴は、前玉の凸レンズ2枚を安価な低屈折率ガラス材料で構成しても良好な性能を発揮することで、松井さんはそれゆえこのタイプを選んだのだろうと想像している。

図1  Nikon Lens Series E 135mm F2.8 レンズ断面図

一方エルノスタータイプの欠点は、トリプレットから対称性を崩したことで発生する糸巻き型歪曲収差が挙げられるが、このレンズでは画角が狭いこともあり1%程度に抑えられている。また、距離による収差の変動が大きいことも欠点として挙げられるが、このレンズでは撮影距離4~5mの中間距離で最良の性能になるようバランスされている。また、近距離になるにしたがってマイナス(補正不足)に変化する球面収差は、後ボケを柔らかくする作用もあり、これを利用して柔らかいボケのレンズに仕上げている。

なおこのレンズは、当時のAI Nikkorの望遠レンズと同様に組み込み式フードが内蔵され、外装も金属が多く使われているため、軽量レンズの多いLens Seies Eの中ではずっしりと存在感のあるレンズとなっている。

レンズの描写

それではいつものように実写でレンズの描写をみてゆこう。今回もフルサイズミラーレスカメラZ 6にマウントアダプター FTZを装着して撮影を行った。

作例1

Z 6+FTZ  Nikon Lens Series E 135mm F2.8S
絞り開放
シャッタースピード:1/1250sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例2

Z 6+FTZ  Nikon Lens Series E 135mm F2.8S
絞りF5.6
シャッタースピード:1/160sec
ISO:250
Capture NX-Dにて現像

作例1は、あえて開放で撮影した遠景の風景である。普通こうした遠景写真を開放で撮影することはないが、あえてこのレンズの特徴を際立たせるために開放で撮影している。まずわかるのが周辺光量の低下である。画面左隅で青空が暗く落ち込んでいることがわかるだろう。そして画面を拡大して子細に観察すると、手すりや窓枠などの輪郭にフレアがのり、またエッジが赤紫に色づいているのがみてとれると思う。この傾向は画面中心部ではあまり目立たないが、周辺部にゆくにしたがって顕著にあらわれている。これがこのレンズの特徴で、周辺光量は、望遠系の単焦点レンズにしては多い方ではなく、こうした均質な描写が求められる場合には目立つが、被写体を画面中心に置いた構図では、被写体をドラマチックに際立たせる作用もあるので、作画に効果的に生かしていただきたい。また周辺部がフレアっぽくにじんだ描写は、ポートレートなどで多く使われるだろう中距離の性能を優先したためで、絞り込むにつれ改善される。

作例2は、F5.6まで絞り込んだ遠景写真である。この作例では、作例1にあったような画面の不均一性やフレアっぽさは見られず、すっきりとした描写が得られている。周辺光量はF4で大きく改善され、F5.6で均一となる。一方画面周辺のフレアは、F4では画面中間部まで改善されるが、周辺部でフレアが残り、F5.6で画面全域にわたりほぼ解消されるだろう。

作例3

Z 6+FTZ  Nikon Lens Series E 135mm F2.8S
絞り開放
シャッタースピード:1/250sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例4

Z 6+FTZ  Nikon Lens Series E 135mm F2.8S
絞り開放
シャッタースピード:1/1600sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例3は開放で撮影したハスの写真である。画面上半分を占める後ボケも柔らかく、ボケのエッジも立っていないことがわかる。また、この作例では目立っていないが、ぼけのコントラストの高いシーンでは、開放で周辺のボケがラグビーボール状に変形するため、背景が同心状にうずまいて写ることがある。こんな時は、F3.5~4.5に少し絞って使っていただきたい。

作例4は、ほぼ最至近、開放で撮影したヘメロカリス(キスゲの園芸種)の花である。このレンズの欠点として最短撮影距離が1.5mと遠いことが挙げられ、前回採りあげたマイクロレンズと比較すると残念なところではある。この作例でも、作例3と同様、背景が美しくぼけている。拡大して子細にみるとわずかなフレアがとりまいていたり、前後のぼけが色づいていたりするが、このような順光の写真の場合、開放でも目立つことは少ないだろう。

作例5

Z 6+FTZ  Nikon Lens Series E 135mm F2.8S
絞り開放
シャッタースピード:1/800sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例5は、このレンズの最至近、開放で撮影したキバナコスモスである。太陽が画面のすぐ上にある逆光状態の写真だが、内蔵フードが役に立ってくれた。このような逆光の写真では、被写体をとりまくフレアや、ぼけのエッジの色づきがよくわかる。拡大すると、前ボケはリング状になっており、ぼけの輪郭が赤紫色に、後ボケは、ぼけ中心に明るい芯を残しながら、少し黄緑がかったフレアがとりまいていることがわかる。

またこのレンズはコストダウンのため、全レンズ単層コートで構成されているため、このような逆光時に画面全体に青白いフレアがかることがある。フレア防止のためには内蔵フードを活用したり、ハレ切りを行うなどして対処してもらいたい。

国内で未発売だったわけ

Lens Series Eは、米国では50mm F1.8、28mm F2.8、35mm F2.5、100mm F2.8、135mm F2.8、36-72mm F3.5、75-150mm F3.5、70-210mm F4の合計8本のレンズが発売されたが、日本国内では、50mm F1.8は外観とレンズのコートを変えてニッコールとして発売されたが、28mm F2.8と135mm F2.8はついに発売されることはなかった。この違いはなんだろうか?それは「既存のニッコールと同一スペックのEシリーズは国内発売しない」というルールがあったからだそうだ。そういわれてみると35mmにはF2.8レンズはあったがF2.5レンズはなかったし、105mmニッコールはあったが100mmはなかった。36-72mmも75-150mmも既存のニッコールにないスペックだったので国内発売になったのだ。

Nikon EMとともに誕生し、後継機のFG-20の生産中止とともに姿を消したLens Series E。第四十二夜のあとがきには、その理由について、優れた品質が訴求出来なかったことが原因ではないか?と締めくくったが、その後のニッコールの歴史をみてゆくと、シリーズEの思想は、ニッコールの中に組み込まれ、発展的に解消したのではないかと思いいたるのである。事実、シリーズEの光学設計をそのまま流用したレンズもあるし、シリーズEで培われたプラスチックを使ったレンズ室や外観はその後のAFニッコールにそのまま引き継がれている。普及価格のシリーズであるが、いずれも隠れた名レンズである。

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