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talk! talk! talk! : 俳優・阿南健治さん


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カメラ片手に百面相 自分で自分を撮るのが好き



写真にして面白いというのはどんなものですか?


2人が移動していく姿を後ろから追いかけて何枚か撮ったうちの1枚

2人が移動していく姿を後ろから追いかけて何枚か撮ったうちの1枚

見たままというのではなく構図を工夫してみたり、何か物を置いてみたり小細工してみたり……あとは動くものですね。人物はそのまま撮っても動きがあって面白いです。
この間甥っ子と姪っ子が2人で並んで歩いていて、それを後ろから撮ったんです。そのときは面白くて何枚もバシバシ、バシバシ撮ってしまいましたね。それで、その中に1枚でも構図とか光の加減がいい感じの写真があったりすると、「お、いいんじゃないの」ってなる。それがまた面白いんですよね。それから、自分もよく撮りますよ。


自分で自分を撮るということですか?

そうです。自分を撮ると楽しいんですよ。別に僕はナルシストではないですよ。自分をかっこいいとも思っていないし、被写体としてはナシだなと思っていますから。あ、いえ、ないことはないですよね。なければこの仕事やってないですから、自分ではアリだと思ってはいるんですけど。って、どっちなんだよって感じですね(笑)!
とにかく撮るのも好きなんですが、仕事柄撮られることも好きなんですよ。自分だったらいつでもすぐ撮ることができますからね。


それは、たとえばご自宅で部屋の中で撮ったりしているのですか?

いえ、それはさすがにできないです(笑)!自分撮りの写真は自分のサイトに載せるために撮っているんです。そういう理由づけがないとやっぱり恥ずかしくて撮れないですよ。たとえば新しい役の撮影があったらその衣装を着て撮ったりするんです。その役に合った顔を作ったりして、「この顔か?こうかな?こうかな?」ってやっているうちにかなりの枚数を撮ってしまっていたりします。

NHKドラマ「愛と友情のブギウギ」での衣装を着て自分撮り。部長の腰巾着役ということで、役をイメージしながらいろいろな顔をされています


NHKドラマ「愛と友情のブギウギ」での衣装を着て自分撮り。部長の腰巾着役ということで、役をイメージしながらいろいろな顔をされています


NHKドラマ「愛と友情のブギウギ」での衣装を着て自分撮り。部長の腰巾着役ということで、役をイメージしながらいろいろな顔をされています

NHKドラマ「愛と友情のブギウギ」での衣装を着て自分撮り。部長の腰巾着役ということで、役をイメージしながらいろいろな顔をされています

人に撮ってもらうのではなく、なぜ自分で自分を?

それもそれで恥ずかしいじゃないですか。いろいろな顔をする僕を撮ってくださいって言ってカメラを渡すのも微妙ですよね(笑)。だからいつもひとりで、誰も見ていない所で撮ります。人から見たらかなり寂しい、というか怪しいでしょうね。僕自身は自分を撮って、見て、あれこれやっているときはとても楽しいんですけどね。
ただ、自分撮りはシャッターを押す側の腕が入ってしまったり、セルフタイマーだと自分が中心に入らなかったりしていろいろ制限が出てくるんです。だから写ることに関しては、やはりカメラマンさんなどに自由に僕を撮ってもらう方がより楽しいのかなとは思います。


写ることが好きというのはこの仕事を始めてからですか?それとももともと好きだったのですか?

どうだったかな。だからこの仕事を選んだということではないんですが、もともとそういう傾向があったのかもしれないですね。
たとえば何気ない風景でも、絵になる景色というものがあると思うんです。それを自分で撮ることはできないんですが、その中に、自分も絵になる景色の一部として存在したいという気持ちはあるんです。かっこよく言うと、「絵になる人間になりたい」というかね(笑)。それが憧れと言いますか、自分が目指しているところなんです。だから、自分を撮るのが楽しいというのは、もしかしたら絵になる自分というのはどんな感じなのかなと試行錯誤しているのが楽しいということかもしれません。



役者も写真も正解のない世界 その自由さが魅力



ですから、また名前を出して恐縮ですが、土門拳さんの写真は撮りたいという意味でも憧れですが、でも「自分もこの写真の中にいたいな」「土門さんに撮ってもらいたいな」という気持ちにもなったりするんですよ。

なるほど。撮りたい、撮られたい、両方で憧れるんですね。


趣味の陶芸作品を写真に残す。ただ撮るのではつまらないということでブランコに置いて

趣味の陶芸作品を写真に残す。ただ撮るのではつまらないということでブランコに置いて

こちらは滑り台を台座がわりに。「実は花瓶だったのですが、焼き上がったら飾りだったものが蓋になってしまっていて……オブジェになりました(笑)」

こちらは滑り台を台座がわりに。「実は花瓶だったのですが、焼き上がったら飾りだったものが蓋になってしまっていて……オブジェになりました(笑)」

顔のような凹凸がある丸いオブジェは窓際に。その焼き色から“せんべい”と呼んでいるそう」

顔のような凹凸がある丸いオブジェは窓際に。その焼き色から“せんべい”と呼んでいるそう」

そうですね。憧れるし、やっぱり撮ってもらえなかったことが悔しい(笑)。特に知り合いだったとかそういう機会があったとかではないのに「なんで悔しくなるんだ」って思いますよね?でも僕、常にそうなんですよ。ジャンルに関わらずいいものを見ると悔しくなる。自分が出来る、出来ないに関わらず「僕もやりたい、悔しい」という思いになるんです。だから本当は、あまり他の人の作品は見ないんです。写真もドラマも、舞台もあまり見ません。

そうなんですか?ドラマも、舞台も?

つまらない作品は見ててもつまらないので見ないですよね。いい作品だと「なんでこれに出てないんだろう」って悔しくなるので見ない。だから結局、自分の出ているもの以外はあまり見ないんですよ。自分の作品は勉強になるし反省材料にもなりますからね。でも他の作品はね……本当はそれこそ勉強のために見た方がいいんでしょうけど、見ると悔しくて余計なエネルギーを使ってしまうのでね。こんな人あまりいないですよね?(笑)。

それだけ俳優という仕事が好きなのですね。

まぁそれはそうですよね。役者は好きです、好きを超えるぐらいかもしれません。でもそれは当然なんですよ、好きじゃなければやっていませんから。

どんなところが俳優の魅力なのですか?

うーん、どうなんでしょう?単純に違う人になれるとか、見た方に楽しんでいただけたり感動していただいたり、おこがましいんですが、そう思ってくださることでうれしくなったりとか、いろいろあるとは思うんですが……よく聞かれるんですよ、なんで役者をやっているんだって。僕もはっきりしたことは言えないんですけどね、ただ、この仕事は正解がないと思うんです。どう演じれば正解というわけではないですから、その役に対して自分が自由にいろいろな事ができるというのは魅力のひとつですよね。

答えを出して、そこで終わりというものではないのですね。

ええ、たとえそのドラマは終わってもまた別のドラマがありますし、また新しい役もある。正解もないし終わりもない。それが漠然としていて不安な部分でもありますよ。でも逆に言うとすごく自由ですよね。どんなアプローチをしてもいいという、その自由さが凄くいいんですよ。

そういう意味では写真も正解はないのかもしれません。どう撮ればいいというものではない。

きっとそうですよね。見る人によっては凄い写真でも興味のない人にはただの紙になってしまったりして。写真も役者も、何かを表現していくというのは曖昧な世界なんですよね、結局は。どう転ぶか分からない、ある意味バクチみたいな世界ですが、でもその先が分からないというのがワクワクするし、凄く楽しいんです。

一貫して表現する世界が好きなのですね。

そう!表現することが好きなんです。絵を書いたり写真を撮ったり陶芸をしたり、役者もしたり。何かモノを作って外に出したいという欲求は異常なほどあるかもしれません。
刺激を受けるようないい写真に出会うと、自分でも刺激を与えられるような写真を撮りたくなるんです。写真に限らずモノ作りも役者も、そんなふうに作品を通して刺激し合えるコミュニケーションが好きなんです。



様々な役に挑戦しながら 常に何か表現していきたい




阿南さんの次回作の舞台「ダモイ〜収容所(ラーゲリ)から来た遺書〜」
「シベリア収容所の話なので重くて暗いイメージかもしれませんが、過酷な中で人間が生きる本当の意味を問うという前向きなメッセージを含んだ話です。これから稽古が始まるのですが、とても楽しみです」

阿南さんの次回作の舞台「ダモイ〜収容所(ラーゲリ)から来た遺書〜」
「シベリア収容所の話なので重くて暗いイメージかもしれませんが、過酷な中で人間が生きる本当の意味を問うという前向きなメッセージを含んだ話です。これから稽古が始まるのですが、とても楽しみです」


役をもらったとき、どのように役づくりをされているのですか?

その役をどう演じたいかというのもあるんですが、それよりもまず全体の物語を考えるというか、その役として、その物語の中でどう存在させるかみたいなことは考えますね。いらないところで存在してもしょうがないですけど、なんとか存在させられたらなと。

「存在させる」というのはなかなか難しそうですね。

難しいですよ。ただ画面にその役の人が映っているというのではなく、役を離れてそこにその人が生きているというか、僕が芝居をしているのではなくてその人物がそこに存在しているんだという感じ……なかなか大変ですよね。でもそう思わせないといけないですよね。架空の世界だとしても、その中ではちゃんと生きている人なんですからね。
基本はそこなんですけどね、あとはそこからできる範囲で、いかに阿南健治風にアレンジ、デフォルメができるかというね、そこがお楽しみなんですよね。僕の場合はそれをちょっとやり過ぎてしまうことが多々あるみたいです(笑)。


阿南さんはこれまで様々な役を演じていらっしゃっていますよね。本当に芸達者と言いますか、どんな役柄でもこなしてしまうという印象があります。

ありがとうございます。僕も何でもできると思い込んでいるんですよね、あはは(笑)。でもまだまだ、役は無数にありますからね。「何かこれからやりたい役はありますか?」と聞かれることもよくあるんですが、いつも「全て」と答えるんです。僕は欲張りですから、作家さんが書いた全ての役をやりたいんです。ただ、なぜか知的な役が全然来ないんですよね!だから今はインテリな役とかやってみたいです。自分ではできると思いますし、インテリにも見えると思うんですけど、誰かキャスティングしてください(笑)。

では最後に、今後の目標はありますか?


俳優・阿南健治さん

とにかくこれからも多くの作品に出ていきたいですね。あとは映画、映画はやっぱりいいですね。テレビドラマもいいんですが、映画にはたくさん出たいです。

テレビと映画では何が違うのですか?

芝居をするという点では一緒なんですが、映画のスクリーンに自分が写し出されるというのは特別な感じがするんです。映画の映像というのは1枚1枚の絵の連続だと思うんです。さっきも言ったように、いい絵の中に存在したいという気持ちがあるので、だったら映画のあの大きな絵の中で存在できたらいいなと思うんです。
あとはこだわりという点ですね。もちろんテレビドラマにもこだわりはあるんですが、映画を作るというのはそうとうなこだわりの世界ですから、僕もその中に役者として入って一緒にこだわったモノ作りをしたいです。だから目標というのは、いいドラマ、いい映画、いい作品に出会って、いただいた役に常に挑戦し続ける。常に何か表現していきたいということですね。


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