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第五十四夜 ニコンおもしろレンズ工房 Part2(ぎょぎょっと20/どどっと400)

ニコン初のトイレンズ?
ニコンおもしろレンズ工房 Part2(ぎょぎょっと20/どどっと400)

今回は、第五十二夜の続きで「ニコンおもしろレンズ工房」の残りの2本をとりあげよう。日本国内のみの限定発売であったため、ご存知ない方も多いと思うが、佐藤と大下が関わった思い出深いレンズである。

大下孝一

1、ぎょぎょっと20

前回お話ししたように、おもしろレンズとして企画されたのは以下の4本である。

  1. ソフトフォーカスレンズ
  2. 魚眼レンズ
  3. マクロレンズ
  4. 超望遠レンズ

この中で、私が最も頭を悩ませたのが魚眼レンズである。もちろん塚本さんからは、本格的な魚眼レンズじゃないんだから180度の画角は要らないし、歪曲が派手に出ていて、画角が広くて、おもしろい写りをすればそれでいいの、と言われていたものの、広い画角の光線を結像させるだけでも難物である。魚眼というからには画角は150度くらいは欲しい。まず考えられるのは、ドアスコープのように強い凹レンズの前群と強い凸の後群の構成だが、これでは前群の凹レンズで発生する倍率の色が補正できない。さてどうしたものか。

私が逡巡していると、佐藤さんをはじめ年末の座談会に出席した職場のメンバーが、内職で設計したアイディアを提供してくれるようになった。

「要は前群、後群とも接合にして独立に色消しすりゃいいんだよ。」

「でもこの構成だと曲率が強くなりすぎて画角がとれないよ。」

「じゃぁ前群を凹と凸に分離してみよう。」

「3群4枚構成なら性能が出そうだけど。」

「でも3群構成だと光学調整が必要になるかも。」

いろいろな構成を手当たり次第検討していった。

図1 ぎょぎょっと20 レンズ断面図

そうこうしているうちにちょっと変わった別のアプローチが生まれてきた。強い凹の前群と、強い凸の後群の間に、前群側に凸面を向けた厚肉の凹メニスカスレンズを挟んだ3群3枚構成のレンズである。球面収差や軸上色収差の補正は十分ではなかったが、倍率色収差や非点収差は見事に補正されていた。そうか、そういう手があったか!この凹メニスカスレンズを後群凸レンズと接合できれば、2群3枚の構成にできるのではないか。私はこのタイプの改良に絞って設計を進めることにした。こうして生まれたのが図1のレンズ構成である。

このレンズの最大の特徴は、非常に厚肉の凹メニスカス第2レンズにある。基本的に強い平凹レンズの第1レンズでできた広い視野の歪んだ虚像を、凸の第3レンズで結像させる構成で、魚眼レンズ特有の歪曲と広い画角を得ているのだが、これでは倍率色収差も軸上色収差も球面収差も補正できない。そこで登場するのが第2レンズである。第2レンズの物体側面は凸面であり、この凸面の効果によって第1レンズで発生する倍率色収差を補正する。一方、第3レンズと接合された第2レンズの像側面は強い凹面であり、この効果で、第3レンズで発生する球面収差と軸上色収差が補正されるのである。第2レンズを分厚く構成し、物体側面と像側面に別の機能をもたせることで、2群3枚というシンプルな構成で、諸収差を良好に補正することができたのである。

2、試作

この魚眼レンズ設計の目処が立ったことで、4本のレンズの試作オーダーが発令された。しかし設計着手から短期間のことで、この魚眼レンズについては泥縄状態であった。設計を進めてゆくにつれ、性能が日に日に向上してゆくのである。当初の目標はLサイズプリントで鑑賞にたえることだったが、次第に私の中で設計目標が変わっていったのである。「報道カメラマンやハイアマチュアの非常用レンズとして使えるものにしよう!」

第五十二夜で紹介したぐぐっとは、ニコン唯一のソフトフォーカスレンズとして使っていただけるだろう。超望遠は、小型軽量さを活かして、バッグに常備できる超望遠レンズとして、そして魚眼は水しぶきのかかるような悪環境で気兼ねなく使い倒してもらえる超広角レンズとして使ってもらいたい。私の中でイメージが固まった。シャンパンファイトやビールかけを、ぐっと寄って撮る超広角レンズである。

そしてあわただしく出図を終え、いよいよ試作品が完成した。通常は試作品が完成すると、投影検査を行い、その後は品証/評価部門でMTF測定や実写などの評価となるのだが、その前に私と塚本さんで試し撮りをすることになった。レンズを何本設計しても、試作品の試し撮りは心躍るひとときである。たった2枚、3枚のレンズがどんな写りをするのだろう。仕事の合間に2日かけて実写を行い、現像・プリントを依頼した。

プリント結果はまさに期待を超える写りだった。特にこの魚眼レンズの抜けの良いクリアな写りには目を見張った。この結果を見るまでは、正直なところ、このレンズの商品化は難しいだろうなぁと感じていた。なにしろ塚本さんと私がアングラで検討していたレンズであり、カメラの製品計画から外れた商品である。GM、事業部長、社長と決裁をいただいて商品化されるのには何年かかることか。しかし、プリントを見て、このおもしろいレンズをぜひともみんなに使ってほしい、こんなによく写るんだという驚きを共有したい、という想いがふつふつとわきあがってきたのである。

3、開かれた扉

その想いはあっけないほどたやすく達成された。その後実施された正式評価でも、2人の試し撮りの結果を裏打ちする良好な結果であり、我々の実写結果も添えて塚本さんの上司に報告と商品化のお願いをしにいった。それから2週間くらいたったころ、塚本さんから連絡があったのだ。「例のおもしろレンズ、量産することになったから、よろしく!」

しかも条件を聞いてまた驚いた。国内のみでの発売、ソフトフォーカスを除く3本のセット販売、限定5000セット、今年の12月初めに発売すること。急ぎ、関係者10名くらいを集めたミニチームが結成された。発売までに時間がない中で、決めなければならないことが山積していた。

まずは商品名である。これは、塚本さんが当初からこのレンズシリーズのことを「おもしろレンズ」と言っていたことから、すんなり「ニコンおもしろレンズ工房」と決まった。あとそれぞれのレンズも「400mm F8」ではなくて、かわいい愛称がほしいねという意見が出て、「ぎょぎょっと」「ぐぐっと/ふわっと」「どどっと」という愛称がつけられた。

パッケージは、お店に箱ごとディスプレイして出来るだけ目立たせたいという塚本さんの希望で、淡い黄緑色の背景にとぼけたダチョウのイラストという異色な梱包箱が誕生した。

「シールを同梱して、お客さんに好みのデコレートしてもらえば?」

「説明書もお堅いものでなくて、手書き風のものにしたいね」

「ふわっとに組み替えて余ったレンズはフィルムのケースにぴったり入るようにして」

アイディアはつぎつぎ提案され、予算の少ない中、何とか実現しようとチーム員一丸となって検討が続けられた。自分で出したアイディアを自分の手で具体化し商品化する、こんな機会はそうそうあることではない。エキサイティングで濃密な時間だった。

そして商品化と並行して、塚本さんと私は、商品化に向けてのさらなるコストダウン設計を行っていった。

4、どどっと400

図2 どどっと400 レンズ断面図

スペックこそ変わっていないが、このレンズほど企画段階から変貌を遂げたレンズはない。小型の超望遠レンズということで、400mm F8のスペックはすんなり決まった。300mmでは望遠ズームでカバーできる領域だし、500mmではレンズが大きくなりすぎるからである。そして400mmの超望遠レンズであれば、中心性能優先で天体望遠と同じ1群2枚構成でよいだろう。光学設計はすぐ完了した。一方メカ設計は、携帯時このレンズを小型に構成しなければならない。レンズは1群2枚構成なので、約40cmの全長である。

塚本さんは大変苦心したに違いない。試作で完成したものは2段階で沈胴するメカニックなレンズであった。実写の結果は悪くなかったが、当然重量もかさみ、操作性もチーム員の評判は芳しくなかった。収納状態から撮影までの組立が煩雑だったのである。

そこで相談の結果、レンズ枚数を増やしてでもレンズ全長を短縮する設計変更を行うことにした。2段の筒を伸縮させる構造を1段の伸縮でできれば、金属筒が一つ減り、重量もコストも大幅に減らすことができる。こうして完成したのが、図2のレンズである。

前群が凸接合レンズ、後群が凹接合レンズの典型的なテレフォトタイプの望遠レンズである。それまで3枚以内の構成にこだわっていたが、全長短縮のためにやむを得ない選択だった。テレフォトタイプの構成にしたことで、歪曲収差は若干発生するが、周辺性能は格段に向上させることができた。35mm判の画角ではまだ余力があったため、設計上は中判(645判)フォーマットまでカバーするよう、周辺光量を十分確保している。

同様にメカ構成も、従来の沈胴機構から、より構造がシンプルで、大きな伸縮幅の得られる分解/組立式に設計変更され、コストダウンを図っている。

5、レンズの描写・ぎょぎょっと20

写真1 ぎょぎょっと20

では、実写をもとにぎょぎょっと20の描写をみてゆこう。

このレンズは写真1のようにシンプルな円筒形のデザインで、今のフルサイズの一眼と組み合わせてもフィットする。ISO400ネガカラーで使う前提でF8と暗いレンズのため、低感度フィルムで使うには制限の多いレンズだったが、デジタルカメラでは感度が自在に変更できるため、使い勝手がたいへんよくなった。

作例1

レンズ:ぎょぎょっと20 20mm F8
ボディ:D700
撮影モード:A-auto
ISO:オート
ホワイトバランス:オート

作例2

レンズ:ぎょぎょっと20 20mm F8
ボディ:F301
撮影モード:A-auto
フィルム:HG400
ネガをスキャン

作例3

レンズ:ぎょぎょっと20 20mm F8
ボディ:D700
撮影モード:A-auto
ISO:オート
ホワイトバランス:オート

このレンズの最大の特徴は2群3枚のシンプルなレンズがつくりだす抜けのよさである。作例1は、半逆光の風景である。超広角レンズは、光源がレンズにあたることが避けがたいが、このレンズは光源が画面内のある場合でも、ゴーストやフレアが目立つことはほとんどない。また画面四隅を除いてシャープな画像である。画面四隅で急に画像がくずれるが、これはネガからプリントの過程でややトリミングされることから、画面中間部のシャープネスを優先し、画面四隅を犠牲にしたためである。

作例2は明るい夜景をネガカラーで撮影したものだ。コマフレアや色収差がたいへん小さいことがおわかりいただけるだろう。

作例3は比較的近距離の被写体である。固定焦点のレンズのためあまり被写体に接近するとピンボケになってしまう。1mよりあまり接近しないよう気を付けて撮影したい。

6、レンズの描写・どどっと400

写真2 どどっと400

次にどどっと400の描写をみてゆこう。

作例4はオナガカモである。400mmは野鳥撮影の標準レンズともいわれる。夕方の暗い条件だったが、感度を上げて撮影することができた。周辺光量低下も全く目立たない。

作例5は日没後の富士山のシルエットである。このレンズは写真2のように、分解/組立式の構造上、レンズ鏡筒先端部が細いため、逆光や半逆光時に迷光によるフレアで画面がフラットになりやすい。フードを装着するなどで、なるべく迷光が入らないよう工夫をしたい。

作例4

レンズ:どどっと400 400mm F8
ボディ:D700
撮影モード:A-auto
ISO:オート
ホワイトバランス:オート

作例5

レンズ:どどっと400 400mm F8
ボディ:D700
撮影モード:A-auto
ISO:オート
ホワイトバランス:オート

作例6

レンズ:どどっと400 400mm F8
(テレコンバータとD4フィルターを併用)
ボディ:F2
シャッタースピード:1/1000sec
フィルム:G400
ネガをスキャン

作例6は、1997年3月の部分日食の写真である。月や太陽はフィルム上に焦点距離の約1/100の大きさで写る。400mmではやや太陽像が小さすぎるため、テレコンバータで拡大している。テレコンバータは簡便にレンズの焦点距離を拡大してくれるが、レンズの色収差も拡大されてしまうため、太陽のエッジに若干の色づきがみられる。

どどっと400はコスト上、色収差を低減するEDレンズなどを使うことができなかったため、コントラストの高い被写体ではエッジに赤紫の色づきが発生することがある。

7、写真の力

こうしてニコンおもしろレンズ工房は1995年12月に無事発売された。思えばアイディア発掘の座談会から、あっという間の密度の高い一年だった。種明かしをすれば、簡単に発売の許可が下りたのは、塚本さんの上司が報告した実写結果を大変気に入ってくれて、事業部長や社長に発売の直訴をしてくれていたからだった。このおもしろレンズ群が、自身の紡ぎだす写真の力によって、商品化への道を切り開いてくれたのかもしれない。思えばこのレンズの開発では、解像力がどうの、MTF性能がどうのといわれたことはなく、チームメンバーが撮った写真の楽しさが全てだった。写真の楽しさ、交換レンズの楽しさを再認識させてくれるレンズである。

ニコンおもしろレンズ工房 チラシ(PDF : 1.19MB)

使用説明書(PDF : 568KB)

同梱シール(PDF : 487KB)