Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

ザ・ワークス Vol.17 ニコンS3(ブラック限定モデル/2000年限定モデル)

1958年に発売された銘機「ニコンS3」。ミレニアム記念に「ニコン S3 2000年記念モデル」として復刻された。今回はその復刻秘話を開発担当者が紹介します。

春山栄(はるやま・さかえ)

株式会社水戸ニコン カメラ製造部ゼネラルマネジャー
1962年、もともとカメラに興味もあり、精密機器の製造に携わりたいという思いから、日本光学工業株式会社(現株式会社ニコン)に入社。カメラ製造部機械課で、主にニコンFの部品加工の治工具設計を担当。その後、NIPPON KOGAKU USAでカメラの修理に従事したり、スペースシャトル搭載のNASA用カメラのチームに参画するなど幅広い活躍を続け、1998年12月、「S3復刻プロジェクト」を立ち上げる。好きなカメラはニコマートFTN。

岸 努(きし・つとむ)

株式会社水戸ニコン 技術部技術セクションチーフ部長代理
学生時代から「写真クラブ」に所属するなど、カメラに興味があり、1976年、株式会社橘製作所(現株式会社水戸ニコン)に入社。製造部カメラ機械課で、ニコンFM、ニコンF3などのカメラ部品加工の治工具設計を担当。1980年以降、現職である技術部でカメラの生産技術に携わり、1998年「S3復刻プロジェクト」に参画。好きなカメラは、ニコンF4。

大津正美(おおつ・まさみ)

株式会社水戸ニコン技術セクション課長代理
プラモデル組み立てがもともと好きだったこともあり、設計に携わりたいという気持ちから、1972年、株式会社橘製作所(現株式会社水戸ニコン)に入社。製造部カメラ課でニコマートFTNの組立に従事する。その後、FM2やF4等の立ち上げなど、カメラの組立技術を担当。1998年、「S3復刻プロジェクト」に参画。好きなカメラは、ニコンS3(復刻版)。

復刻するからには実際に使ってほしい  だから「S3」なんです

箱を開けるとS3はこのように入って
いる。光沢のある赤の布を使うこと
によって、上品さと高級感を演出し
ている。

2000年に、「ニコン S3 2000年記念モデル」という、S3復刻版の白が発売され、2002年6月に「ニコン S3 ブラック限定復刻版」として、黒が発売を開始いたしましたが、発売までの経緯を教えてください。

春山「1994年ころだと思いますが、当時の水戸ニコンの社長に、1951年以降に発売されたS・S2・SP・S3・S4からなるSシリーズのカメラを復刻できないかという話を持ちかけられました。当時はまだ具体化できる環境ではなかったので、我々が本格的に動きはじめたのは、1998年の12月でしたね。このとき実際にS3の試作品をつくり、もしかしたら日の目を見るときがくるのではないかと思いはじめました」

なぜ、さまざまな機種がある中で、S3を復刻することになったのですか?

春山「S3はSシリーズのなかでは後期型で、非常に完成度が高いからです。つくるからには実際に使っていただきたいという強い思いもありました。Sシリーズの最高機種であるSPは、製造技術も、実際に使用する技術も、高度な技術を必要とします。技術的に難しいからといって、価格を高くするわけにもいきませんから、SPより実用性と価格の点でS3が最適なモデルではないかということになりました」

当時の図面は全て手書き。分解したS3との照合が大変でした

昔の図面で残っていたもの。痛んで
いるのがわかる。
図面を開くとこうなっている。当時の
図面はすべて手書き。手でよくここ
まで描けるものだ。

一番初めにやったことはどんなことですか?

「図面をきちんと精査することです。いまの図面はCAD(※1)でつくられているので、描く人によるクセはありませんが、当時の図面はすべてが手書きですから、折ってあったところの数字などがかすれていたり、文字や図にその人の特徴があらわれてしまうのです。また、痛んでいて読み取りづらいものもありましたし、何よりすべての図面がそろっているのかすらもわからない状態でした。暗中模索とはこのことで、図面と分解したS3を照合させるのに相当な時間を費やしました」

S3は残っていたのですか?

「もちろん社内に保存されているものはありますし、当時の試作品も残っていたのですが、それらをバラバラに分解するわけにはいきません。そこでスタッフが都内の中古カメラ店を何軒もまわって、中古品を買い求め分解しました」

中古品だと、修理されていたりして、中身が変わっているということはなかったのですか?

春山「ありました。程度の良いと思われるものを選んだつもりだったのですが、中身と図面がどうしても一致しないところが出てくるのです。それが修理によるものなのか、生産時の変更のためなのかということが、なかなか判明しませんでした。じつは、スタッフの中に、オリジナルのS3を持っている者がいまして、それは修理されていないということがわかっていたので、『必ず復元するので分解させてくれ』と頼んでみましたが、案の定断られてしまいました(笑)」

  • CAD:Computer Aided Design。建築設計、機械設計、回路設計などの設計図をつくる際に、コンピュータを通して行うこと。紙ベースの設計に比べ、図形の作成・修正・映像化が非常に効率的になった。

何年経っても衰えていない 大先輩の手付きは驚きでした

幕貼りの作業風景。集中力と経験を
要する繊細な作業だ。

時代とともに変わっていった技術がたくさんあると思いますが、たとえば金型についてはどうですか?

春山「金属部品のつくり方そのものは、金型でプレスするだけですから、当時も現在もさほど変わりはありません。ただ、昔のほうが、複雑な型をつくっていましたね。製造工程よりも設計思想が優先されていましたから。いまはどちらかというと、製造工程を考えたつくりになっています。  しかし、一番のちがいは、実際にそこで作業している人のノウハウだと思います」

いまはノウハウがなくなったということですか?

春山「いまは、金属部品をあまり使わない設計になっています。プラスチック部品が多いので、プレス用金型のプレス技術を持っている人が少なくなるのは時代の流れですね。仮に外注して型をつくってもらおうとしても難しい。
 しかし幸運なことに、今回はかつてS3を実際につくっていた大先輩に協力していただくことができました。とっても、喜んで協力してくださって……。当時苦労されたことを思い出しながらやっていただけたと思います。
 いまは情報も多いですし、便利で精巧な工作機械が増えました。昔は便利な機械もなく、与えられた条件が厳しいなかで、試行錯誤しながらあみだしてきた技術がほとんどです。ですから、体に技術がしみついていらっしゃるのです。難しい製造技術を要する設計であっても、現場には『よしつくってやる!』という意気込みがありました。ニコンの技術もそうして高まっていったんですよ」

当時の方たちは職人技を持っていらっしゃったというより、本質的に職人だったんですね。

春山「そうです。たとえばこのシャッターの幕貼りも、当時、作業されていた方に来ていただいて指導を受けたのですが、やはり全然手つきがちがう。パッパッとやってしまうんです。その方は現在の接着剤は乾くのが速いので、困るとおっしゃっていました。昔は、接着剤の乾燥が遅かったので、貼り合わせた後で微妙な修正をしていたそうです」