Nikon Imaging
Japan

第七十二夜 AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S

花写真の定番・中望遠等倍マイクロレンズ
AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S

今夜は花や野外での近接撮影の定番レンズ、AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8Sをとりあげよう。

大下孝一

105mmマイクロレンズ

今ではすっかりポピュラーとなった中望遠105mmのマイクロレンズだが、一眼レフが普及し始めた1960から70年代には、マイクロレンズといえば50mm前後の標準系レンズが主流であった。ニコンでも、ニコンF用としてMicro Nikkor 55mm F3.5を1961年に発売、1963年には絞りを自動化したMicro Nikkor Auto 55mm F3.5を発売しているが、近距離撮影用の105mmレンズが発売されるのは1970年になってからのことである。しかもそれはフォーカス機構のないベローズアタッチメント用ニッコールであった。

ベローズアタッチメントとは写真1のように、一方の端にレンズのマウント、他端にボディのマウントを配置し、その間を蛇腹(ベローズ)でつないで遮光した近距離撮影のためのアタッチメントである。これをレンズとボディの間に取り付けると、100mm以上の広い範囲でピントの繰出し調節が可能になり、近距離撮影が容易に行える。ただし、ベローズアタッチメントには縮めた時にある程度の厚さがあるため、ボディのフランジバックを含め、最短でマウントから像面まで100mm弱の間隔が開いてしまうことになる。当然標準系のレンズでは無限遠側が撮影できなくなってしまう。105mmという焦点距離は、ベローズアタッチメントを取り付けた時に、無限遠から合焦できる焦点距離として選ばれたのである。

写真1 ベローズアタッチメントとベローズ用Nikkor 105mm F4

その後、ベローズ用Nikkor 105mm F4の光学系をそのまま流用して、1/2倍まで繰出せるヘリコイドを備えたNEW Micro Nikkor 105mm F4が1975年に発売されると、風向きが少し変わり始める。立体物でパースによる形状の歪みが少ないこと、自然な奥行き感が出せること、被写体との距離がとれるなど、105mmならではのメリットがユーザに認知されだしたからである。その後マイクロ105mm F4は、1977年にAI化され、1981年にAI-Sレンズとなり、1984年に光学系を一新したAI Micro Nikkor 105mm F2.8 Sが発売され、105mmが花写真やスタジオ小物撮影の定番レンズとして愛用されるようになったのである。

AFと等倍撮影への対応

1986年のF501発売から、マイクロレンズもAF化する企画が立ち上がった。しかも他社との対抗上、マニュアルフォーカス時代1/2倍までだった最大撮影倍率を、1倍(等倍)まで拡大することが至上命題となったのである。55mmマイクロレンズはフローティング繰出しを1倍まで何とか延長して対応したが、105mmの場合さらに大きな困難が予想された。それはレンズの繰出し量である。単純な全体繰出し式レンズの場合、焦点距離と撮影倍率と繰出し量には次のような関係がある。

   (繰出し量)=(焦点距離)x(撮影倍率)

つまり、焦点距離55mmに比べ、焦点距離が1.9倍長い105mmレンズは1.9倍繰出し量が必要であり、また1/2倍までの繰出し量に比べ、1倍までの撮影では2倍の繰出し量が必要になるのだ。当時の資料をひもとくと、既存のAI Micro Nikkor 105mm F2.8 Sの光学系を流用し、55mmと同様にフローティングの延長で1倍までの繰出しができないか検討されたようだ。しかし繰出し量が大きすぎることと、性能面で不十分だったことから断念せざるを得なかった。いかに繰出し量を短縮するか?この課題に取り組んだのが守山啓二さんであった。

守山啓二さん

守山さんは、ズームレンズやマイクロレンズ設計の大家、濱西芳徳さんの後輩で、濱西さんの知識や経験をもっとも受け継いだ一人である。また私の近しい兄貴分のような先輩で、公私ともに大変お世話になった方でもある。守山さんは、このレンズの他にもAI AF Nikkor 180mm F2.8Sなど、AFニッコールを代表するレンズの設計を手掛けられているが、業績は交換レンズの設計だけに留まらない。このマイクロ105mmの設計後にはAF開発の部門に移られ、歌川健さんとともにF90やF5のAFモジュールの開発を行い、AF技術の進化に貢献された。そして、その後レンズ部門に戻られてからは、COOLPIXレンズの担当マネジャーとして当時拡大期にあったコンパクトデジタルカメラの発展に尽力された。私は、AF開発部門に移られていた期間を除いた多くの時間を守山さんと共に仕事をしたが、判断の速さと行動力には敬服するばかりであった。COOLPIXのレンズの立ち上げでトラブルが発生すると、すぐさま現地の工場に飛んで行き、現場で課題を解決してゆく。ライフサイクルの短いコンパクトデジタルカメラの開発を、この行動力が支えていたのである。

実は、若いころの守山さんは船と飛行機が大の苦手で、あんなものは絶対に乗らないと公言していたのだが、数多くの海外出張で苦手を克服し、プライベートでも海外に行くほど飛行機好きになったのである。

AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S

マイクロレンズに話を戻そう。課題は1/2倍から1倍の性能を確保することと繰出し量の短縮である。AI Micro Nikkor 105mm F2.8Sを基に改良が行われた。そしてフォーカスの軌道を一新することで近距離性能を向上させながら繰出し量の短縮を達成したのだ。設計完了は1987年の年末であった。

図1 AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S レンズ断面図

写真2 無限遠状態

写真3 至近状態

図1に、このレンズの断面図を掲げる。5群6枚構成の変形ガウスタイプの後方に3枚構成のテレコンバーターを配置したような構成で、絞りより前側の3枚、絞り後方の3枚、そしてテレコンバーターを構成する3枚のうち先頭2枚の合計3つの群が独立に移動することで、無限遠から近距離までのフォーカスを行う。ガウスタイプの後方にテレコンバーターを付加することで繰出し量を小さくする手法は、基となったAI Micro Nikkor 105mm F2.8Sを踏襲したものだ。そして、このレンズで画期的なのは絞り前側3枚のレンズの繰出し量が、後方3枚のレンズより小さい、つまり絞り間隔が狭まるように繰り出されることである。マイクロ55mm F2.8やMFのマイクロ105mm F2.8を設計した濱西さんによれば、ガウスの絞り間隔を開くようにフォーカスするのがマイクロレンズの定石だという。しかしこのフォーカスでは、当然繰出し量が拡大してしまう欠点があった。なぜ守山さんの設計では絞り間隔を狭めても性能が出ているんだ?と濱西さんは感心することしきり。この先頭群の移動量の小さい解を見出したことで、課題であった移動量の短縮を達成できたのである。

そして、鏡筒機構もレンズの小型化に貢献している。写真2はレンズの無限遠状態、写真3は至近状態の写真である。外筒の繰出しと同時に、先頭群と一体になった内筒も繰出すことで、大きな繰出し量を生み出している。しかも、無限遠状態ではフード効果をもたせるとともに、至近状態では被写体との距離(ワーキングディスタンス)を確保してライティングを容易にしている。一石二鳥の構造である。

レンズの描写

それではいつものように実写でレンズの描写をみてゆこう。今回もフルサイズミラーレスカメラZ 6にFTZを装着して撮影を行った。

作例1

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:F8
シャッタースピード:1/500sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例2

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:F4
シャッタースピード:15sec
ISO:3200
Capture NX-Dにて現像後9枚の画像をコンポジット

作例1は、F8まで絞り込んで撮影した街並みである。背景のビルまでピントがくるように絞り込んで撮影した。さすが画面の隅々までシャープな描写である。またマイクロレンズなので歪曲収差も極めて少ないことも見てとれるだろう。

作例2は、夏の星の写真では定番の、いて座中心部である。都市光のあるところで撮影した写真なので、ハイコントラスト現像を行い、同じ構図の9枚の画像をコンポジット合成してノイズ低減を行なっている。絞り開放では星の写真のようなハイコントラスト現像を行うと周辺減光が少し目立つ場合があるが、F4まで絞ればごく四隅を除きほぼ目立たなくなり、F5.6で完全に解消されるだろう。画面の左下で濃く写っている雲のようなものが天の川で、画面中央やや下にピンク色に写っているのがM8(干潟星雲)、すぐその上には青とピンクのコントラストの美しいM20(三裂星雲)が写っている。そして画面上部にはピンク色のM16(わし星雲)とM17(オメガ星雲)が写っており、その形の違いも見てとれる。中望遠の105mmくらいになると、こうした星雲の形や天の川の細かい濃淡までわかるようになってくるのでおもしろい。

作例3は中距離・開放での花の撮影である。これくらいの距離であればマイクロでない普通のレンズでも撮影できるが、マイクロレンズの方が、あと少し寄りたいと思った時にも対応できる安心感がある。開放では深度が浅いので、ピントを印象深い被写体1点に合わせる必要がある。この作例では見かけ上深度を深く見せるため、画面内の3つの花が等距離になるよう構図を調節して撮影している。ピントの合った部分はシャープな描写だが、子細に見ると、後ボケの輪郭には緑色の縁取りが見られ、前ボケには赤紫色の縁取りがあることがわかるだろう。これは軸上色収差の影響で、この縁取りのためボケが少し硬く見えることがあるかもしれない。

ちなみに、このレンズを近距離で撮影すると、絞り開放F2.8にセットしたはずなのに、F3やF5などの絞り値が表示され、不思議に思う読者もおられるだろう。これは、近距離撮影の露出倍数を加味した「実効F値」を表示しているからである。マイクロニッコールレンズでは、無限遠のF値と至近距離の実効F値が大きく異なるため、ユーザの便宜のため細かく実効F値を表示するようにしている。(ニッコール千夜一夜物語 第十八夜も参照されたい。)
>第十八夜 AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6D

作例3

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:開放
シャッタースピード:1/2000sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例4

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:F5.6
シャッタースピード:1/400sec
ISO:100
Capture NX-Dにて現像

作例4は、中距離でF5.6まで絞って撮影している。絞り込んでいるので、作例3に見られたボケの縁取りが解消されている。ただ7角形の絞り形状が目立っており、このような明暗差のはっきりした背景の場合気になることがあるかもしれない。

作例5

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:F11
シャッタースピード:1/10sec
ISO:1600
Capture NX-Dにて現像

作例6

Z 6+FTZ AI AF Micro Nikkor 105mm F2.8S
絞り:F5
シャッタースピード:1/250sec
ISO:500
Capture NX-Dにて現像

作例5は、このレンズの最至近である等倍で撮影したストロマトライトの化石である。標本のサイズが3cm強しかなかったため、長辺方向が少し欠けてしまった。画像を拡大してみると、肉眼では見ることのできない、緻密に重なった美しい層状の構造がみてとれる。まさに自然の造形美である。このように人の眼では見られない細かい部分まで写し取ることができるのが、近距離撮影の醍醐味の1つである。ちなみに、このような平面被写体の等倍撮影で、画面の隅々までシャープな画像を得るのは大変難しい。それは被写界深度が大変浅いからである。近距離での被写界深度は以下のような式であらわされる。

   (被写界深度)=(焦点深度)÷{(撮影倍率)×(撮影倍率)}

撮影倍率の自乗で浅くなるので、1/10倍の撮影では焦点深度の100倍の幅だった被写界深度が、1/4倍の撮影では16倍、1/2倍の撮影では4倍、等倍の撮影では焦点深度と同じ精度で被写体とレンズの距離を合わせなくてはならないのだ。ちなみに焦点深度は、

   ±(焦点深度)=±(錯乱円径)x(実効F値)

なので、錯乱円径を0.02mm、実効F値を11まで絞り込んだとしても、被写界深度(焦点深度と同じだ)は0.22mmしかない。絞り込んで深度を稼ぐというのは、近距離撮影の常道ではあるが、気休め程度の効果しかないのも覚えておいてほしい。この作例では標本の縁が湾曲して研磨されていたため、実効F値を11まで絞り込んでいる。

最後の作例6は、等倍開放でのベゴニアの花の写真である。画面の大半が大きなボケに包まれていて、一瞬何をどのように撮ったのかわかない幻想的な描写である。この極端に浅い深度が、近距離撮影のもう一つの醍醐味といえるだろう。

等倍撮影の楽しさ

1990年に発売されたAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8 Sは、その後1993年に発売され絶対距離エンコーダを備えたAI AF Micro Nikkor 105mm F2.8 Dとともに花写真、フィールド写真の定番レンズとして広く愛用されることとなった。オートフォーカスによって、花の写真が誰でも気軽に撮れるようになったことも大きいが、今まで1/2倍までしか撮れなかったマイクロレンズが、等倍まで撮れるようになったことも大きな進歩だったと実写をしながら改めて気づかされた。1/2倍と等倍では撮れる絵の雰囲気がまるで違う。1/4倍から1/2倍までは人の眼の延長だが、1/2倍から等倍は眼を超えた感覚が得られるのだ。

それだけに作例5や6のような等倍撮影はなかなか難しかった。このレンズの等倍撮影時の実効F値は5なので、紙の厚さほどの深度しかない。作例5のようなシーンでは三脚にすえて、じっくりピントや構図合わせができるが、フィールド実写では、わずかな空気のゆらぎによる被写体の動きが避けられないので、狙ったところにピントの合う保証はない。そしてほんの少しの構図変化で絵柄ががらっと変わってしまうので、三脚に据えてじっくり撮影というのも、思い通りの図柄になりにくい。結局半ば手持ち撮影のような状態で構図やピントを少しずつ変えながら、撮っては確認、撮っては確認の繰り返し。しかも近距離撮影はしゃがんだり寝そべったり、無理な姿勢がつきものである。翌日は筋肉痛に悩まされることになるのだが、もっとおもしろい写真が撮れるに違いないと、また性懲りもなく撮影に出かけてしまうのだ。

このレンズに限らず、マイクロレンズを持っていたら、ぜひ身近なものをクローズアップで撮ってみてほしい。またコンパクトカメラでもマイクロレンズ並みに拡大撮影ができるものがある。花でも、虫でも、木の葉でも、眼に見えない微細な構造に目を見張ることがあるだろう。

ミクロの美しき世界に誘ってくれるレンズである。

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