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第六十二夜 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5

高倍率ズームの源流
ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5

第五十八夜で紹介したように、ズームレンズ発展の軸の一つはズーム比の拡大である。万能的に使えるレンズをつくろうという設計者の情熱は留まるところを知らず、現在ではAF-S DX NIKKOR 18-300mm f/3.5-5.6G ED VRやAF-S NIKKOR 28-300mm f/3.5-5.6G ED VRなど、10倍を超えるズームレンズが発売されている。今夜は、その源流というべきZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5のお話をしよう。おそらくスチルカメラで初めてといえる高倍率ズームはどのようにして誕生したのだろうか?

大下孝一

1、ニコンズーム8

まず、このレンズの発売された頃の時代背景からお話しすることにしよう。

この50-300mmは、第四夜でお話ししたZOOM-NIKKOR AUTO 43-86mm F3.5(1963年発売)に続く4本目(幻の未発売レンズ35-80mm F2.8-4を入れると5本目)のレンズとして1967年に発売された。当時F用の広角レンズは、ミラーアップして装着する21mm F4とフィッシュアイを除けば、35mm F2.8と35mm F2、28mm F3.5しかなく、24mm F2.8が発売されたのは、このレンズ発売の半年後のことである。そんな一眼レフ交換レンズ黎明期に、どのようにして6倍ものズーム比をもつレンズができたのだろう?設計者は、43-86mmをはじめ初期のZOOM-NIKKORを全て設計した樋口隆さんである。当時樋口さんは「ズームの仕事は樋口に」といわれるくらい、次から次へとズームレンズの設計検討を行っていた。このレンズの発売から時を少しさかのぼって1962年頃のお話しである。

当時ニコン(日本光学)は、NIKON Fなどの35mm判カメラと並行して、8mm判シネカメラを製造販売していた。現在のビデオカメラがそうであるように、8mmシネカメラのズームに対する要望は、35mm判スチルカメラとは比較にならないほど強い。そんな声に応えて発売されたのが、1962年に発売されたニコンズーム8である。小型のボックスの中に8-32mmの4倍ズームを内蔵したズーム8は、デザインと性能から大好評を博した。もちろんこのレンズの設計も樋口さんである。樋口さんは、この8mmカメラと並行して検討を進めていた43-86mmの設計を完了させると、早速ズーム8の改良設計にとりかかることになる。

そしてほどなく樋口さんは、ズーム比を大きく拡大した全く新しい8mm用レンズを設計完了し、試作を行うことになったのである。このレンズは幾度かの設計変更の後、ニコンスーパーズーム8(1966年発売)のレンズとして発売されるのだが、その元になったこの設計データこそ、樋口さんが35mm判の高倍率ズームを設計する着想を得るきっかけとなった。このズームタイプを使えば、35mm判でも夢の高倍率ズームができるに違いない!こうして樋口さんは8mmカメラ用レンズと並行して、50-300mmの設計に着手したのである。

2、50-300mm

しかし、35mm判ズームの設計はたやすいものではない。確かに8mm用レンズに比べればF値が暗くてもよいという設計上の有利点はあるが、35mm用レンズは画面サイズが6倍(スーパー8比)大きいため、単純に比例拡大しただけでは収差が大きく使い物にならない。最初に設計完了したレンズは、試作をしたところ、基本性能が不十分で再設計となってしまった。特に色収差の補正が不十分との結果だった。今まで4本の35mm判ズームレンズを設計した知見がある樋口さんであっても、初の35mm判高倍率ズームの設計は難しかったに違いない。その後、レンズ構成を大幅に見直し、再設計-試作-評価を毎年のようにくりかえし、ようやく満足する性能に仕上がったのは3回目の試作品、この設計のきっかけとなった8mmカメラ用レンズ設計完了からおよそ3年後のことであった。

3、レンズの構成

図1:50-300mm F4.5 レンズ断面図

こうして完成したレンズの構成をみてゆこう。図1がZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5のレンズ断面図で、写真1が50mm状態のレンズ外観、写真2が300mm状態のレンズ外観である。

写真1:50mm状態のレンズ外観
写真2:300mm状態のレンズ外観

このレンズは、正屈折力の1群、負屈折力の2群、正屈折力の3群、正屈折力の4群からなる、凸凹凸凸の4群ズームである。今日でも高倍率ズームタイプとして使われている4群ズームタイプであるが、このレンズはそれらとは異なる特徴的な動きをする。

それは、望遠側へのズームの際、1群と3群は一体に物体側に繰出され、2群はカムによって像側に移動、そして4群は固定なのである。今日の4群ズームでは全ての群が移動し、またその移動もばらばらであるのに、このレンズでは実質2つの群の移動で、かつカムによる移動が2群のみの構成となっているのだ。43-86mmを紹介した第四夜でもお話ししたが、43-86mmレンズと同様に当時の工作精度を配慮して、移動群の数を最小にしているのである。

また、効率的にズーム比を稼ぐため、各群の移動量が最小になり、かつ効果的に収差補正が行えるよう工夫されている。このレンズの変倍は先頭の3群の動きによってのみ行われ、その像側に4群を配置した構成のため、先頭3つの群は、ズームによる収差変動を抑えることのみに機能するよう構成することができる。そして最終の4群で、前3群で補正しきれなかった全体の収差バランスを整えることで、ズーム全域で性能を高めることができたのである。さらに4群のもうひとつの役割が、焦点距離を拡大するテレコンバータとしての機能で、この4群のおかげで各群の移動量を小さくし、レンズ全体を小型にできているのである。

前項でお話しした樋口さんの着想とは、まさにこの4群ズームの構成を見出したことであった。望遠側で1群が物体側に移動する構成なので(広角側で全長の短い構成なので)前玉径を小さくできること、4群の追加で1群と3群を一体にして移動させてもズームによる収差変動を抑えられること、そして4群のテレコンバータ効果によって、ズーム比を増しても全体を小型に構成できる。この4群ズームはまさに一石四鳥のアイディアだったのである。こうして夢の高倍率ズームは完成した。

4、レンズの描写

いつものように、光学シミュレーションと実写からこのレンズの描写をみてゆこう。

まずシミュレーションの結果で驚かされるのが、6倍のズームでありながら、43-86mmレンズに比べ、ズームや距離による収差変動が格段に抑えられていることだ。例えば、歪曲収差はこの手のズームレンズのお約束通り、50mm側でたる型、300mm側で糸巻き型に発生しているが、その量は43-86mmに比べて小さく、いま販売されているズームレンズと同程度に補正されている。また各焦点距離で撮影距離による性能変化もかなり小さく抑えられており、設計技術の進歩を感じる。

次に焦点距離ごとの結像性能の変化をみてゆこう。

50mm広角端では、たる型の歪曲収差が少し目立つ。球面収差と軸上色収差の補正は良好で、画面中央付近は開放からシャープな画像が得られるだろう。一方周辺部は、倍率色収差と残存する外コマ収差の影響でソフトな描写となる。作例1は、焦点距離50mmでF11に絞っているため、コマ収差の影響はなくなりシャープな画像となっている。一方倍率色収差は絞ってもなくなることはないので、この作例でも色ずれとしてやや目立っている。ちなみにニコンのデジタルカメラに装着した場合は、倍率色収差は自動的に補正されるので普通に使っている分には目立つことはない。作例ではあえてRAW画像現像時に倍率色補正をOFFにしているため目立っているのである。

第六十夜に取りあげたAI 50mm F1.8と焦点距離こそ同じだが、質量2.3kgのレンズなので、軽快に手持ちスナップというわけにはゆかない。基本は三脚にすえて撮影するレンズである。

作例2は、焦点距離105mm、絞り開放での撮影である。

作例1

D700 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5
50mm
F11
ISO200
A-Auto
Capture NX-Dにて現像

作例2

D700 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5
105mm
F4.5
ISO200
A-Auto
Capture NX-Dにて現像

105mmになると、歪曲収差が若干の糸巻き型に変わる、また倍率色収差や外コマ収差はなくなり、全ズーム域で最良の描写となる。背景のぼけには若干2線ボケ傾向がみられるが、最新のレンズと比べても良好な描写といえるのではないだろうか?

作例3

D700 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5
135mm
F4.5
ISO200
A-Auto
Capture NX-Dにて現像

作例4

D700 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5
300mm
F4.5
ISO200
A-Auto
Capture NX-Dにて現像

作例5

D700 ZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5
300mm
F8
ISO200
A-Auto
Capture NX-Dにて現像

作例3は焦点距離135mm、絞り開放での作例である。135mmになると、倍率色収差は小さいままだが、コマ収差が内コマ傾向になり、105mmよりも周辺のフレアっぽさが増えて感じるだろう。このコマ収差はF8まで絞ることで格段に改善される。糸巻き型の歪曲収差が発生しているが、目立つシーンはそれほどないと思われる。ボケの形状は独特で美しいとはいえないが、個人的には105mmのボケに比べ少し柔らかい気がする。

135mmから200mmになると、望遠レンズにつきものの軸上色収差が大きくなりはじめ、望遠側の300mmで最大となる。一方300mmになるとコマ収差の傾向はなくなり、単色の結像性能は向上する。作例4と5はそれぞれ、焦点距離300mmで絞り開放とF8の作例である。絞り開放状態の作例4ではピントの合っている部分もフレアっぽく、少しデフォーカスした部分で、花びらの縁に水色の色づきが目立つが、F8に絞った作例5ではかなり目立たなくなり、すっきりと透明感のある描写となっている。

大型のレンズであるため周辺光量は比較的多めで、開放でも目立つシーンは少ないと思う。ただし、50mmと300mmの至近では作例4の通り少し気になる。これも作例5のようにF8程度まで絞れば解消されるだろう。

このZOOM-NIKKOR AUTO 50-300mm F4.5は、双子の兄というべきニコンスーパーズーム8に遅れること1年、1967年に発売された。大型で高価なレンズだったということもあり、爆発的にヒットしたレンズではなかったが、スポーツ写真や自然写真の分野で活躍した。そして、1975年にはレンズに多層膜コートを施し外観を変更したNEW ZOOM-NIKKOR 50-300mm F4.5にリニューアルされ、その2年後の1977年にはAI ZOOM-NIKKOR 50-300mm F4.5として継続販売されている。

実は同じ1977年には、このレンズの改良版というべきAI ZOOM-NIKKOR ED 50-300mm F4.5が発売されているので、このレンズを継続して販売する必要はなかったように思われる。しかし翻って考えれば、AIレンズとしてED版50-300mmと並行販売されたことが、このレンズの人気と実力の証なのだろう。一方ED50-300mmは、EDレンズを採用したことで、本レンズの欠点であった色収差を克服し、かつレンズ全長を45mmも短縮した高性能レンズで、高倍率ズームの世界を広げることに貢献したレンズであった。このED50-300mmについても機会があればお話をしたいと思う。

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