すでに彼岸の人となった私の母は
絵を描くことが好きだった
父に遠慮して一人で遠くに出かけることは無かったけれど
「ゆみちゃんと一緒だから」と、私をダシに
時折、小さなスケッチ旅行に出かけた
私と言えば、口にはしなかったが
友達との約束や、彼との時間を過ごす方が断然楽しかった
母はスケッチをしながら、私に沢山の話をした
でも、そんなわけで話の内容は記憶に薄い
返事は上の空で返した
「ごめんね、お母さん」
私は、あの頃の母の歳を超えた
今、人生の終わりに向かって歩いている
暗闇で道に迷っている様な気がする
母の言葉は、先を照らす道標になるだろう
母が何を思って何を語ったのかを思い出したい
あの、緩やかなカーブの先に海が見えたら
忘れていた言葉が見つかるかもしれない
あの、緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んだら
穏やかな笑顔を思い出すかもしれない
もう一度、母と私の小さな旅に出よう
(矢嶋 裕美子)
1964年東京生まれ
1986年武蔵野美術短期大学 グラフィックデザイン科卒業
2016年写真表現中村教室入室 中村誠氏、小宮山桂氏に師事