初めて渡良瀬遊水地を訪れたとき、葦原から湧き上がる蒸気を朝陽が赤く染め、目の前に夢のような光景が広がった。この美しい風景に魅了され、写真に残したいと繰り返しこの地を訪れるようになる。このとき、私の中で渡良瀬遊水地は広大な葦原の風景として認識され、ヨシやオギなど1本1本の植物に生命力を感じることはなかった。
3月にはヨシ焼きが実施され、広大な葦原はほぼ焼き尽くされる。そして1週間後、焦土と化した大地から、様々な植物が一斉に発芽する。黒く焦げた燃え残りの隣で赤い可憐な芽を育んでいくオギ、雨で増水した水たまりに浸りながら健気に成長していく小さなタケノコのようなヨシ…。それらの可愛らしい姿を、そして日に日に大きくなっていく力強い成長を見ていると、ヨシ焼き前には感じられなかった、植物の命の鼓動を感じるようになった。葦原の復活と共に、消え去っていた昆虫や鳥たちも徐々に戻ってくる。雨が降り蒸し暑い季節を迎えると、葦原の密度はどんどん高くなっていく。すると、一本一本の植物は認識しづらくなり、葦原の命の鼓動は、渡良瀬遊水地の大きく美しい風景の中に再び埋没していく。
広大な葦原も1つ1つの命の集合体であることを感じながら、春の短い間にだけ聞こえてくる葦原の鼓動を表現した。
(山之内 徹)
1957年: 東京都生まれ
1987年~1992年:北アルプスを中心に山岳写真を撮影
1990年: 雑誌「岳人」写真賞 年間準優秀賞受賞
1993年~2012年:写真活動を中断
2013年~現在: 自然風景写真撮影を再開
2019年: 雑誌「フォトコン」月例ネイチャーフォトの部年度賞受賞
2020年: Bar 108(両国)にて個展「雪山賛歌」開催
2021年: ニコンプラザ東京THE GALLERYにて個展「森の鼓動」開催
2022年: フォトコン1月号~6月号で「写真家が撮る伝える表現術」に連載
公益社団法人 日本写真家協会(JPS)、写団薬師会員