Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

ザ・ワークス Vol.34 ニコン デジタル画像処理技術開発とD200

日進月歩の勢いで進化を続けるデジタルカメラ。デジタル画像時代の幕開けの立役者といわれたデジタル一眼レフカメラ ニコンD1の立ち上げから現在に至るまでの画像処理技術の怒濤の躍進とその裏にあるエピソードについて、開発者の視点からご紹介します。

芝崎清茂 (しばざき・きよしげ)

映像カンパニー開発統括部第一開発部ゼネラルマネージャー
1980年代、民生用ビデオカメラの開発に携わった後、超高解像ステッパー用アナログビデオカメラ開発を手がける。さらに業務用ハイビジョンカメラの開発を経て、その技術を電子カメラのカスタムセンサーの開発、デジタルスチルカメラ画像処理開発へ展開。電子映像システムの開発一筋、23年のキャリアを持つ。

デジタル画像の常識を変えたニコンD1。 最高の画質を実現するための道のりは苦難の連続。

電子カメラの黎明期からデジタルスチルカメラのセンサー開発と画像開発に携わってきた芝崎さんにお話をうかがえるということで今日はいろいろ楽しみです。まずは発売当時エポックメーキングといわれたニコンD1の開発についてお話をお聞かせいただけますか。

「フィルム・デジタルの枠を超えた最上のパフォーマンスのカメラを作るというミッションのもと、1996年にニコンD1の開発が始まりましたが、当時求めた性能に見合うイメージセンサーは、軍事や航空技術分野でのみ使われているものでした。それを何十万円かで買えるような機材に搭載しようとした訳ですから、最初はたいへんでした。」

まずコストが見合わなかったということですか?

「いえ、それ以前に作ろうと言ってくれるメーカーが見つからない。そんなセンサーを使う機材が月に何千台も売れるようになる、と言っても誰も信じてくれない訳です。何とか受けてくれるメーカーを見つけてからも、試作のイメージセンサーが出て来て、また問題発生です。」

というと?

「一例ですが、何ワットもの電力を必要とするようなセンサーでとても電池で動かせるような代物ではなかった。それでも何とかそのスペックで高速の連写性能を出せるところまで持っていかなくてはならないということで、とにかく回路の開発を社内でスタートさせたのですが、最初、担当者は動かすことすら出来ませんでした。駆動回路を伝送線路や分布常数の考え方を適用して配線パターンを工夫することでようやく駆動までこぎつけたのですが、その背景となったノウハウは1990年代前半に担当した業務用アナログハイビジョンカメラで培った技術でした。」

ハイビジョンカメラの技術がデジタルスチルカメラに応用できたのですか?

「その通りです。実は、D1にはその業務用ハイビジョンカメラの回路も使われているんですよ。それがあったからこそ他社に1年半も先駆ける形で、いわゆる本格的なプロ仕様デジタル一眼カメラを市場に導入することが出来たと思っています。」

デジタル写真の歴史を担ってきた
歴代のイメージセンサーたち。

なるほど。

「その他にも様々な苦労がありましたから、イメージセンサーが動き始めてきれいな画像が出た瞬間はまさに鳥肌がたちましたね。このイメージセンサーを開発して良かったなぁと心の底から思いました。」

イメージセンサーの駆動に成功されるまで、時間的にもかなりかかったのですか?

「はい、約2年かかったことになります。その後は量産品としての品質を上げるため、生産を安定させるという作業が続きました。こんな大きなイメージセンサーを本当に作っていいのかなと思うくらい大きかったので不安はたくさんありました。ただ、撮影画像を見たとたん、センサーの共同開発先のみなさんも俄然やる気になってくれたのは嬉しかったですね。『こんな大きなセンサーを作ったことがなかった』、『うまく動かすことができるのか』、『ニコンがそんな駆動技術を持っているとは思えない』・・・不安の固まりで動いて来たのが一挙に解消された感じでした。」

発売前から、人を動かす力を持ったカメラだったんですね。

「そうですね。実際の発売後にはさらに良い方向に動いていきましたね。ニコンだったらこういうセンサーを動かせるし、またあれだけ販売できる。市場でこういった実感を持ってもらえたので、次の大型イメージセンサーの開発はかなり楽になりました。いろいろこちら側の希望を取り入れてもらえるようになりましたからね。当時のデジタル一眼レフカメラの開発にあたって最大の課題はセンサーがなかったことですから、これは本当に大きかったです。苦難の道のりが楽しい想い出に変わったという感じです。今だから話せますが、あのD1のイメージセンサーは270万画素ということで公表していましたが、実は1080万画素のセンサーだったんです。羊の皮をかぶったオオカミとでも言いましょうか。画素数が4倍異なるのは技術的な理由があり、高感度と高SNを実現する為に、複数の画素をまとめて使用していました。デジタルスチルカメラの草創期にそれだけの画素数を持ったCCDを開発したという事実には、ニコンのデジタル一眼レフカメラへの想いが込められています。さらに、カメラとして、その1080万画素で5フレーム/秒を実現した訳ですから、その高速駆動技術に関しても完成してみれば良くやったな、という感が強いですね。」

6年で大きな飛躍を遂げたデジタル画像。 成長を支えたのは、技術の蓄積。

ご苦労の甲斐があり大きなセンセーションを巻き起こしたニコンD1ですが、その後の新機種のラインナップをみると、発売後ホッと一息という訳ではなかったようですね。

「その通りです。まずビデオカメラの技術を応用した画像処理を、どう静止画用として改良していくかが大きな課題でした。初期はビデオカメラの画像回路と画像処理を静止画用のカメラにあてはめていたので、どうしても「止まったビデオの画」となり、「写真」の表現とは少し異なるものでした。静止画用の画像処理には、動画とは別の視点からパラメーターやアルゴリズムを開発しなければならないということがわかったのです。そういった意味で、動画技術を進化させたニコンD1の画質についてはいろいろなご意見・ご要望もいただきました。例えば動画の色空間であるNTSC※注1規格を選んだことにより、色の再現性が難しいのではないかといった指摘です。」

  • NTSC=National Television Standards Committeeの略で、日米で一般的に使われているテレビの映像信号方式の名称。

ニコンD1の色域の広さは好評だったように記憶していますが…。

「確かにプロのお客様には高い評価をいただいていました。ただ、やはり動画用の規格に対応するデジタル画像機器とソフトウェアも少なく、使い勝手も良くないという面もありました。しかしながら『色空間』という認識を広めたという意味では、NTSC規格の採用も大きな功績だったと言えるんです(笑い)。「RGBデータ」はカラー画像用のデータですが、正確な色を再現する事は難しいということが、多くの人に理解されたのはD1が発売されてからだと思います。さらにどのようなRGBであるかを指定しないと正しい色は出ないという事実が認識され、D1H、D1xが発売されるまで色空間の議論は続きました。」

色再現一つとっても、いろいろな試行錯誤の積み重ねがあるのですね。

技術の進歩とともに評価を高めて
いる、デジタルカメラならではの表現力。

「大変ですが、その結果デジタルスチルカメラで表現できる世界もどんどん広がって来ています。例えば、文学的な表現ですが「青い山脈」というのがあるでしょう?これは、空気の分光透過特性で遠くの景色ほど青く見えるという、高い山特有の現象を文字で表している言葉ですが、画像のパラメーターチューニングを高度に行うことでそのような写真表現を実現していくことが可能になります。こういった表現の広がりを実現するたび、苦労は喜びに変わっていきますね。」

デジタルならではの表現ですか。それはとても楽しみなことですね。

「色以外の描写力でも、いろいろな可能性は出て来ています。例えば、ある著名なフォトグラファーがニコン D2xで雪山を撮影した作品がありますが、その写真の核である晴天光のあたっている雪の面と木のシャドーの部分とのコントラストの差はフィルムカメラではなかなか写すことはできません。しかし、D2xではそのコントラストを見事に表現している上、雪の一粒一粒の輝きまでとらえています。個人的にも大好きな写真なのですが、とても感動したのがその写真についてのご本人のコメントです。
 “この写真をフィルムで撮れと言われたらそれは出来ない、D2xというデジタルカメラがあったからこそこの写真を撮る気になった”というコメントなのですが、開発者冥利につきるという一言です。」

ニコンD1の発売時から、画質は格段に進化してきたと言えるのでしょうか?

「そうですね。ニコンD2xでは、モデルさんを撮影した画像を拡大すると、瞳にニコンのロゴが映りこんでいるのがわかったりします。D1発売から6年。D1で撮影した写真とD2xで撮影した写真を比べると差は一目瞭然です。6年間の技術の蓄積がデジタル写真を育てて来たといえるでしょう。」