Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第十四夜 NIKKOR-N Auto 24mm F2.8

はじめて近距離補正機構を搭載した
NIKKOR-N Auto 24mm F2.8

今夜は、第十二夜の「NIKKOR-H Auto 2.8cm F3.5」の続きで、「NIKKOR-N Auto 24mm F2.8」についてお話しよう。

大下孝一

1、近距離変動の克服

「Nikon F」に装着した「NIKKOR-N Auto 24mm F2.8

さて、第十二夜でお話したように、「2.8cm F3.5」(昭和35(1960)年3月発売)の開発によって、レトロフォーカスタイプの欠点であった樽型ディストーション(歪曲収差)と周辺性能の低下を克服するレンズタイプを見いだすことができたわけだが、それで簡単に24mmの広角レンズも開発できたというわけではない。というのも、28mmよりも広角のレトロフォーカスタイプというのは全く未知の領域で、「レンズをどのように配置すればうまく性能が出るか?」はまだまだ手探りの状態だったのである。

当時の光学設計報告書を見ると、設計データが数多く残されており、当時このレンズの開発にいかに注力していたかを伺い知ることができる。なにしろ今のような高速の計算機のない時代である。広い画角にわたって全てのレンズ面に光線を通し、像を結ばせるだけでも大変な作業だったに違いない。

そして、レトロフォーカスタイプレンズにはもう一つ克服しなければならない欠点が残されていた。それは、前回「2.8cm F3.5」の最後にお話しした近距離の収差変動である。
レトロフォーカスタイプレンズでは、近距離にピント合わせするに従って非点収差が発生し、図2.のように画面の周辺がボケて写ってしまうのである。この近距離での性能劣化は、レンズが明るくなればなるほど、レンズの画角が広ければ広いほど、被写体までの距離が近ければ近いほど顕著に発生し、レンズの周辺性能を劣化させてしまう。

「2.8cm F3.5」では、最短撮影距離を、性能劣化の目立たない60cmに留めることで対処したが、他社から遅れて発売された28mmレンズはいずれも「2.8cm F3.5」より短い最短撮影距離を実現しており、「もっと寄れる広角レンズが欲しい」という要望は日増しに強くなっていった。しかし、脇本善司氏は、安易に至近距離を短くすることを善しとはしなかった。確かにレンズの繰り出し量を少し増すだけで至近距離は短く出来る。しかし、それでは多くのユーザーに満足してもらえる至近性能が出せないし、今後設計して行かねればならない超広角レンズの開発でいずれは破綻を来たしてしまうだろう。今これを解決しておかなければ……。そんな思いが、今日広く広角レンズに採用されている「近距離補正フォーカス」というアイディアを生み出したのである。

2、レンズの構成

「2.8cm F3.5」の発売から十年弱遅れて発売された「NIKKOR-N Auto 24mm F2.8」は、図1.のような7群9枚構成のレトロフォーカスタイプのレンズである。この十年近い歳月に、このレンズ開発の苦心があらわれている。基本的なレンズの設計を清水義之氏が担当され、それに脇本氏の近距離補正のアイディアが組み合わされてこのレンズが誕生したという。

図1.NIKKOR-N Auto 24mm F2.8 (1967)断面図

参考 NIKKOR-H Auto 2.8cm F3.5 (1960)断面図

下の写真2枚は、周辺部(オレンジ色部分)の拡大

図2.近距離補正フォーカスの効果近距離補正フォーカス。周辺部も鮮明

全体繰り出しフォーカス。周辺部に行くに従いボケて写っている

前回の「2.8cm F3.5」に比べると各レンズが接近しており、前群と後群の境界もわかりにくくなっているが、先頭から3番目のレンズまでを凹の前群、それより後ろを凸の後群と考えると、「2.8cm F3.5」の前群の先頭に凹メニスカスレンズを追加し、後群の先頭の凸レンズと後ろから2枚目の凸レンズを接合レンズにすることで、広角化と明るさの向上を図ったものと考えることができるだろう。

このレンズの最大のポイントである近距離補正方式のフォーカス(ピント合せ)は、図1.の矢印で示したように、レンズを第6レンズと第7レンズの間で2つのレンズ群に分割し、2つのレンズ群の間隔を狭めるようピント合わせしておこなっている。

少し難しい話になるが、第6レンズと第7レンズの間隔は、この間隔の変化によって球面収差などはほとんど変化せずに、非点収差だけを大きく変化するように設計している。そして撮影距離が近距離になるに従って発生する非点収差を、この間隔変化で発生する非点収差で打ち消すようにフォーカスするというわけである。言われてみれば簡単なことだが、この近距離補正方式の発明によって、レトロフォーカスタイプは超広角レンズの開発に向けて格段の飛躍を遂げたのである。

3、レンズの描写

さて、作例写真をもとにこのレンズの描写をみてみよう。

筆者は普段、「AI Nikkor 24mm F2.8」(昭和52(1977)年発売)を愛用しており、今回改めてこの「NIKKOR-N Auto」と比較をしてみたのだが、最新の「AI AF Nikkor 24mm F2.8D」レンズと同じ光学系を搭載した「AI Nikkor」のレンズと比較しても、さほど遜色(そんしょく)のない高い描写性能を再認識する結果となった。

F2.8開放では高い輝度の被写体のまわりにわずかなフレアが残存することがあるが、2段絞り込めばほとんど目立つことはない。

作例1.は、f/8まで絞り込んで撮影しているが、隅々までシャープな描写であることがおわかりいただけるだろう。像面の平坦性はさすがに新光学系の「AI Nikkor」が優れているが、その差は、同じ被写体をf/4あるいはf/5.6で撮影して、画面の四隅を仔細に観察してようやくわかる程度のもので、「NIKKOR-N Auto」の撮影結果だけを見て不満を感ずることはないレベルである。また、ディストーション(歪曲収差)も良好に補正されており、作例1.の建物の部分にも像の歪みを感じることはない。

今回実写に用いた「NIKKOR-N Auto」はマルチコート化されたレンズ(後述)ということもあって、太陽が入りこむような完全な逆光時でも目立つゴーストやフレアは認められなかった。また、色再現も「AI Nikkor」とほぼ揃っている印象である。ただ、逆光時などに色調が少し違って見えることがあるかもしれない。これはレンズの色収差やフレアが色調に影響を及ぼすためで、このレンズに限ったことではないが、逆光時は少し絞り込んで撮影することをおすすめしたい。

作例2.は、f/4での近距離撮影である。立体的な被写体であるので、近距離補正フォーカスの効果はわかりづらいが、いやな周辺部の像の流れもなく、ボケの形状も広角レンズとしては比較的素直と感じるがいかがだろうか?

「NIKKOR-N Auto 24mm F2.8」はその後、昭和47(1972)年にマルチコート化され、50(1975)年に「24mm F2」に合わせ“(new) Nikkor”にモデルチェンジされ、そして52(1977)年にAI方式にしただけでなく性能を一層向上した「AI Nikkor 24mm F2.8」が発売されるまで、およそ10年にわたって生産され、今なお愛用されている。いやそれだけではない、このレンズによって開発された広角化の手法と近距離補正フォーカスは、その後の広角レンズに受け継がれ、それぞれのレンズの中で生きつづけている。

ちなみに、現在販売している「AI Nikkor 24mm F2.8S 」は、新開発のマルチコーティングSIC(=スーパー・インテグレイテッド・コーティング)を採用し、更に抜けが良く、カラーバランスのより良いレンズに改良している。「0.3メートル / 1feet」というピントリングの文字には、単に近くが撮れるようになったというだけでない、一眼レフのレンズ設計者を悩ませてきた近距離の収差変動を克服できた喜びと誇りが刻まれているのである。