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今回のマップと散策コース 街あるき
其の12 六本木界隈編
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時代を彩る街、六本木の今昔をたどる
かつては古いお屋敷町、または陸軍の兵隊たちが暮らす軍隊の町だった六本木。終戦を境に米軍の駐留地となり、昭和34年に米軍施設が返還され防衛庁に移るまでは、アメリカ色の濃い時代でした。インターナショナルな街、六本木の所以はそこにあります。
やがて東京オリンピックの年の地下鉄日比谷線「六本木駅」の開通を機に、若者が台頭しはじめ、華やかな夜の繁華街へと発展していきます。
そして21世紀。六本木ヒルズ、国立新美術館、東京ミッドタウンと、相次いで新名所が誕生し、今や時代の最先端を行く文化発信タウンとして世の注目を集めています。
今回はそんな六本木の変遷を踏まえ、街の最新風景と過日の面影を追ってみました。




1.昭和30年代以前の街の面影をしのぶ

作品01
1 蹄の音に思いをはせる
乃木公園の敷地内にたたずむ旧乃木邸。日清・日露戦争で活躍した陸軍大将乃木希典(のぎまれすけ)のお屋敷で、愛馬の小屋もあります。撮影したのは邸宅前の乃木将軍像。建物には乃木夫妻が明治天皇に殉死した部屋もあり、通りの喧騒から離れ、おごそかな静寂が広がる空間です。
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作品02
2 檜町公園も様変わり
長州藩毛利氏の麻布下屋敷(別名「檜屋敷」)の庭園跡が、檜町公園です。ちなみに幕末の頃の古地図をひらくと、その一帯には“松平大膳大夫の中屋敷”との記載がありました。当時朝廷の食膳をつかさどる長官であった毛利氏と幕府との結びつきがうかがえます。
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作品03
3 芋洗坂と老人と
六本木交差点アマンドの脇に、麻布十番方面へとつづく坂道があります。かつてここに芋問屋があったことにちなんで「芋洗坂」というそうですが、昨今の六本木のイメージとその坂の名のギャップがおもしろいです。しかもちょうどそこを下っていくのが、ゆっくりとした足どりのご老人とは。
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作品04
4 昭和初期の洋館
メディアにも取り上げられたことのある、昭和初期の洋館「和朗フラット」という木造アパートのある路地風景です。当初は5棟あったこのアパートは、現在3棟が現存し、現役アパートとして業務をつづけられています。
なるほどこの辺りだけは異空間のニュアンスたっぷりで、

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向島百花園の池碑
六本木交差点と記念碑
六本木の由来
「六本木」の由来は、松の木が6本どこからもよく見えるようにそびえ立つ、小高い丘があったからとする説と、青木氏、一柳氏、上杉氏、片桐氏、朽木氏、高木氏と、樹の姓をもつ大名屋敷が6つあったからとされる説があります。町としてのスタートは江戸時代初期。人気のない閑静なこの地に仏寺五院が建立されたことにより、門前町として発展し、しだいに武家屋敷の町、そしてお屋敷町へと移り変わっていったようです。そんな歴史の片鱗を今もなお垣間見ることができるのも、六本木の魅力のひとつかも。

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2.かつての六本木族になった気分で

作品05
1 蹄の音に思いをはせる
六本木の草分的エンターテイメントビル「ロア六本木」前です。 バブルの頃は、このビルの中のディスコ人気でかなりにぎわい、六本木の象徴的存在でもあったようです。
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作品06
2 デザインビルは今もなお
1981年バブル期の最中に誕生した「アクシスビル」は、ビル全体がデザインという、デザイン情報の発信地です。デザイン関連のショップやショールームあり、ギャラリーありと、現在のクリエイティブな街・六本木においては老舗的存在といえるのかも。
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作品07
3 待ち合わせはアマンドの前で
六本木交差点にあるアマンドは今でも健在。でも待ち合わせ場所としての“アマンド前”の方が、今も昔もポピュラーかな。
かつての六本木は、ビルや建物の中にある、お店の扉をひらいた先に、愉しみが広がっていたように思いますが、
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作品08
4 スクエアビルの裏路地へ
「六本木スクエアビル」もバブル時代のディスコビルで有名でした。今でもこの周辺は夜の街・六本木といったイメージ色が強いエリアです。 日中はまるで眠っているような裏路地です。
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3.六本木アート・トライアングルを歩く

作品09
1 ぴっかぴかの東京ミッドタウン
六本木ヒルズのオープンから遅れること4年、2007年春に誕生した「東京ミッドタウン」によって、六本木のイメージは、夜から昼へとさらに一新しました。 この街で遊びなれていない人でも、いろいろ楽しめるようになったのはうれしいかぎりです。
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作品10
2 星条旗通りのエピソード
「東京ミッドタウン」前から外苑東通りを横切り、同じく新名所「国立新美術館」へとつづく路地は、通称「星条旗通り」とよばれています。 通りの先にある、在日米軍の機関紙「星条旗新聞(スターズ&ストライプス)社」に由来するようです。
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作品11
3 国立新美術館前にて
星条旗通りをさらにすすむと、いきなり視界がひらけて、斬新なデザインの建物が。2007年3月にオープンした「国立新美術館」です。 黒川紀章氏の設計や、一流フランス人シェフの料理がいただけるレストランと、話題もさることながら、コレクションを持たない新しいスタイルの美術館としても
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作品12
4 ヒルズに吹く5月の風
六本木ヒルズのけやき坂通りは、新緑がまぶしくて、とてもすがすがしい眺めです。 ゴールデンウィーク中に掲げられていた鯉のぼりも、気持ちよさそうに、5月の風にゆらゆらと泳いでいました。
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4.お屋敷町に伝わる有名な逸話

作品13
1 鳥居坂
この界隈の江戸の坂としては、かなり有名な鳥居坂です。その由来は、江戸時代、現シンガポール大使館の場所に鳥居家の屋敷があったからだとか。周辺は昔からのお屋敷町で大使館も多く、ちょっと横道に入ると警備員に出くわしたりします。 坂は下るにつれて急な勾配に。
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作品14
2 鳥居坂教会前にて
野口雨情作詞の童謡「赤い靴」にうたわれている女の子は、実在していた……という話、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
その子の名は「岩崎きみ」ちゃん。明治35年生まれのきみちゃんは、3歳のときに母親が再婚することになり、
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作品15
3 さらなる再開発
鳥居坂に面する国際文化会館と旧「川崎ハウス」の境界です。うだつのあがった重厚な塀がお屋敷町を象徴するかのようですね。「川崎ハウス」とは、川崎財閥系の所有していた建物だそうですが、現在は売却して取り壊され、仮囲いで覆われています。
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作品16
4 「赤い靴」のモデル像
鳥居坂を下りきり、麻布十番商店街のパティオ十番に立つ「きみちゃん像」に会い、ここを今回の街あるきの終点としました。
彼女の悲話は、今も思い出すたび身につまされます。きっと当時はさまざまな事情があり、そんな時代だったということもあるのでしょう。

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撮影機種:D40x

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