
東海道品川宿下りの終点、鈴ヶ森刑場の跡地です。出発点の八ツ山橋から約4キロの距離です。
4キロといえば、大人の足で1時間程度ですから、かなりのんびりと歩いていたことになりますね。カメラをもってあっちこっち寄り道すれば、それもまたしかり、でしょうか。
さて、ここはいわゆる江戸のお仕置き場。慶安4年(1651年)から明治3年までのおよそ220年間で、延べ10万人もの人々が処刑されたといわれています。
おどろくのは、処刑者の4割は濡れ衣を着せられた冤罪者(当時の情勢からしてキリシタンもかなり含まれていたのでしょう)だったこと。まったく言葉を失います。
敷地の中には、首洗いの井戸や火炙(ひあぶり)台、磔(はりつけ)台が残されているようですが、肝っ玉の小さい私は、とてもとてもそこまで足を踏み入れることはできません。いくら見せしめとはいえ、昔の世情は残酷すぎます……。
とにかく外観を拝み、心の中で合掌するのみでした。
4キロといえば、大人の足で1時間程度ですから、かなりのんびりと歩いていたことになりますね。カメラをもってあっちこっち寄り道すれば、それもまたしかり、でしょうか。
さて、ここはいわゆる江戸のお仕置き場。慶安4年(1651年)から明治3年までのおよそ220年間で、延べ10万人もの人々が処刑されたといわれています。
おどろくのは、処刑者の4割は濡れ衣を着せられた冤罪者(当時の情勢からしてキリシタンもかなり含まれていたのでしょう)だったこと。まったく言葉を失います。
敷地の中には、首洗いの井戸や火炙(ひあぶり)台、磔(はりつけ)台が残されているようですが、肝っ玉の小さい私は、とてもとてもそこまで足を踏み入れることはできません。いくら見せしめとはいえ、昔の世情は残酷すぎます……。
とにかく外観を拝み、心の中で合掌するのみでした。
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