日常の都市景観をアートへと昇華させる、独創的な視点の追求
都市設計の計画者や技術者のコンセプトを先鋭化しながら、異空間のような独自の表現世界を創り出しています。
子どもの頃の感動が今の仕事への架け橋に
竣工して間もない瀬戸大橋を見たときの衝撃は、今も忘れられません。島々を経由し四国へと続いていくそのスケールに圧倒され、「いずれ自分もこのような橋の建設に関わる仕事ができたら……」と、中学生だった私は胸を踊らせました。現在私が橋や建物といった構造物の設計に携わっているのは、この感動があったからです。
写真を本格的に始めたのも、橋梁建設がきっかけです。30代の頃、ブータンで橋の設計をまかされました。完成した橋を撮影して現地の政府関係者に見せたところ随分評判がよく、ブータン政府の観光局でその写真を使ってもらうことになったのです。
私の写真が思いがけず多くの方に喜んでいただけたこと、そしてなにより写真の楽しさと奥深さを感じたことから、あらためて写真の魅力に目覚めます。
さらにその後上司から「建築士になるなら、写真を通じて景観表現についても勉強をしなければいけない」といったアドバイスを受けたこともあり、より真摯に写真と向き合うようになっていきました。
日本では知られていないジャンルへの挑戦
アーキテクチュラル・ファインアートフォトグラフィー。この言葉をご存知の方は、まだ少ないのではないでしょうか。仕事として撮られた写真とは異なり、構造物などを主題にしながら写真家の主観やコンセプトを元に撮影した作品を指します。
10年以上前、建物や橋をモチーフとしたアート写真という分野が欧米を中心に存在していることを知りました。このような世界があるのかと驚くと同時に、強く感銘を受けます。ここから私の「アートとしての写真表現」の探求が始まりました。
ただし自己の表現を確立する道のりは、決して順風満帆だったわけではありません。日本には存在しない分野だったため、作品を作っては海外のコンテストに応募していたのですが、当初はなかなか良い評価が得られず……。でもさらに研究に邁進したことで、世界的にも有名な写真コンテストであるInternational Photography AwardsやMoscow International Foto Awardの建築部門最優秀賞など多くの賞をいただけるまでになりました。

都市の要素をアートとして昇華する
私が構造物や都市景観といったモチーフに惹かれるのは、そこにさまざまな人の思いが見えてくるからです。
大きな建物や橋、あるいは都市は、そのものの構造はもちろん景観性や地域による制約など多くの条件を踏まえた上で作られています。つまり作り手側の考え方のみならず、そこに住む人や利用する人の生活も含めた多様な要素が最適化された形でもあるわけです。
都市の景観を目の前にして、関わった人たちのいろいろな意図や思いを読み解いたり想像したりしながら、それを自分のフィルターを通し表現していく。完成したものを正確に記録して残す竣工写真の撮影とは、まったく違った醍醐味がありますね。

誰もが知る街並みを、誰も知らない景色に
モノクロ作品が多い理由をよく聞かれますが、決してモノクロありきで撮っているわけではありません。構造物や都市景観を構成する要素を際立たせようと試みた結果です。
例えば私の地元・横浜の「みなとみらい」。この場所を見たことのある人にカラーで写した写真を見せると、どうしても既視感が出て、見た人の中で「みなとみらい」という記号として処理されてしまいます。色を排除することで既視感を消し去り、橋や建物の基本的な構造や外壁のテクスチャー、都市計画のコンセプトなどを先鋭化してあらわすことができると考えました。
同様の意図で長時間露光もよく行います。
街を普通に撮影すると、雲、人、波といった他の要素が入ってきてしまいます。しかしこれらも私の作品コンセプトにおいては障害です。減光フィルターなども用いながら長時間露光すると、景色の中の動く要素が時間軸という縦のレイヤーに封印され、構造物だけが浮かび上がります。これにより、計画者や技術者がイメージした建物や街並みをそのままの姿で描写することが可能になります。

ところでこの撮影法が面白いのは、主な被写体以外の要素を消すことで、現実の世界をまるで異空間のような景色に変えることができる点です。そこから生まれる違和感、非現実感がアート作品として私が表現したいことの一つでもあります。
それから「遠景フラットプレーン」も私の作品において重要なテーマ。これは建築物を立面図のように撮影をするという表現方法です。構造物はわずかなパースや歪みもないように撮り、なおかつ雲などその場のエッセンスを加えています。この手法においても実在するものをモチーフにしながら、独自世界に基づくテーマを作り出せていると思います。
正確な描写力が必要。だからニコン
仕事において構造物を撮る場合、不自然な歪みや甘い解像感は許されません。だから私はニコンを使い続けていますし、周囲の建築や土木写真の関係者にもニコンユーザーが多い理由なのだと思います。
今はZ 7IIを主軸に使っています。助かっているのはこの軽さですね。仕事で海外へも頻繁に行く身としては、重いカメラは正直負担になっていました。作品制作のときも、コンパクトであることで思い切ったアングルに挑戦できます。
その上画質についても、FマウントとZマウントは設計コンセプトが異なるため単純に比較することはできませんが、メインで使用していたD810やFマウントのレンズ群に比べ、解像性や直進性といった領域に関する描写力は向上していると感じています。

気に入ってよく使っているレンズは、望遠ズームレンズではNIKKOR Z 70-200mm f/2.8 VR Sです。白から黒までのグレーの階調が非常になめらかで美しい。
そして広角系ではNIKKOR Z 14-24mm f/2.8 S。周辺部の減光や流れなどはほぼありませんし、解像感も素晴らしい。特に構造物の写真は、奥行きのパースがあっても縦方向はきちんと垂直でなければなりませんが、超広角のレンズでありながら現像時の補正によって歪みがほとんどない自然な垂直を出すことができています。
ちなみに私は画像補正に、ニコンのCapture NX-Dを利用しています。ニコン独自のRAWファイルフォーマットが採用されていて、レンズプロファイルによりニコンのカメラやレンズの特性を十分に引き出した現像が行えます。
市販されている画像補正や現像ソフトを使わなくても、パース修正や細部の強調表現など自然な補正が一通り行える、私にはちょうどよいソフトウェアです。
写真家の視点で設計を考える
もともと仕事の延長から始まったアーティスト活動ではありますが、そこから見えてきたものがまた設計の仕事にフィードバックされています。
特に海外では構造物の設計に際し、トータルの景観の計画までも要求されることがあります。そんなとき、以前は頭の中で漠然とイメージを描くだけでしたが、いつの間にか写真を撮影する視点で具体的に考えられるようになりました。「このアングルからこの構造物を撮るとすると、ここはもっとこうした方が良い」など……。右脳で像を思い浮かべながら左脳で解析と設計を考えるわけですから、自分の中で衝突が生まれます。それが非常に面白い。
フィードバックというより、構造物の設計に関わる者としての視点と写真家の視点が一体化している感覚でしょうか。他のエンジニアたちが感じることができないことを、作品制作を通じて感じられているように思います。
作家としては、さらなるオリジナリティの追求を目指しています。引き続き既存の建物や景観を被写体としながら、さらに独自の構図、違ったテクニックを生み出せないかと……。
そしてこの試みを世界各地で行っていきたい。そう考えると撮りたいものは無限といえますね。