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ニッコールクラブ会員展

「海郷(うみざと)~冬の丹後半島~」山崎 秀司

撮影者プロフィール

1955年生まれ、兵庫県在住。半導体メーカーに勤務する傍ら、1982年から写真活動を始める。当初の約10年間は写真集団「忍冬社」に参加し、関本寿男氏に師事。カメラ雑誌月例コンテスト等で入賞多数。

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インタビュー

丹後半島を撮影したきっかけを教えてください。

丹後半島は、私が住んでいる姫路から車で4時間ほどの近距離にありながら、冬の厳しい気候と半島という閉ざされた地形によって独特の風土を残す土地柄です。伊根の舟屋など風景的な撮影ポイントが多くあります。また、漁村での暮らしには生きることの原点を感じて心が惹かれます。そんな丹後半島へ行ったのは、当時参加していた写真クラブの撮影会がきっかけでした。

その後も30年以上撮り続けている理由は?

1980年代当初は「冬の漁村」は多くのカメラマンが扱った題材で、私も単にフォトジェニックなモチーフとして表面的にとらえていました。しかし時代が変わり、世の中の流れが都市化や効率主義などに偏向する中で、最近では半島の情景を「もう一方の現代日本」と考え、撮り続けることに意味があると思うようになりました。

どのくらいのペースで撮っていましたか?

撮影は冬季に雪の日をねらって出かけます。多いときは毎週のように通っていたこともありました。会社員時代は、仕事を終えたあと車を走らせ夜中に半島へ到着。車内で3時間ほど仮眠をとり、早朝の出漁にそなえました。

撮影で苦労することとその対策は?

雪の日は波が高いため、船酔いしないように3時間前には起きて朝食をとるなど体調を整えています。また、雪や水滴でカメラやレンズが動かなくなってしまうのも大変です。カメラバッグ用のクーラーボックスに予備の機材を3~4台入れ、1台ダメになったら次のものへと交換としながら撮影しています。

撮影で苦労することとその対策は?

雪の日は波が高いため、船酔いしないように3時間前には起きて朝食をとるなど体調を整えています。また、雪や水滴でカメラやレンズが動かなくなってしまうのも大変です。カメラバッグ用のクーラーボックスに予備の機材を3~4台入れ、1台ダメになったら次のものへと交換としながら撮影しています。

何度も通うなかで、地元の方々との関わりは?

撮影を続けるうちに、漁労長さんなど年配の漁師と顔見知りになりました。この地方でも若者の嫁不足が深刻で、「若い漁師の嫁さんを連れてきてくれ」、「見合い写真を撮ってやってくれ」などと冗談半分で言われたりします。それでも船に乗るときは、「漁の邪魔をしない」、「ケガをしない」の2つを守り、迷惑だけは絶対に掛けないようにと心がけています。

展示にあたって工夫した点は?

最初の頃はフィルムカメラを使っていたので、展示作品はフィルムとデジタルが混在しています。暗い中で撮影することが多く、ISO400のフィルムをISO1600で増感現像するなど、コントラストが高く粒子が粗いものがあります。一方、デジタルデータはそれに比べると滑らかに写りすぎているので、展示するにあたってレタッチでフィルムの質感に寄せるなど、違和感が無いように工夫しました。

顧問講評 大西 みつぐ

作者は各カメラ雑誌で年度賞を受賞してきたベテラン作家。満を持しての個展は、1980年代から撮り続けてきた丹後半島の人びとの暮らしに根ざしたドキュメント。近年の漁業のありさまを照射する時代の記録は、日本人と風土との密接な関係を浮き上がらせる。濱谷浩の『裏日本』という名作の系譜に連なる労作といえよう。