Nikon Imaging
Japan
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新宿ニコンサロン 2012年2月

フォトシティさがみはら2011 プロの部入賞作品展
1/31 (火) ~2/13 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
休館:2月11日(土)・12日(日)

写真展内容

<相模原市総合写真祭「フォトシティさがみはら」について>
写真は、芸術写真から家族写真まで広い地盤を持ち、その卓越した記録性と豊かな表現機能により、多くの人に感動を与えるものであるとともに、私たちの生活にとても身近な存在である。
相模原市では、豊かな精神文化が求められる新しい世紀の幕開けにあたり、写真文化にスポットをあて、これを「新たなさがみはら文化」として全国、世界に発信することを目指して、総合写真祭「フォトシティさがみはら」を2001年(平成13年)にスタートさせた。
この写真祭は、新たな時代を担うプロ写真家の顕彰と、写真を楽しむアマチュアに作品の発表の場を設けるとともに、市民が優れた芸術文化に触れたり、それぞれの場に参加できたりする市民参加型の事業で、写真をキーワードとして、時代と社会を考え語り合うことで、新世紀における精神文化の育成に貢献することを基本理念にしている。
また2006年には、地域における写真文化の振興に顕著な貢献をしたとして社団法人日本写真協会が主催する「日本写真協会賞・文化振興賞」に、相模原市総合写真祭フォトシティさがみはら実行委員会が選定された。
<受賞作品について>
本写真展では、2011年(平成23年)10月に開催された第11回写真祭プロの部において、広義の記録性の分野で活躍している中堅写真家の中から「さがみはら写真賞」1名、新人写真家の中から「さがみはら写真新人奨励賞」2名、また、アジア地域で活躍している写真家を対象にした「さがみはら写真アジア賞」1名の入賞作品を展示する。
「さがみはら写真賞」には、来年本土復帰40年を迎える沖縄で、冷たい鉄条網に分断された土地に生きる人々の内なるソウルをとらえた石川真生氏の作品『FENCES, OKINAWA』が選出された。
「さがみはら写真新人賞」には、東京の地下に縦横無尽に張り巡らされた地下水道の世界を四半世紀にわたって撮り続けてきた白汚澪氏の作品『地下水道』と、故郷への帰省をきっかけにそれまで行ったことのない様々な土地を自由に旅するようになった写真家の、日常では味わえない濃密で不思議な時間の記録と記憶を表した本山周平氏の『日本 2001-2010』が選出された。
「さがみはら写真アジア賞」には、ミャンマー軍事政権下の人権侵害の影響から七万人以上ものチン族難民がインド東部の州ミゾラムでの生活を余儀なくされている実態を扱ったヴィージェイ・ヴィラフランカ氏の『A Race Divided』が選出された。

さがみはら写真賞

写真

石川 真生(イシカワ マオ)
1953年沖縄県生まれ。74年ワークショップ写真学校「東松照明教室」入学。
主な写真展:77年「金武の女たち」、87年「LIFE IN PHILLY」(以上、ミノルタフォトスペース/東京)、99年「日の丸を視る目」(2000年まで全国各地で巡回展)、2003年「KEEP IN TOUCH: POSITIONS IN JAPANESE PHOTOGRAPHY」(カメラ・オーストリア特別企画展に参加。カメラ・オーストリアギャラリー/グラーツ市美術館内・オーストリア)、04年「沖縄ソウル」(横浜市立美術館企画展「ノンセクト・ラディカル 現代の写真Ⅲ」に参加。PS1 コンテンポラリーアートセンター・アメリカ近代美術別館企画展「永続する瞬間―沖縄と韓国、内なる光景」に参加)、09年「フェンス OKINAWA」(那覇市民ギャラリー)、10年「セルフポートレート携帯日記」「日の丸を視る目」(TOKIO OUT of PLACE/東京)など多数。
主な著書:82年「熱き日々 in キャンプハンセン!!」(共著・あーまん出版)、89年「フィリピン」、90年「港町エレジー」、91年「仲田幸子一行物語」(以上、自費出版)、95年「沖縄と自衛隊」(高文研)、96年「これが沖縄の米軍だ」(共著・高文研)、「沖縄海上ヘリ基地」(高文研)、2002年「沖縄ソウル」(太田出版)、06年「シマが揺れる」(共著・高文研)、10年「LIFE IN PHILLY」(Gallery OUT of PLACE/ZEN FOTO GARALLERY)、「FENCES,OKINAWA」(未来社)
受賞歴:77年「金武の女たち」でミノルタアマチュア写真大賞、95年「沖縄と自衛隊」で沖縄タイムス芸術選賞奨励賞、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、99年「日の丸を視る目」で週刊現代ドキュメント写真準大賞

さがみはら写真アジア賞

写真

Veejay Villafranca(ヴィージェイ・ヴィラフランカ)
1982年マニラ(フィリピン)生まれ。2006年フリーの写真家となり、AFP通信、ロイター通信、ワールド・ピクチャー・ネットワーク、国連の仕事に携わる。08年マニラの危険なスラム街バセコ地区の元ギャングの人生に関するプロジェクトで、ロンドンのイアン・ペリー・スカラシップを獲得。本シリーズはこれまでロンドンやリトアニアで展示されている。現在はロンドンのゲッティ・イメージズのグローバル・アサイメントの仕事のほか、個人のプロジェクトとしてフィリピン人の信仰、東南アジアの不法難民や難民キャンプでの生活に関するシリーズを展開している。

さがみはら写真新人奨励賞

写真

白汚 澪(シラオ レイ)
1965年高知県生まれ。89年東京写真専門学校卒業。スクール・オブ・ビジュアルアーツ(ニューヨーク)に全学費奨学生として入学。91年芸術学士号(BFA)取得。ヘリオギャラリー(ニューヨーク)主催国際写真コンペティション最優秀賞受賞。92年帰国。その後フリーランスカメラマンに。99年富士フォトサロン新人賞受賞。2000年上野彦馬賞日本写真芸術学会奨励賞受賞。10年写真集『地下水道』上梓。国土交通大臣賞「循環のみち下水道賞」受賞。

さがみはら写真新人奨励賞

写真

本山周平(モトヤマ シュウヘイ)
1975年熊本県八代市生まれ。2000年東京ビジュアルアーツ専門学校写真学科研究科卒業。第20回キヤノン写真新世紀佳作。01~06年photographers’ galleryにて活動。09年~東京ビジュアルアーツ専門学校写真学科非常勤講師。
写真展:07~09年ギャラリー街道にて連続展など、国内外で個展、グループ展多数開催。
主な写真集:05年『世界Ⅰ』(photographers’ gallery刊)、『In-between5 ルクセンブルグ オランダ』(EU・ジャパンフェスト日本委員会刊)、06年『SM TABLOID BOX』、09年『写真の手帖全集』(以上、私家版)、10年『日本 2001-2010』(蒼穹舎刊)

日本カメラ社

写真
2011 日本カメラフォトコンテスト展
2/14 (火) ~2/20 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休

写真展内容

本コンテストは、1950年(昭和25年)創刊の『日本カメラ』(51年に月刊化)における誌上月例コンテストで、60年の歴史を有している。特色は、著名な写真家が1年間を通じて審査を担当、結果を毎月誌上で発表するとともに、毎月の入賞得点を年間集計して、年度賞を競うところにある(「ビギナーズ」は年間優秀作品賞)。
「モノクロプリント」「カラースライド」「カラープリント」「ビギナーズ」の4部門があり、「ビギナーズ」を除く3部門では、各部の応募点数が相当数に達し、しかも1年間平均して入賞しなければ年度賞の上位に入れないことから、入賞作品のレベルは高く、日本のアマチュア写真コンテストとしてはトップレベルにある。
2011年度の審査には、「モノクロプリント」の部を中藤毅彦、「カラースライド」の部を米美知子、「カラープリント」の部を土田ヒロミ、「ビギナーズ」の部を新美敬子の4氏があたり、総応募点数は80,000点以上にのぼった。
今回は、各部門の代表作品を応募時のオリジナルのまま(「カラースライド」はダイレクトカラープリント)展示する。

団体のプロフィール

<日本カメラ社>
1948年7月7日東京・銀座に光芸社として創立。同年10月隔月刊誌『アマチュア写真双書』を創刊。51年3月『日本カメラ』に改題。51年7月月刊とする。71年に港区西久保巴町から現在の日本橋人形町へ移転。2010年、『日本カメラ』は創刊60周年を迎え、“写真とカメラのいまを発見する雑誌”として現在に至る。
現在、月刊誌のほか、日本カメラMOOK各種、『写真の教室』、『カメラ年鑑』、『写真年鑑』、写真集、単行本など多数出版。

juna21 岡田 将

写真
白い痕跡
2/21 (火) ~2/27 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休

写真展内容

その壁には、膨大な数の球の跡があった。その跡に圧倒されながらも、作者はその跡にどこか惹かれて食い入るように壁を見つめ続けた。
「構える」「投げる」「当たる」「跳ねる」「捕える」その繰り返しが、この場所でどれだけ行われてきたのだろう。どれだけの人が、どういった想いで、どれだけ球を投げたのだろう。
様々な想いが脳裏を駆けめぐった瞬間、“跡”がぼんやりと白く輝いて見えた。もっとたくさんの“跡”を見てみたい。そう思って自転車を走らせたが、思いのほか“跡”は見つからなかった。
運動する子供の減少や、老朽化による壁の取り壊しなど、今の時代の様々な理由で壁と球の跡は着実に数を減らしていた。それに気付いたとき、作者はカメラを構えていた。
モノクロ17点。

作者のプロフィール

1984年生まれ。2007年日本写真芸術専門学校フォトアートコース卒業。

ニコンサロン連続企画展 Remembrance 3.11
和田 直樹

写真
惨禍 -三陸沿岸部の定点記録-
2/28 (火) ~3/5 (月)
10:30~18:30(最終日は15時まで)
会期中無休

写真展内容

この写真展の作品は、東日本大震災の津波による三陸沿岸部の惨禍を、デジタル一眼レフカメラとシフトレンズの組み合わせる手法を用いて、パノラマ方式により即物的に捉えた定点記録写真である。
作者は、震災発生一週間後に現地に赴き、宮古、大槌、釜石、大船渡、気仙沼、南三陸、石巻など津波により甚大な被害を受けた被災地を克明に記録した。自然災害として津波の惨禍を一次的に捉えるだけではなく、その後も定期的に40地点で撮影を継続することにより、被災地の復興復旧の軌跡を提示するとともに、瓦礫が撤去され更地になり、雑草が生い茂る光景から、人間の生活圏の拡大による過失も示す、という逆説的な視点も浮上させている。カラー60点。

作者のプロフィール

写真

1964年大阪府池田市生まれ。大阪府立箕面高校卒業。第1回大阪府高校生中国派遣団参加。87年日本大学芸術学部写真学科卒業(在学中は写真家木村惠一氏に師事)。広告代理店電通のスタッフフォトグラファーを経てフリーランスに。第4回藤本四八写真文化賞奨励賞受賞。公益社団法人日本写真家協会会員。

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