Nikon Imaging
Japan
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銀座ニコンサロン 2015年5月

新田 樹写真展

写真
サハリン
4/22 (水) ~5/5 (火)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休

写真展内容

日本統治時代に樺太とよばれたこの地には、1945年8月の太平洋戦争敗戦時、約35万人の日本人と、2万~4万3000人の朝鮮人が取り残されていた。戦後、ソ連(当時)領となったこの地から日本人の多くは引き揚げたが、朝鮮人とその配偶者であった日本人は、その後数十年にわたり、この地を離れる事はかなわなかった。
作者が初めてサハリンを訪れたのは1996年のことだった。終戦からおよそ50年、この地で未だに日本語が日常的に使われている事を知った。それは、単に話せる事とは違う何か、その後永く繰り返される問いの始まりとなった。
歴史が記憶の堆積物ならば、降り積もって埋もれてしまう前に、単純に割り切ることのできない思いを抱え生きる姿に、今なら向き合えるのではないかと動き出したのは、それから14年後の2010年のことだった。カラー53点。

作者のプロフィール

新田 樹(ニッタ タツル)
1967年福島県生まれ。東京工芸大学工学部卒業後、麻布スタジオ入社。
1991年半沢事務所入社。1996年独立。
写真展に、2003年コニカ・フォトプレミオ「SURUMA」、2007年「樹木の相貌」(以上、コニカプラザ)などがある。

毎日新聞社 第34回土門拳賞受賞作品展
下瀬 信雄写真展

写真
結界
5/6 (水) ~5/19 (火)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休

写真展内容

写真

「結界」は仏教用語で、聖域を定めて結ぶ境界のことで、作者が自然に対する時のキーワードにした言葉である。古来我々日本人は多くの物に神が宿っていると考えてきた。人智を超える自然の力を感じるとそこに注連縄などを巡らせて結界地にしてきたのである。
実際に作者が撮影していても、むやみに自然に介入することはためらわれ、なによりその気持ちがどこから来るのか、我々と自然はどう関わって行けばよいのかを思索し続けたのがこのシリーズだという。
作者が写すものはごく身の回りのありふれた自然である。地方から一歩も出ることのない地味な写真家だが、その分ゆっくりと思索を巡らせることができたのだという。
毎年巡る季節にまた新しい発見があり、気がつけば20年余りの集積になった。その中から選んだ33点を展示する。そして自然から生まれた我々はまたそこから学ぶほかはないのだという思いを作者は新たにしている。

受賞理由

「結界」は城下町・萩周辺の自然を繊細に撮り続けた大判フィルムによるモノクローム作品である。「結界」は自然を前にして人が恐れを抱き、祈りを感じる「空間」の一瞬を撮りためてきたもので、「生と死」をテーマに、自然の怖さと美しさを、2011年3月11日を経験した写真家として見事に写し撮り、見るものに驚きをもたらした。
なお、最終選考には下瀬氏の作品の他に大型カメラで沿岸を丹念にとらえた百々俊二氏の「日本海」、エネルギーをむやみに消費し、明るすぎる都会の夜の光景を撮り続けた松本コウシ氏の「午前零時のスケッチ」、そしてジャーナリストまで標的とされる昨今の情勢にも果敢にテーマを追う括目すべき新人、林典子氏の「キルギスの誘拐結婚」の3作品が残った。

作者のプロフィール

下瀬 信雄(シモセ ノブオ)
1944年満州生まれ。67年東京綜合写真専門学校卒業。以後萩市で写真館を経営しながら、郷土の風土や暮らしに目を向けた独特の作風で作家活動をつづけている。80年杉道助記念・萩市芸術文化奨励賞受賞。86年山口県芸術文化振興奨励賞受賞。90年日本写真協会新人賞受賞。2004年山口県選奨受賞(芸術・文化・スポーツ功労)、05年伊奈信男賞受賞。09年第63回山口県美術展大賞受賞。
主な写真展に、77年「萩」、87年「凪のとき」、89年「風の中の日々」、96年「結界」、2005年「下瀬信雄の萩」「天地結界十年の歩み」、08年「国木田独歩没後100年記念特別番組・青春の置き土産」パネル展、13年「つきをゆびさす」などがあり、主な写真集・著書に、「萩・HAGI」(求龍堂)、「下瀬写真館の春夏秋冬」(エッセイ集・近代文藝社)、「萩の日々」(講談社)などがある。

池本 喜巳写真展

写真
近世店屋考
5/20 (水) ~6/2 (火)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
会期中無休

写真展内容

多くの撮影は困難を極めた。店主の撮影許可がもらえないのである。「なぜこんな古い店を撮るのか、ざまが悪い」というのである。時には「帰れ!」という罵声と同時にお茶をぶっかけられたこともあったという。しかし、ひたすら頭を下げ、くらいつくしかなかった。
最初の撮影は1983年、鳥取市青谷町にある散髪屋からだった。その後、靴屋、苗屋、粉屋、たどん屋など、約60業種100軒の店を撮り、30年以上経った。細部までの記録を求め、8×10から4×5、そして体力の衰えと共にデジタルへと変化をよぎなくされたが、現在もなお店を探しては撮り続けている。
作者がなぜ、ここまでして個人商店にこだわるのか…。それは、かたくなに自己の生き方に固執する個人商店には、主人独特のにおいがしみ込み、奇怪な魅力があるからだ。さらに興味を覚えるのは、六本木ヒルズに代表される高層ビルの建ち並ぶ大都会を、スマホ片手に会話を楽しむ若者と同じ時代に、これらの商店が存在し、同じ時間を共有していることの不思議さである。
経済至上主義の日本では、人々は目新しい最先端の方向にしか目を向けない。しかし山陰に住む作者は、不器用に生きてきたこれらの商店と主人に強く惹かれるのだ。残念ながら、個人商店は急激に姿を消している。

作者のプロフィール

池本 喜巳(イケモト ヨシミ)
1944年鳥取市生まれ。67年日本写真専門学校卒業。70年鳥取市にて池本喜巳写真事務所設立。77~96年植田正治氏の助手を務める。82~98年日本写真家協会会員。
主な写真展(個展)に、84年「そでふれあうも」(銀座ニコンサロン)、86年「近世店屋考1985~1986」(ポラロイドギャラリー/東京)、87年同展(ピクチャーフォトスペース/大阪、アムステルダム・ロッテルダム/オランダ、ローマ・ミラノ/イタリア)、93年「ジェームスの島」(銀座ニコンサロン)、2000年「近世店屋考」(JCIIフォトサロン/東京)、01年「写された植田正治〈天にある窓〉」(植田正治写真美術館/鳥取、JCIIフォトサロン/東京)、13年「素顔の植田正治」(ブルームギャラリー/大阪)などがあり、グループ展に00年「21世紀に残したい自然」(東京都写真美術館)、04年企画展「現代の表現 鳥取VOL.2 平久弥・池本喜巳 Painting & Photography -Presence-」(鳥取県立博物館)などがある。
主な写真集に、『そでふれあうも』(93年 G.I.P. Tokyo)、『大雲院 祈りの造形』(96年 大雲院)、『池本喜巳作品集 鳥取百景』(99年 鳥取銀行)、『池本喜巳写真集 三徳山三仏寺』(02年 新日本海新聞社)、『近世店屋考』(06年)、『そでふれあうも 2』(14年 以上合同印刷㈱)、『因伯の肖像』(14年 今井印刷㈱)などがある。
その他の活動に、2005年愛知万博の瀬戸会場「愛知県館」にて海上の森を撮影した作品を上映、13年NHK日曜美術館「写真する幸せ植田正治」にゲスト出演がある。
なお、「写された植田正治〈天にある窓〉」での展示作品は、日本カメラ財団(JCII)に収蔵されている。

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