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レンズ設計者インタビュー

1億本のNIKKORレンズに埋め込まれた「あくなき理想の追求」 1億本のNIKKORレンズに埋め込まれた「あくなき理想の追求」

先輩の厳しい指摘が設計者としての原点

株式会社ニコン 映像事業部 開発統括部 第三システム設計部 第四設計課 主幹研究員 佐藤治夫

入社当初、1本目のレンズを設計していた時のお話です。私は、長年写真を撮ってきたという自負もありましたから、処女作の広角ズームレンズは、当初、思いのままに自分が欲しいと思うレンズを設計していました。私は身体も手も大きいため、多少サイズが大きくなっても問題なかったのです。信念として、画質最優先という気持ちが常にありました。したがって、レンズの周辺性能をよくするために、フィルター径を思い切って大きく設計していました。

しかし、その設計を見た先輩技術者から厳しい指摘がありました。「それでは売り物にならない。もっと小さく。」と徹底的にダメ出しされたのです。お客様のことを考えれば、当然の指摘でした。でも、当時は自分が考えていたレンズと大きなギャップがあり、正直とても苦しみました。

こうした経験を通して、私は商品としてのレンズ設計はどうあるべきかを学んできました。そして、これが今に続くレンズ設計者としての原点になっています。

そんな苦労をしながら、私が30年以上設計に携わってきたNIKKORレンズの生産数が、このたび1億本に達しました。ニコンが製作した主なレンズには、戦前から「NIKKOR」の名称がついています。NIKKORはニコンのレンズの総合ブランドです。すべてのNIKKORを含めれば、1億本などという数にはとても収まりません。今回、1億本を達成したのは、1959年発売の一眼レフカメラ、ニコンF用の交換レンズとして発売された、ニコンFマウントを採用したNIKKORレンズ以降のカメラ用のNIKKORレンズ群です。

理想を追い求めるからこそ進歩につながる

ニコンはNIKKOR発売後、広角レンズやズームレンスなど、時代を画し、世界をあっと言わせる交換用レンズを次々に実用化していきました。その後、1990年代末から、カメラのデジタル化が一気に進みました。しかし、ニコンのデジタル一眼レフカメラはFマウントを変えませんでした。それにはデジタル化にも対応できる性能を、NIKKOR一本一本が維持しているという自負があったのだと思います。したがって、制約はあるものの、銀塩時代のNIKKORレンズも最新のカメラでも使えるのです。

しかし、フィルムとデジタルとでは使用環境の劇的な変化もあり、設計基準も評価方法も進化させなければなりません。レンズ設計で何を目指していくのかという設計思想は、ニコンFの時代から常に前進、進歩しているのです。

これからもNIKKORレンズとして、常に新しい提案をしていかなければなりません。そこで重要になるのがお客様の声です。「新しいレンズはボケ味がいい」だったり、「このレンズはシャープネスが足りない」というような現場での率直な意見が、新しいレンズ設計の設計思想やコンセプトを決めるうえで、とても参考になるのです。

50年余りあるNIKKORレンズの歴史の中で、私たち技術者は「理論的、原理的に正しいものを尊重し、理想を追求する」という思想を綿々と受け継いできました。理想を追い求めると遠回りになることもあります。しかし、技術的に最高のものを狙おうと苦心しながら、さまざまな努力を積み重ねることが、時代の画期をなす素晴らしい製品につながると考えています。

例えば、要素技術開発や製造技術についても同様です。さまざまな収差補正の助けになる「非球面レンズ」や色にじみを補正する「EDレンズ」の活用にしても、どうやって量産するかなど、基礎から開発を始めたからこそ実用化できたわけです。今ある技術を使って、今できるレンズをただ作っているだけでは、決して進歩しません。

NIKKORレンズは、特定のレンズに注力するのではなく、システムとして商品をまんべんなく提供することも心がけています。もちろん、みなさんからのご要望の強い特徴のあるレンズは、できるだけ商品化しようという努力をしてきました。その結果、商品化に至ったレンズもございます。だからこそ、お客様の必要とするレンズがラインナップされていて、お客様にNIKKORレンズを信頼していただいているのだと思います。

思想を持った設計者たちがレンズを生み出す

昔のレンズ設計の現場では、コンピュータの処理能力が遅く、シミュレーションも限られた形でしかできませんでした。そのため、よい仕事をする光学設計者は、経験豊富で数学的にするどい感性を持ったマイスターのような存在でした。

ところが今はツールもたくさん開発され、道具立てがよくなりました。数多くのシミュレーションを行い、仮想試作レンズで商品開発できるようになっています。その意味ではとてもよい時代なのですが、逆に設計者がツールに追いまくられる側面もあり、実際の設計よりも評価に時間を取られる状況があります。

またニコンでは、昔と同じやり方で便利なツールが無くてもレンズ設計できるように、入社したばかりの設計者の卵を伝統的な設計手法で基礎から教育します。そして、教育が進む過程で便利なツールの使用法を学んでいくのです。こうした創立当時から続く、伝統の光学設計手法を学び、レンズ設計の重要な資質を育てながら、多角的にシミュレーションを実践できる能力を持った優秀な設計者が育てられるのです。

NIKKORのレンズ設計者は、一人ひとりが確固とした思想を持ちながらレンズの設計に当たっています。ズーム比を限界まで拡大することに注力して設計する者もいれば、とにかくシャープネスを追及するタイプの設計者もいる。また、ボケ味を含めた3次元特性、描写特性を大切にする設計者もおり、多種多様な設計思想を持つ設計者がいます。

共通しているのは、それぞれの領域で理想やベストを目指し、一つひとつのレンズに特徴を持たせようとしていることです。それが、1億本の生産を達成したNIKKORレンズが、今後2億本、3億本と成長を続けるための推進力だと確信しています。

(引用元:BRAND PRESS)