Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第四十二夜 ニコンレンズシリーズE 75-150mm F3.5

ニッコールスピリットを受け継ぐ普及レンズ
ニコンレンズシリーズE 75-150mm F3.5

100話、1000話と続ける意気込みで佐藤さんと2人で始めたこのニッコール千夜一夜も、ニッコールクラブの連載は今回で最終回になる。誌面ではこれでお別れとなってしまうが、ニコンホームページでの連載は継続される予定なので、引き続きご愛読下されば幸いである。
さて誌上で最後のレンズは、交換レンズでもニッコールの名前のついていないニコンのレンズ、ニコンレンズシリーズE 75-150mm F3.5をとりあげよう。

大下孝一

1、ニコンレンズシリーズE

ニコンレンズシリーズEは、リトルニコンの愛称で親しまれた、Nikon EMにマッチするレンズとして開発された交換レンズシリーズである。EMは、今までのニコンの重厚長大なイメージを払拭し、新しいユーザーを取り込もうと開発された小型軽量な一眼レフであった。当然その交換レンズとして、EMにマッチするライトなレンズの開発が望まれ、ニコンレンズシリーズE(通称Eシリーズ)の開発がスタートするのである。ニッコールと別ブランドとしたことも、このEMシリーズ普及に対する、ニコンの意気込みが現れているのだろう。

最終的にEシリーズとして、E28mm F2.8(日本未発売)、E35mm F2.5、E50mm F1.8(日本未発売)、E100mm F2.8、E135mm F2.8(日本未発売)の単焦点5本と、E36-72mm F3.5、E75-150mm F3.5、E70-210mm F4のズームレンズ3本の合計8本のレンズが生産されたが、今回とりあげるE75-150mm F3.5は、国内ではE35mm F2.5、E100mm F2.8に少し遅れて1980年5月に発売されたレンズである。

Eシリーズは、小型軽量なEMにマッチするよう、単焦点レンズでは鏡筒機構部にエンジニアリングプラスチックを使うなどして軽量化を達成したほか、調整箇所を極力省くなど、生産面の合理化によって、従来のニッコールに比べ大幅なコストダウンを図っている。しかし、設計面では一切の妥協はなく、従来のニッコールレンズと同じ品質を維持することがコンセプトの一つであった。ニッコールと変わらない性能で、小型軽量でしかも安い。ユーザーにとってはいいことづくめのレンズである。

また、Eシリーズのレンズ群は、絞り環の最小絞りがオレンジで統一されていることからもわかる通り、Ai-Sタイプのレンズであり、Ai以前の絞り連動爪が構造上とりつかないことを除けば、Ai-Sニッコールレンズと互換性をもっている。

2、E75-150mm F3.5

図1.ニコンレンズシリーズE 75-150mm F3.5のレンズ構成

このE75-150mm F3.5の光学設計を担当されたのは飯塚豊さんであった。飯塚さんは、私が入社した頃には別の設計課に移られており、直接指導を受ける機会はなかったが、まじめで緻密な設計をする方で、このレンズの設計データからもその一端を伺うことができる。

図1に、このレンズの構成図を示す。9群12枚の構成で、先頭の3枚のレンズが凸の1群、それに続く3枚のレンズが凹の2群、やや離れたところに配置された接合レンズが凸の3群、その右の4枚のレンズが凸の4群=マスターレンズを構成している。

そして、2群が右側に移動するにつれて、3群が一旦右側に移動し、途中から左側に移動するUターン軌道を描くことで、広角側から望遠側に焦点距離を変化させる。このようなズームレンズを4群アフォーカルズームというが、これは、3群を出る光線がズーム中常に平行=アフォーカルを保ち続けることに由来している。こう言われてもピンとこないことと思うが、3群までがズームのフロントコンバータになっていて、4群が撮影レンズであり、フロントコンバータの倍率を変化させることで像の大きさを変化させる、といえばおわかりいただけるだろうか。

さて、この4群アフォーカルズームで小型化を達成するには、3群までのズーム部を小型化するパターンと、4群のマスターレンズを小型化するというパターンが考えられる。マスターレンズの焦点距離を短くしたり、ズーム部各群の焦点距離を短くして小型化をするのが安直であるが、それでは性能が劣化してニッコールと同じ品質が保てないばかりか、各レンズの誤差感度が厳しくなり、生産性を上げてコストを下げるコンセプトも達成できない。そこで、ズーム比を2倍に抑えてズーム部の小型化を図った。しかしそれだけではやや魅力に乏しい。そこでレンズ構成を変更せず達成可能なF3.5まで口径比を大きくした。

そしてローコストというコンセプトを達成するため、各レンズの構成も、最小限のレンズ枚数とすることはもちろん、ガラス材料も入手の容易な廉価なガラスで構成している。こうしてE75-150mm F3.5がつくられたのである。

3、レンズの描写

作例1

Nikon F-301 E75-150mm F3.5(75mmで撮影) f/3.5 AUTO RVP100

作例2

Nikon F-301 E75-150mm F3.5(100mmで撮影) f/3.5 AUTO RVP100

作例3

Nikon F-301 E75-150mm F3.5(150mmで撮影) f/3.5 AUTO RVP100

こうして誕生したE75-150mm F3.5は、EM用としてつくられた普及レンズでありながら、実に玄人受けするレンズに仕上がっている。75-150mmというポートレート領域をカバーする2倍のズームレンジ、F3.5と明るく、しかもズーム中F値の変わらない仕様で、EMにはもちろん、F2やF3などにつけても使いやすく、また外観的にもよくマッチする。しかも、性能が抜群に優れているのである。ズーム比を欲張っていないこともあり、広角端から望遠端まで端正な描写である。よくズームレンズの誉め言葉に「単焦点レンズに劣らない」などと言われるが、このレンズはまさに単焦点レンズにひけをとらないレンズであろう。

そうしたこのレンズの特徴の一つに、球面収差、色収差の補正が良好で、開放から非常にフレアの少ないことが挙げられる。それを示したのが作例1の夜景写真である。開放で撮影したにもかかわらず、光源のまわりのフレアは認められず、大変クリアな描写である。作例は広角側で撮影しているが、ズームの中間領域や望遠側でも同様にシャープな描写を維持している。

またフレアの少ないシャープなレンズは、質感描写に優れている。作例2は、焦点距離100mmの中間焦点距離、絞り開放で撮影したが、堅い木の質感、木目が克明に描写されている。このレンズもズームレンズの宿命で、広角端ではたる型、望遠側では糸巻き型歪曲がわずかに認められる。歪曲を抑えたい場合は、作例2のように中間の焦点距離で撮影するとよいだろう。

作例3は望遠側、絞り開放で撮影した紅葉のアップである。この作例3でもわかるとおり、後ボケが大変美しく、コンセプト通り、こうした植物のアップやポートレートに適したレンズに仕上がっている。この秘密は、Ai Nikkor 135mm F2と同様、近距離での収差変動を巧みに利用し、近距離では球面収差をわずかに補正不足にバランスさせることで、後ボケをなめらかにしているのだ。少ないレンズ枚数、安いガラス材料という制約の中で、高い性能を引き出す緻密な設計をしている飯塚さんの手腕には脱帽である。

このような経緯で生まれたEシリーズは、発売から1年後、1981年に鏡筒外観を変更したNewタイプのレンズを発売し、さらに翌年の1982年にはE70-210mm F4を発売し、ラインナップの拡充を図ったが、最終的に、上に挙げた8本のラインナップをもって生産を終了する。EMの誕生と共に生まれ、EMシリーズ最後の機種FG-20とともに姿を消すのである。価格が安かったこともあり、営業的にはかなり売れたレンズであった。しかし、価格の安さばかりが先行し、ニッコールと同等の優れた品質をうまく訴求しきれなかったことが、Eシリーズが消えてしまった要因の一つなのだろう。今は生産を終えたEシリーズであるが、Eシリーズで取り組んだ、エンジニアリングプラスチックの採用、生産性の向上によるコストダウンといった要素開発は、その後のニッコールレンズの開発にはなくてはならない重要な技術であった。こうした技術を土台として、その後のニッコールの発展があるのである。ニッコールの名称はついていないが、デジタル時代にあっても手元に置いておきたい名レンズの一つである。