三木淳賞について
Juna21(ユーナ21)は、銀座ニコンサロン開館30周年を記念して、従来の公募の他に35歳までの若い写真家の表現に注目し、その発表の場を新宿ニコンサロンとして98年4月より1週間2名同時開催でスタートした写真展です。
ニコンサロン選考委員会では、Juna21(ユーナ21)の写真界での位置づけをさらに高め、応募者への励みとなるようにと従来から検討を重ねた結果、1999年(平成11年)度より「三木淳賞」を創設しました。本賞は、年間(毎年10月から翌年9月に至る1年間)を通した最優秀の作品に対してこれを贈呈するものです。
また、一昨年の2003年(平成15年)度より三木淳賞奨励賞を新たに設け、優秀作品若干名に贈呈いたします。
賞の名称は、わが国の写真ジャーナリズムの先駆者で、吉田首相の葉巻タバコをくわえたスナップで知られた報道写真家である故三木淳氏の芳名を冠したものです。氏は、ニッコールクラブ会長、日本大学芸術学部教授、日本写真家協会会長を務めた後、日本写真作家協会会長を歴任され、日本写真界およびアマチュア写真界の発展並びに学校教育に多大の貢献をされ、1992年2月に逝去されました。
表彰
三木淳賞
賞状
正賞:山田朝彦作「無限」
賞金:30万円
副賞:デジタル一眼レフカメラ ニコンD300S(AF-S DXニッコール16~85mm f/3.5~5.6G ED VR 付)
受賞展開催後2年以内に、新作による写真展をニコンサロンで開催する権利を有する。
三木淳賞奨励賞
賞状
賞金:10万円
副賞:デジタル一眼レフカメラニコンD7000(AF-S DXニッコール16~85mm f/3.5~5.6G ED VR 付)
これまでの受賞者
- 第 1 回(1999年度)甲野 善一郎「SECRET TIME」

- 第 2 回(2000年度)鈴木 忍「そして、この優しい去勢のために」

- 第 3 回(2001年度)藤沢 真樹子「mango y ritmo」

- 第 4 回(2002年度)呉 雪陽「氷上の花火」

- 第 5 回(2003年度)荻野 育代「緊張の方向」

- 第 6 回(2004年度)村上 友重「球体の紡ぐ線」

- 第 7 回(2005年度)土屋 育子「IMAGES OF TRUST」

- 第 8 回(2006年度)石川 直樹「THE VOID」

- 第 9 回(2007年度)稲宮 康人「『くに』のかたち HIGHWAY LANDSCAPES OF JAPAN」

- 第 10 回(2008年度)西村 康「彼女のタイトル」

- 第 11 回(2009年度)Gim Eun Ji「ETHER」

- 第 12 回(2010年度)金川 晋吾「father」

- 第 13 回(2011年度)添田 康平「Not yet refugees」

三木淳賞奨励賞受賞者
2003年度
2004年度
2005年度
2006年度
2007年度
2008年度
2009年度
2010年度
- 飯島 望美「豚が嗤う」

- ライアン・リブレ「Portraits of Independence: Inside the Kachin Independence Army(独立の肖像:カチン独立運動の内側から)」

2011年度
三木 淳略歴
三木 淳氏は、吉田茂総理の葉巻タバコをくわえたスナップでもよく知られた報道写真家であり、ニッコールクラブ会長、日本大学芸術学部教授、日本写真家協会会長を務めた後、日本写真作家協会会長を歴任、日本写真界およびアマチュア写真界の発展ならびに学校教育に多大の貢献をなし、平成4(1992)年2月に逝去されました。
| 1919年: | 岡山県に生まれる |
| 1943年: | 慶応義塾大学経済学部卒業。在学中から 亀倉雄策氏、土門 拳氏に師事。 |
| 1949年: | シベリア抑留者の舞鶴港上陸をルポした作品「日本の赤色部隊 祖国に帰る」が米「LIFE」誌に掲載され、タイム・ライフ社入社のきっかけに。その後、「LIFE」誌の表紙を飾った「葉巻をくわえた吉田首相」は世界的な反響を呼び、「マッカーサー元帥東京を去る」、「板門店の捕虜交換」、「日本の皇太子」、「暴動メーデー」などの作品を次々と発表。 |
| 1950年: | 木村伊兵衛氏、土門 拳氏を顧問に「集団フォト」を結成。 |
| 1954年: | タイム・ライフ社の招きで渡米、精力的に米国内を取材。 |
| 1957年: | タイム・ライフ社を退社。以降は主に中南米にテーマを求めて多くの作品を発表するだけにとどまらず、世界を舞台にスケールの大きい活躍を続け日本のフォト・ジャーナリズムの先駆に。 |
| 1983年: | 国内初の写真専門美術館、土門拳記念館(山形県酒田市)の初代館長に就任。以降、ニッコールクラブ会長を歴任し、ニコンサロン運営委員を長年務めて日本写真界およびアマチュア写真界の発展並びに学校教育に多大なる貢献をした。 |
| 1992年: | 2月に逝去 |
受賞歴
1951年:アルス写真年鑑特別賞
1952年:日本写真批評家協会作家賞
1959年:第3回日本写真批評協会作家賞
1960年:第1回講談社写真賞、富士プロフェショナル年間最高賞
1962年:第12回日本写真協会年度賞、ICIE優秀賞
1964年:ICIE優秀賞 / ICIE最優秀賞
1965年:ADC銅賞 / 全国PR誌コンクール最優秀賞
1967年:全国カタログポスター展最優秀賞
1969年:ICIE最優秀賞
1983年:紫綬褒章
1988年:第38回日本写真協会年度賞
1989年:勲三等瑞宝章
1990年:第40回日本写真協会功労賞
1992年:正五位叙位


