Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

ザ・ワークス Vol.47 ガラスモールド非球面レンズ

面が球面ではない曲面を持ち、収差を補正することができる「非球面レンズ」。その中でも特に、実用面・性能ともに優れたものに「ガラスモールド非球面レンズ」があります。一般的に難しいとされてきた大口径高精度非球面レンズの製造を可能にした、ニコンのテクノロジーについて、設計側と開発・製造担当側の視点から語ってもらいました。

佐久間 繁(さくま・しげる)

(株)栃木ニコン ASレンズ部 PGM課マネジャー
1986年の入社後、17年間半導体露光装置用光学材料である短波長用結晶材料の開発に従事。2003年よりASレンズ部にてガラスモールド非球面レンズの開発・製作に携わる。ニコン入社以来写真に興味を持ち、マニュアルカメラと短焦点レンズを愛用。写真家・浅井慎平と物理学者の故R.P.Feynmanのファン。

尾形 吉進(おがた・よしのぶ)

(株)栃木ニコン ASレンズ部 PGM課
2002年よりASレンズ部に配属され、非球面レンズの開発・製作に携わる。最近では、AF-S NIKKOR 14-24mm F2.8G ED、AF-S NIKKOR 24-70mm F2.8G EDなどのレンズのガラスモールド非球面レンズを担当。休日にはゴルフで汗を流す。

泉水 隆之(せんすい・たかゆき)

映像カンパニー 開発本部 第二設計部 第二設計課 マネジャー
2001年11月入社。主に交換レンズの光学設計を担当。より精度の高い製品を日々開発中。AF-S DX Zoom-Nikkor ED 17-55mm F2.8G(IF)、AF-S VR Micro-Nikkor ED 105mm F2.8G (IF)、PC-E NIKKOR 24mm F3.5D EDなどを手掛ける。趣味はバンドでドラムを叩くこと。

コスト面、生産性において、非常に優れたガラスモールド非球面レンズ

まずは、非球面レンズとはどんなものなのか教えてください。

ガラスモールド非球面レンズの製
造工程での有利な点を説明する
佐久間さん

佐久間 「読んで字のごとく球面に非(あら)ず、ですので、一般的には球面レンズ以外のレンズを総称してこう呼んでいます。古くからある球面レンズは、球面皿で研磨することで同じ曲率が作られるのですが、非球面レンズではその方法が使えません。大変複雑で難しい製造方法になっています。ニコンのコア技術であるガラスモールド非球面レンズは、高温で加熱して軟化した光学ガラスを、特殊な耐熱材料で作った非球面の金型でプレスし、成形をして作ります。」

尾形 「非球面レンズの製法は大きく3つに分類されます。ガラスモールド以外では、研削加工機を使って直接ガラスを研削して面形状を創生する"精研削"、非球面ガラスの上に樹脂を用い非球面とする“複合型(ハイブリッド)”があります。」

精研削非球面レンズ、複合型非球面レンズの2つと比較して、ガラスモールド非球面レンズの利点はどんなところなのでしょうか。

佐久間 「複合型は樹脂を使用するので、温度や湿度等環境の変化をどうしても受けやすいのですが、ガラスモールドは環境に対する変化が非常に少ないのが特徴です。もうひとつの精研削ですが、こちらは直接レンズを削りますので、時間がかかり大量生産向きではありません。ガラスモールドですと、金型を作って、柔らかくなったガラスに圧力をかけて形を作りますので、短時間で1枚のレンズを作り出すことが可能です。」

泉水 「さらにガラスモールド非球面レンズは、屈折率が高いのが利点です。屈折率が高ければそれだけレンズの性能がよくなります。よく屈折するガラスはおしなべて高価で硬いので、精研削だとすぐに歯が傷んでしまい、1枚完成させるのに非常にコストがかかってしまいます。それに対してガラスモールドはコストを抑えられるので、設計側としても1本のレンズに何枚も使え、光学設計上大変有利になります。画質の面からも、精研削ではボケの部分に削りあとが出てしまいますが、ガラスモールドではそのようなことはありません。ですので、ニコンでは現在、写真用レンズとしては精研削非球面レンズを使用していないのです。」

佐久間 「複合型と比べると、かつてはガラスモールドの方がコスト高でしたが、最近径の小さいレンズでは差がなくなってきました。まだコスト面でも有利というところまではいかないのですが、近い将来実現できるかもしれません。」

先達の努力と苦労で完成した、超高精密なニコンの"PGM"

ニコンでガラスモールド非球面
レンズが誕生したきっかけを語る
尾形さん

非球面レンズはいつごろから使われているのでしょうか?

佐久間 「1968年に、ニコンは日本で最初に非球面レンズを実用化しました。しかし一般的に知られ、普及し始めたのは1980年代からです。当時は研削方法が主流でした。ガラスモールド非球面レンズが開発されたのは、1993年発売の単焦点レンズAF Nikkor 18mm F2.8Dからです。大口径ガラスモールドが最初に使われたのは、1998年発売のズームレンズAF-S Zoom Nikkor ED 28-70mm F2.8D(IF)です。当時のニコン相模原製作所の関連部署が力を合わせ、徹夜もいとわず生産していたそうです。 」

泉水 「ガラスモールドですが、ニコンでの名称は“PGM”といいまして、これはPrecision Glass Moldの略です。Precisionとは“精密”という意味です。何が精密かと申しますと、例えば我々設計部と、佐久間のいる製造部門とのやりとりの際は、マイクロメートルという単位を使います。1マイクロメートルは1000分の1ミリですが、そのまた一つ下のオーダーである、0.1マイクロメートルといった単位で話しをします。非常に細かい単位でこの非球面レンズは作られているのです。単なるガラスモールドではなく、超高精密なガラスモールドということから、PGMという名称を、1993年の誕生当初から使っています。 」

なるほど。そのような超高精密なガラスモールドを開発された当初は、苦労も相当なものだったと思いますが。

佐久間 「一番初めに採用されていたAF 18mmはレンズが小さかったのですが、その次のAF 28-70mが大口径の第一号で、量産するのに非常に苦労したと聞いています。設計が要求している精度までなかなか到達せず、良品率もよくなかったということです。その後、両面非球面の開発に着手し、このころまでは試行錯誤の繰り返しだったそうです。先達が辛抱強く開発に携わってくれたおかげで、現在我々が存分に力を発揮できるのだと感謝しています。」

「PGM」の名称の由来について、
"Precision"(精密)への熱いこだ
わりを語る泉水さん

尾形 「同じ金型を使用していても、できあがってくるレンズの品質にはどうしてもバラつきが生じてしまいます。特に小口径と比べると大口径はバラつきの幅が広がります。ニコンでは、開発の初期からターゲットを大口径に合わせて、挑戦を繰り返してきました。さらに、ガラスモールドレンズの生産には多くの工程が関連するのですが、ガラス材料、研削、成膜といった関連部門のコアテクノロジーがニコンにあったことも、高精度な大口径PGMが誕生した大きな要因だと思います。」