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第六夜 OP Fisheye-NIKKOR 10mm F5.6

世界初の一眼レフカメラ用非球面レンズは唯一無二の正射影フィッシュアイレンズ
OP Fisheye-NIKKOR 10mm F5.6

第四夜で「Zoom-NIKKOR Auto 43~86mm F3.5」、第五夜で「AI Nikkor 105mm F2.5」とポピュラーなレンズを続けてとりあげたので、今夜はちょっと特殊なレンズである「OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6」をとりあげてみよう。

大下孝一

1、世界初の正射影フィッシュアイレンズ&一眼レフ用非球面レンズ

OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6

ニコンにおけるフィッシュアイ(魚眼)レンズの歴史は古く、昭和13(1938)年の「16mm F8」魚眼レンズ(画角180度)に始まる。

「Nikon F」発売の2年前の昭和32(1957)年3月には、この魚眼レンズを改良した「Fish-eye-NIKKOR 16.3mm F8」レンズを完成し、ブローニ(120判)サイズのフィルムを使用する「全天写真装置(全天記録装置)」に組み込んでいる。この全天カメラは、水平線上の天空全体をひとつの画面に撮影でき、気象庁、防衛大学校、日本放送協会(NHK)などで気象観測などの用途に使用された。「全天写真装置(全天記録装置)」はその後、昭和35(1960)年9月から「魚眼ニッコール付きカメラ」の名称にてカタログに掲載して販売した。

以来、昭和37(1962)年に「Nikon F」用交換レンズとして発売した「8mm F8」、これの改良版として明るさを1絞り明るくした「Fisheye-Nikkor 7.5mm F5.6」(昭和41(1966)年発売)、そして最近では、世界初の水中用AF魚眼レンズである「NIKONOS RS AF」用「R-UW AF 13mm F2.8」(平成6(1994)年発売)、「ニコンおもしろレンズ工房」の1本として発売した「ぎょぎょっと20」(日本国内で平成7(1995)年発売)、デジタルカメラ「COOLPIX(クールピクス)」シリーズ用フィッシュアイコンバータ「FC-E8」(平成10(1998)年発売)など、一般に発売したものだけでも13本を数える。

これらの中で、「OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6」(以下「OP Fisheye」と呼ぶことにする)は、「7.5mm F5.6」に続く日本光学工業で四番目の魚眼レンズとして昭和43(1968)年に登場したレンズである。この「OP Fisheye」の一番の特徴は、世界で初めて「正射影(Orthographic Projection)」という射影方式を採用したことにある。少し難しい話になってしまうが、それまでの「8mm F8」や「7.5mm F5.6」フィッシュアイで採用されている「等距離射影」が<図1.>のように、光線の入射する角度と像高(画面の中心からの距離)が比例するようにフィルム面上に像を形成するのに対して、「正射影」の「OP Fisheye」は<図2.>のように、天球をフィルム面上にそのまま投影したように像を形成する。

簡単に言えば「正射影」の「OP Fisheye」は、普通のフィッシュアイレンズに比べて中心部の被写体がより大きく、周辺部の被写体がよりひしゃげてより小さく写るのである。普通の写真レンズの感覚からすれば、“今までの魚眼レンズよりさらにディストーションの大きいレンズ”といえるだろう。

正射影のレンズには、“画面に占める面光源の面積が撮影した場所での照度に比例する”という特徴があり、もともと照度測定や建築照明など学術研究用途に開発したレンズである。ところが、この正射影方式のフィッシュアイを球面(スフェリカル)のレンズだけで実現することは大変困難で、「OP Fisheye」ではレンズの最前面のレンズ面を非球面(アスフェリカル)とすることによって、正確な正射影を実現している。「OP Fisheye」は、世界初の正射影魚眼レンズであると同時に、世界初の一眼レフ用非球面レンズでもあったのである。

図1.等距離射影の説明図

図2.正射影の説明図

等距離射影(7.5mm F5.6)の作例
この作例の画角:180度以上を包合

正射影(OP 10mm F5.6)の作例
この作例の画角:180度

2、レンズの構成

図3.OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6断面図

「OP Fisheye」は、<図3.>のような6群9枚構成のレンズである。

設計を担当されたのは、当時第一研究課に在籍されていた松木敬二氏であった。松木氏は、このレンズの他にも画角220度を誇る「Fisheye-Nikkor 6mm F5.6」を手がけられ、日本光学工業(現在のニコン)におけるフィッシュアイレンズの発展に貢献された方である。ちなみに、タイトルGIFアニメの「Fisheye-Nikkor 6mm F2.8」の設計は「第五夜(AI Nikkor 105mm F2.5)」で紹介された清水義之氏による。

「OP Fisheye」は、基本的なレンズの構成は「7.5mm F5.6」と同じであるが、正射影を実現するために大口径の前玉に非球面を用いている。簡単にレンズの構成について説明すると、180度の広い視野を小さく縮小するための2枚の凹レンズと、この凹レンズで発生する色収差を補正するための接合レンズ、ターレット式フィルター、絞り、そして凹レンズ群によって縮小された視野をフィルム面に結像させるための5枚構成の凸レンズ群から成っている。この構成は今からみても大変合理的なレンズ配置で、その後に設計されたニコンのフィッシュアイレンズは、基本的にはこのレンズ構成をお手本にしているといってよいだろう。

さて、この「OP Fisheye」の前玉の非球面は、<図3.>や<写真2.>からもわかるように、一見して「球面ではない」とわかるほど非球面の度合いの強いもので、「OP Fisheye」の外観的な特徴の一つになっている。今でこそガラスのダイレクトモールド技術などによって非球面も口径が小さければ容易に量産できるようになったが、当時は加工機で非球面の形状を研削した後、出来た非球面形状のすりガラス面を丁寧に仕上げ研磨をして製作していたという。このころ登場した数値制御によるNC加工機が非球面の加工を容易にしたとはいうものの、研削から研磨と、職人技によってひとつひとつ製作していたのである。

一方レンズ設計側でも、非球面の形状に多少のバラツキがあっても結像性能が低下しないような配慮をすることによって、現在に比べると高くはなかった非球面の量産加工技術をフォローしている。このような設計と製造の連携によって、世界初の一眼レフ用非球面レンズは誕生したのである。

3、レンズの描写

作例1

OP Fisheye-Nikkor 10mm F5.6の大口径の前玉

では早速このレンズを使ってみよう。

さて、「OP Fisheye」は後玉がマウントより突出しているため、「Nikon F」や「Nikon F2」などのミラーアップ可能な一眼レフカメラに装着して使う必要がある。そこで、構図を決めるために「DF-1」という外付けファインダーが付属しているのだが、この「DF-1」は「7.5mm F5.6」と共通のファインダーであり、これを覗いても「OP Fisheye」独特の描写が見えるわけではない。それゆえ使いはじめのころは、ファインダーを覗いていた時の印象と撮影結果との違いに驚くことも多いだろう。ある程度使いこなしに慣れを要するところである。

さて、肝心の描写性能であるが、開放F値がF5.6と暗いせいもあり、画面の端まで像の流れも認められず開放からきわめてシャープな像を結ぶ。また、ピント合わせの機構は備わっていないが、焦点距離が10mmと短いため近距離の被写体もピンぼけになることはない。開放でもレンズ前面から50cmくらいまでは十分シャープな画像が得られるだろう。しかしこれは言いかえれば、レンズ前面についた汚れやゴミもシャープに写ってしまうことも意味しているため、前玉の汚れや傷には細心の注意を払う必要がある。これは魚眼レンズに限らず前玉の大きな超広角レンズ一般に言えることであるが、必要時以外はレンズキャップで保護したり、ブロアを携帯してこまめに清掃するなど、常に前玉を美しく保つよう心掛けたい。

また、フィッシュアイは画角が広いため、強い光源を避けながら撮影することが困難であるが、「OP Fisheye」は単層膜コートでありながら、直接太陽が入るようなシーンでも強いゴーストが発生することはないので安心して使うことができる。色調は若干黄味がかっているが、作例からもわかるようにそれほど顕著ではない。リバーサルフィルムを用いた撮影でも実用上は問題ないレベルではないだろうか?

「OP Fisheye」は昭和43(1968)年に発売し、「Nikon F3」発売の昭和55(1980)年ごろ姿を消している。特殊用途のレンズであったためか、10年以上と長い期間販売していた割に生産数量は少なく、1,000 本にも満たない数であったようである。

このような特殊用途のレンズが発売された経緯は今となっては知る由もないが、「写真の可能性を広げたい」、「今まで撮れなかった新しい映像を提供したい」という開発者の情熱が、非球面の量産化という困難な課題をはねのけ、「OP Fisheye」を誕生させたのではないだろうか?もともとは照度測定など学術用途のために生まれたレンズであるが、もちろんスナップ写真などにもその強烈な個性を発揮してくれるだろう。非球面の滑らかな曲線に先人の苦心がしのばれるレンズである。

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