Nikon Imaging
Japan
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新宿ニコンサロン

2009年12月

第11回三木淳賞受賞作品展
Gim Eun Ji写真展







ETHER

12/1 (火)~12/7 (月)
10:00~19:00(最終日は16:00まで)
会期中無休


<写真展内容>
想像の世界を開くのは、ごく普通の生活空間にある些細な隙間である。
作者の作品は、作者の記憶が出発点。記憶というものがひとつのイメージを引きだし、作者はそれを再現する。そして作者の記憶に基づいて、作品を見る人を、見るものの世界と想像の世界を行き来させる。それは作者の生活のある一面を取り出し、作品に再現させることにより、馴染みあるもの、馴染みのないもの、また、事実とフィクションの世界を行き来させることである。
また、テーマと対象物を解釈する一次元的なアプローチを抜け出て、心理的なドラマを促進する語り手としての多次元的変化を導入することである。同時に、特定の感情、関連した情報が網のように織られていることから、湧き出てくるのである。
このことが私たちにもたらすものは、
・快適ではない複雑な感情
・肯定的、否定的な相対する感情
・あるひとつの面に偏ることのできない複雑な感情の表現
・傷つきやすい心
・未来の心を投影する、際限のない普遍性
・現代人の心理的貧弱さ
・概念と意味の漠然としたつながり
のようなものである。
Etherというのは、光の波を運ぶ媒体というコンセプトである。アインシュタインの相対性理論の後では、このEtherは意味がない。この概念は、今では証明をする必要のない想像的なコンセプトである。
西洋では、Etherは新鮮できれいな空気に使われている。東洋では、中国の哲学者Dam Sa Dongの解釈は、Etherは世界に充満している細かい粒子で、五感では感じることができないもの。また、日本の岩井俊二監督の「All About Lily Chou Chou」という映画では、メンタリティの媒体としているようである。
また、Etherは、実際のものであり、世の中に存在することを可能にする光の媒体である。同時に、Etherは、閉ざされた心が他の人の心の音を聞く媒体でもある。
作者は、Etherが持つこの特性に関心をもっている。
作者の作品、それは日常の状況における不可思議な語り手として、想像力を刺激するものであり、これらの作品というものは、想像的な材料のコンセプトに基づいている。
作者のEtherは、現実的な世界に溢れている不可思議な想像や感情で、作者の作品の基礎となっている記憶が媒体となり、見る者の想像力をかきたてる。



<授賞理由>
ごく普通の、誰もが見逃してしまいそうな繊細な瞬間にこそ想像の扉がそっと開くのかもしれない。イマジネーションの世界とは日常とかけ離れた特別な現実ではないとギム・ユンジ氏の写真は語りかけてくる。
彼女の作品は彼女自身の様々な記憶を出発点としている。記憶はあるイメージとともにたち現れる。そのイメージを手掛りに、そのイメージを膨らましたり、変形させたりしながら再現し、写真に撮る。そしてそうした記憶に基づいた彼女の生活のある断面が表現されることにより、見る者は、見ることと想像すること、日常と非日常、さらには事実と虚構の間を微妙に揺れ動く。
彼女の作品は一元的な、一つの視点からの見方を拒否する方向を常に抱えている。テーマや被写体について解釈するアプローチを拒み、いくつもの関係が交錯した一種の心理的なドラマへ、現実とフィクションが綴れ織りのように複雑に織り込まれた新たな次元へと見る者を誘ってゆくのだ。写真の新しい想像力を指ししめそうとする意欲作である。



<作者のプロフィール>
Gim Eun Ji(ギム ウン ジ)
1984年韓国ソウル生まれ。2008年韓国中央大学写真科卒業。09年31th JoonAang FINE ARTS PAIZE, Seoul受賞。
写真展に、個展2008年boda, Seoul、同年Gana Art space, Seoul、2009年Nikon Salon, Shinjuku、Nikon Salon, Osaka、グループ展2006年Fantasy, Seoul、同年boda, Seoul、同年Chung Ang Art Center, Anseong、2007年Chung Ang Art Center, Seoul、2009年Hangaram Art Museum, 31th JoonAang FINE ARTS PAIZE, Seoul、同年Museum of Fine Arts Houston, Chaotic Harmony, U.S.A. などがある。

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第11回三木淳賞奨励賞作品展
大丸 剛史展
鶴崎 燃展



12/8 (火)~12/14 (月)
10:00~19:00(最終日は16:00まで)
会期中無休






東京タワー

<大丸 剛史展>
作者は東京タワーの近くを歩いていて、街並みの隙間から先端だけが見えたり、ビルに一部が反射したりする状況に数多く出会った。確かに300メートル以上の高さを誇る紅白の電波塔は、周囲の建築物や街並みから抜群に目立っていて、断片や映り込みが見えただけにも関わらず「東京タワーだ」とすぐに分かる。
外見だけでなく、国家全体の希望があった時代に建設され、半世紀もの間日本と東京のシンボルとして培ってきたイメージとしての姿も作用しているのだろう。
ある時、作者はタワーの断片が経験や記憶との化学反応を起こし、頭の中であの全体像が瞬時に膨らんでいく、そんな想像をした。
イメージという能力は、どこまで東京タワーを構築させようと脅迫するのか。あるいは、どこまで細切れにすれば東京タワーから解放されるのか。その分水嶺はどこにあるのか。
もしかしたら、ものの姿とは不完全で不安定な私たちそれぞれの頭の中にしかないのかもしれない。
先日、東京都墨田区に現在建設中の新タワーの名称は「東京スカイツリー」に決まった。誰もが予想した「新東京タワー」にならなかったのは、現タワーの持つイメージや歴史を受け継ぐことがいかに困難であるかを物語っているように思える。
カラー。



<授賞理由>
開業50周年を迎え、新タワーの建設も始まり、ひとつの使命を終えたかのように屹立する東京タワー。高度成長期の東京のイメージを支え、人々に夢や希望をもたらしたこの塔も、今や一種の郷愁の光のなかに佇んでいるかのようだ。
17歳の修学旅行で初めてこの塔を見た作者は、10年後に再上京した時、そのイメージの不思議さに再び心を捉えられ、塔の回りを遠くから近くから、リフレクションや陰影まで含め、多種多彩なイメージを撮り押さえゆくことになる。ビルのガラスに映りこんだり、街並みの隙間に挟まれたり、公園の茂みの先に尖端を覗かせていたり、ストリートシーンに填めこまれ、街と融合する塔のイメージを作者は克明に捉えていった。
これらの東京タワー像は、都市のサインやシンボルといった側面を超え、東京人に身体化してしまった特別な建造物の有り様を浮かび上がらせている。新しい心的な都市イメージ論として興味深いアプローチである。



<作者のプロフィール>
大丸 剛史(オオマル コウジ)
1980年福岡県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業。09年早稲田大学芸術学校卒業。
写真展に、2008年個展「東京タワー」(新宿ニコンサロン)、09年個展「箱」(コニカミノルタプラザ)、グループ展第1回「1_WALL」展などがある。





海を渡って

<鶴崎 燃展>
満洲国の存在は歴史の教科書で習い、中国残留邦人のことも作者は子供の頃からニュースで知っていた。しかし、中国残留邦人は異国の地となった場所に取り残され、何十年後かにやっとの思いで帰国できた時には、言葉や年齢の事情もあり、いい仕事が見つからない。多くの人が今も生活保護を受けなければ生活できない状況だ。二世、三世の問題もある。
一方で、中国には今やたくさんの日系企業が進出し、多くの日本人が海を渡っている。かつて日本人によって造られた街や建物があちこちに残る満洲国の地も例外ではない。
「かつて海を渡った人の今」「今、海を渡った人」
同じ時間に存在するこれらが、どうも繋がって見えない。過去が切り捨てられてきたからではないか。国が積極的にこの問題に取り組んでこなかったため満洲国の後遺症は個人に押し付けられている。
過去の経験は共有し、未来へつないでいかなければいつかまた何か別の形で後悔する時が来るのではないだろうか。
カラー。



<授賞理由>
中国残留邦人の帰国後の生活と、中国北東部、かつての満洲国に今も残る当時の面影やその地で働く日本人の若者たちの姿を並置させた「海を渡って」は、満洲国の存在からは遥か遠くに隔たった写真家の、幻のようにあてどなく、しかし確実に存在した国家に対する真摯なアプローチの成果である。
異国の地に取り残され、何十年後かにやっと日本に帰国できたものの、生活はうまくゆかず、高齢の身のうえや子孫の未来を案じながら暮らす人々の現実と、今や多数の日本企業が進出し、日本の若者たちが夢を求めて働いているかつての満洲の光景、それらに繋りや関係を見い出せぬまま、二つを対比させる作者の眼差しには、二つの国の間の、あるいは過去と現在の間の途方もない亀裂に対する無力感や苛立ちとともに、見えない歴史を見ようとする意志が秘められている。



<作者のプロフィール>
鶴崎 燃(ツルサキ モユル)
1975年愛知県生まれ。中部大学土木工学科卒業。2003年名古屋ビジュアルアーツ写真学科卒業。卒業後1年間同校助手を勤め、その後写真家大石芳野氏の助手となる。現在大石芳野写真事務所に所属しながらフリーとして活動中。

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増馬 朋宏展



juna21


記憶はまばたきの此方

12/15 (火)~12/21 (月)
10:00~19:00(最終日は16:00まで)
会期中無休



<写真展内容>
「そこにある現実を切り取りとどめておく」という写真を撮る行為は、過去を積み重ねていくという点で、人の記憶のそれと似ていると作者は思う。
一度訪れたことのある場所へゆくと、その場の変貌に驚き、以前を懐かしむことがある。連続し、安定した中にいるとなかなか気づかないが、日々は絶えず変化している。
作者は写真を撮るようになって、今をいとおしく想うようになっている。今はごくわずかな夢のような一瞬で、すぐそばから過去になり、やがては幻のように失われてしまうと感じるようになったからかもしれない。
本当に今はこの一瞬しかない。
いつの日か、両手で抱えきれなくなるくらいいっぱいになる時がくるまで、この出逢いをずっと憶えておきたい。
モノクロ30点。



<作者のプロフィール>
増馬 朋宏(マスマ トモヒロ)
1973年熊本生まれ。写真家高井哲朗氏に師事。現在写真表現中村教室在籍。

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河村 伴江展





生きる力―屋久杉たちの島

12/22 (火)~12/29 (火)
10:00~19:00(最終日は16:00まで)
会期中無休



<写真展内容>
作者が初めて屋久島を訪れたのは7年前の6月だった。台風が明日上陸という中を白谷雲水峡に行き、気根杉と会えた。時折激しく雨が降る中、この杉は他の杉たちより一段と凛々しく、天に向かってそびえ立っていた。夢中でシャッターを切り続けた中の数枚は、雨粒が木の精霊のように写ったものがあった。それはまさしく幾千年蓄積された木々の魂のトキメキでもあるように。
以来、作者はまた屋久島に行き、幾多の刻(とき)を生き抜いてきた杉たちの「生きる力」を肌で感じたいと思うようになった。大地にむき出しの杉の根、大樹の幹に苔が自生し植物の芽が顔を出す。大きな石を杉の根が持ち上げるパワー。そのひとつひとつが、日々の生活では感じることのできない、新鮮な感動だった。
そして、今。作者の感じた「生きる力」を、一人でも多くの人に伝えたい作品として展示する。カラー作品。



<作者のプロフィール>
河村 伴江(カワムラ トモエ)
ニッコールクラブ神奈川中央支部代表。フォトキューブ代表。フォトシップA会員(風景写真家斎藤友覧氏に師事)。日本写真家連盟(P.F.J)会員(竹内敏信氏、川口邦夫氏に師事)。横浜美術協会会員。「杜の塾」メンバー(江成常夫氏に師事)。フォトシティさがみはらサポーターズクラブ会員。
ニコンイメージングプレミアム会員
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