列車のある風景

日本は奇跡の島だ。潤いの大地が多くの生物を育み、一年を通しての寒暖差が「四季」という彩りをもたらす。
古より「四季」が織りなす美しい大地を愛でる人々は謡い、酔い、そして語らった。
そして今私はファインダーを通して「四季」の移ろいと共にある鉄道の姿を心に刻み込む。
奇跡の島に生まれたことを感謝しながら。

  • 0109

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    キハ183系「北斗」
    北海道 室蘭本線 静狩~礼文

    カメラ:D500 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/500秒、f/10 
    焦点距離:240 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 800 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    薄雪化粧の礼文華峠

    2016年11月上旬、東日本には季節外れの寒波が襲来した。そのとき、たまたま私は北海道へと撮影に出たばかりで、着岸間際のフェリーの窓から見る夜も明けぬ函館の街灯りが横殴りの雪に霞んでいたことを覚えている。目的地の岩見沢駅に向かって国道37号線をひたすら東進。やがて長万部町と豊浦町の境である礼文華峠にさしかかったとき、まだ落葉しきっていないカラマツと杉の林がうっすらと雪化粧をしている美しい光景が目に留まった。時刻表を確認すると「北斗」が間もなくやってくる。すかさず近くの撮影地へと車を走らせた。雪はまだ軽く積もったばかりのようで撮影地までいともたやすくアプローチできたことが幸いだった。 D500にAF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VRをセットし、「北斗」が来るまで張り詰めた冬の空気と撮影前の緊張感、そして目の前の美しい風景をじっくりと味わう。カラマツの赤茶色の葉が白雪に映えて実に鮮やかだ。季節の狭間に起きた天のいたずらに心が踊る。やがて遠く踏切の警報音が鳴り、キハ183系「北斗」が汽笛と共に雪煙を巻き上げながら姿を現した。 撮影後、手ごたえに満足しながら機材をバッグに片付けていると、強い海風に乗って荒ぶる海鳴りが聞こえてきた。「そうだ。これから厳しい冬が始まるんだ」そう思うとそれまで見ていた景色が寂しくはかなげに思えて仕方がなかった。
  • 0209

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    キハ100系
    青森県 大湊線 有戸~吹越

    カメラ:D850 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/640秒、f/10 
    焦点距離:340 mm ホワイトバランス:曇天 
    ISO感度:ISO 400 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    黄金に輝くススキ野の晩夏

    鉄道写真愛好家なら誰にでもお気に入りの撮影地や路線というものがあるだろう。人から「好きな路線は?」と聞かれると私は決まって「大湊線」と答える。大湊線は青森県の下北半島を北上する全長約58kmのローカル線だ。その中でも特にお気に入りの撮影地は有戸駅から吹越駅の陸奥湾沿いの区間である。まるで北海道を思わせるような雄大な海辺の景色は、日の出前から夜に至るまで様々な表情を見せ、いつ行っても飽きることがない。 9月初旬、残暑という夏の残り香が漂うこの日も大湊線の雄大な景色を求めて訪れたわけだが、このとき目を奪われたのは平原の風景だった。超望遠の圧縮効果を使って夕陽に輝くススキを重ね合わせ、海の景色とは異なる雄大な風景を撮りたくなったのだ。 すこしひんやりとした海風に頭を撫でられサワサワと揺れるススキの音がとても心地よい。はるか八甲田の山々の上には夏雲が漂い、夏から秋へと変わる微妙な季節感にも写欲が湧いてくる。 列車を待つこと20分、2km程先のカーブを曲がってくるキハ100系のヘッドライトが視界に入った。ひたすらまっすぐ向かってくるキハ100系をD850のコンティニュアスAFサーボ(AF-C)を使いながら、ゆっくりとシャッターを押してゆく。向かってくる列車を撮るときには緊張感が否が応でも出てくるものだが、このときは妙に静かな気持ちで撮ることができた。景色に心を奪われていたからか、それとも風に揺れるススキの音が心地よかったからだろうか、それは今となっては知る由もない。
  • 0309

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    キハ47形
    島根県 山陰本線 周布~折居

    カメラ:D7500 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/640秒、f/8 
    焦点距離:290 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 800 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    果てなき紺碧の日本海

    秋田が実家の私にとって、日本海はやや緑がった色をした荒々しい海のイメージがある。しかし同じ日本海でありながら、山陰地方のそれは南国のように青く澄んだ色を湛え、穏やかな表情を見せるので、訪れるたびに驚いてしまう。その海際をなぞるように走る山陰本線。全長約675kmを誇る長大路線の沿線には数多くの鉄道絶景撮影ポイントが存在するが、特に島根県から山口県の海辺の風景はどこも美しくおすすめだ。 海の風景を撮りたいと思うと、つい海に近づきがちだが、この作品の撮影場所は海からなんと1.5kmも離れた浜田市の大麻山山頂展望台だ。大麻山は標高が599mあり、山頂からさらに15mの高さに組み上げられた展望台から望む日本海の景色はまさに「絶景かな絶景かな」である。訪れた5月下旬は気温の高い日が続き見晴らしが心配だったが、この日の私は運が良く、抜けの良い好天の朝に恵まれた。7時過ぎに展望台前に到着、いそいそと撮影の仕度を始めた。この展望台は鉄骨組みの丈夫な外観の割には、私が一歩でも動こうものなら大きくゆっくりと揺れる。特にAF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VRでの望遠撮影となるとその揺れが顕著に出る。とにかく動かないよう細心の注意で列車を待った。7時52分に遠く周布を出た2両編成のキハ47形を確認すると、海際の小山に隠れた列車が顔を出すまで微動だにせず、なるべく呼吸もしないことにした。紺碧の海に鮮やかな朱色のキハ47形が見えて、シャッターを押すまでの間の苦しかったことと言ったら……。
  • 0409

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    キハ54形
    北海道 釧網本線 茅沼~塘路

    カメラ:D810 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/1000秒、f/8 
    焦点距離:290 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 400 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    幼い頃に旅番組やテレビドラマで見た北海道の景色はまるで異国のように美しく雄大で、当時の私はブラウン管越しに見る北の大地に憧れを抱いたものだ。その思いは大人となった今でも変わらない。特に釧網本線や根室本線のある道東の風景は初めて訪れたときから私の心を震わせた。大自然の風景とそれと共に活きる人々の営み。ファンタジーの世界をも連想させる空気感で私を迎えてくれたのだ。そこでは鉄道もまるで大自然に敬意を払って走っているかのようだ。 夏の終わりに釧路湿原のコッタロ展望台を訪れた。夏の雨の多い季節には湿原のあちらこちらに沼地も見えるようだが、この時期は草原と化している。その草原を1両のみのキハ54形がトコトコとやってきた。午後の日差しに照らされて柔らかく車体が光る。 やがて緑あふれるこの風景も秋を迎えると褐色の草原へと変わるだろう。過ぎ去る列車にその美しい光景を想像で重ね合わせながら「秋にまた来よう」と思い幾月。その思いはまだ遂げられずにいる。
  • 0509

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    キハ54形
    北海道 根室本線 厚岸~糸魚沢

    カメラ:D810 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/400秒、f/8 
    焦点距離:240 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 400 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    北海道の厚岸というと名産の牡蠣を連想する人も多いだろう。だが私は厚岸と聞くとその牡蠣の養殖が盛んな厚岸湖に繋がる、別寒辺牛湿原と根室本線の風景を思い出す。大きく蛇行する別寒辺牛川に沿って根室本線のレールが敷かれているのだが、その風景は釧路湿原を走る釧網本線にも負けない鉄道絶景である。私は国道44号線沿いのいつもの小高い山に登り、湿原を見下ろした。 前回来たのは1年前の冬だったか。エゾシカの家族が完全に凍り付いた別寒辺牛川を渡り、湿原の奥へと歩く姿をこの場所からずっと眺めていた。あのとき見た小鹿たちはもう立派な大人の鹿へと成長しただろうか。もしかしたら湿原のどこかに新たな家族を作っているかもしれない。ファインダーを覗きながら、線路ではなく辺りの草原を探していた。そんなとき、突然のキハ54形の汽笛に我に返る。「そうだ撮影、撮影」とつぶやきながらシャッターボタンに指をかけた。
  • 0609

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    733系
    北海道 函館本線 朝里~銭函

    カメラ:D810 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/6秒、f/5.6 
    焦点距離:500 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 1600 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    この日の朝は函館本線の森駅付近の海際から撮影を開始。そのまま函館本線に沿って羊蹄山を眺めながらニセコを経由、ウヰスキーで有名な余市を抜けて小樽に至った。そして最後の締めとして撮りたかったのがこの青い時間帯の景色、ヘッドライトの灯りを印象的にとらえた鉄道イメージ写真だ。場所は朝里駅と銭函駅の石狩湾沿いの区間で、小高い住宅街の道路にある。 当日の日の入り時刻は18時15分。西の方角に向けて機材をセットするので青みが丁度良くなる時間はその約20分後だ。時刻表を眺めるとその時間に列車がやってくる。まさにベストタイミング。背景には遠く小樽の街灯りを入れることもできるが、少し散漫に感じてしまうので、青みの深くなった海とその海にこぼれるヘッドライトの光芒を中心に狙うアングルにした。時刻通り海際のカーブを列車がやってきた。列車が正面を向くとヘッドライトが強く光り輝く。その瞬間、水面には美しい光の道が伸びていた。
  • 0709

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    キハ110系
    山形県 米坂線 手ノ子~羽前沼沢

    カメラ:D500 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/640秒、f/8 
    焦点距離:410 mm ホワイトバランス:曇天 
    ISO感度:ISO 200 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    近年、鉄道撮影地が減っているという声が聞こえてくる。それには有名撮影地も例外ではない。 この作品の撮影場所は米坂線の手ノ子駅と羽前沼沢駅の間の宇津峠にある。そばに電波塔があるので通称「宇津峠電波塔俯瞰」とも呼ばれ、米坂線の美しい風景を求めて多くの鉄道写真愛好家で新緑や紅葉の季節を中心ににぎわっていた。だが私が訪れたとき、有名なお立ち台は木が生い茂り俯瞰することもままならない状況だった。運よく電波塔から少し下がった近くの尾根から展望できる場所があり、一台は標準レンズで大風景を、もう一台はAF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VRでクローズアップして撮ることができたが、この場所が使えなくなるのも時間の問題だろう。 撮影中に出会った地元の人の話では、ここ最近米坂線を訪れる鉄道写真愛好家の姿が少なくなったという。撮影地が少なくなるから訪れる人が減るのか、人が減ったから撮影地が消えていくのか。どちらにせよ、今この瞬間を記録として刻むことが何より大切と感じたときだった。
  • 0809

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    HB-E300系「リゾートあすなろ」
    青森県 大湊線 有戸~吹越

    カメラ:D810 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、1/1600秒、f/8 
    焦点距離:320 mm ホワイトバランス:晴天 
    ISO感度:ISO 400 ピクチャーコントロール:風景



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    大湊線の有戸駅と吹越駅の陸奥湾沿いの区間は、超広角レンズから超望遠レンズまで使った様々な撮影ができるほど懐が深い。海際の鉄道風景写真となると、とかく広角レンズや標準レンズに頼りがちだが、この作品は空と海と大地の雄大さ、そして列車を望遠レンズ特有の圧縮感で表現してみた。この風景を活かすにはもともと存在感の強い列車が大きくなってはならないので、とにかく線路から離れた。600m程離れただろうか。海と大地がバランス良く見える理想の場所が見つかった。空の表情も良く、望遠でありながら雄大さを感じる。 ちょうど良い頃合いで観光列車「リゾートあすなろ」がやってきた。車内では多くの観光客が海際の車窓を楽しんでいることだろう。そう思うとカラフルな列車がより楽し気な雰囲気に感じられた。
  • 0909

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    キハ126系「アクアライナー」
    島根県 山陰本線 折居~三保三隅

    カメラ:D7500 画質モード:RAW(14-bit) 
    撮影モード:マニュアル、5秒、f/8 
    焦点距離:230 mm ホワイトバランス:色温度(4200K) 
    ISO感度:ISO 1600 ピクチャーコントロール:ビビッド



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    大自然の前には人間の存在などちっぽけなものではあるが、大自然の中においても存在感を大きく放つものがある。人間の生み出した光だ。漆黒の闇の中にあって力強く輝く光はまさに人の営みの象徴である。鉄道が放つ光も鉄道写真ではフォトジェニックな被写体であり、その温かさと安堵感はファインダー越しにも味わうことができる。 この作品は実は「山陰本線 周布~折居」の作品と同じ大麻山山頂展望台から撮影したものだ。日の入り後にわずかばかりの青みが残る海際の山陰本線。その青みも闇に吸い込まれるかのようにみるみる深くなる。私のいる大麻山山頂では虫の声に紛れて鹿の鳴き声も聞こえてきた。時間の経過とともに闇への不安感が募ってくる。そんな中、トンネルを出た列車のヘッドライトが二条のレールを照らし出した。はやる気持ちを抑え、的確に一度だけシャッターを切る。2㎞以上離れた遠くの小さな明かりをこれほど力強く、また頼もしく感じたことは今までなかった。

1975年生まれ。秋田経済法科大学法学部、東京ビジュアルアーツ写真学科卒業後、鉄道写真家の真島満秀氏に師事。鉄道車両が持つ魅力だけでなく、鉄道を取りまく風土やそこに生きる人々の美しさを伝えることをモットーに日本各地の線路際をカメラ片手に奮闘中。鉄道趣味誌や旅行誌の取材、各種時刻表の表紙写真を手掛ける。日本鉄道写真作家協会(JRPS)理事。(有)マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズ所属

AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VR

疾走する列車の決定的な瞬間を逃さず、
風景も美しく描きだす、
鉄道撮影に必須の超望遠ズームレンズ

AF-S NIKKOR 200-500mm f/5.6E ED VRは、開放F値5.6一定で望遠200mmから超望遠500mmまでを1本でカバーする超望遠ズームレンズです。3枚のEDレンズにより色収差を効果的に抑えた高い光学性能で、優れた描写力を発揮。手ブレ補正効果4.5段※(CIPA規格準拠)のVR機構を搭載し、手持ちでの撮影にも幅広く対応できます。さらに高速で疾走する列車の流し撮りにも適したVRモード[SPORT]も搭載。また、電磁絞り機構による高精度な絞り制御により、高速連続撮影時にも露出が安定。新幹線など高速列車の決定的な瞬間を美しく描き切ります。

※ NORMALモード使用時。35mmフィルムサイズ相当の撮像素子を搭載した
デジタル一眼レフカメラ使用時。最も望遠側で測定。