Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

talk! talk! talk! アルピニスト・野口健さん


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アルピニスト・野口健さん

アルピニスト

野口健さん

アルピニストとして、世界の山を登り、また環境問題を訴え続ける野口さん。13歳のとき父親に買ってもらったNikonFM2とともに、これまで多くの地を歩いてきた。野口さんがシャッターを切るのは、国々の美しい街並から、環境問題の現場まで、多くのシーンに渡る。何十回と登ってきた山の新たな発見を見出せるのがカメラだという野口さんに、写真を撮り続けることで見えてきたことをうかがいました。

プロフィール

のぐち・けん 1973年生まれ。アルピニスト。25歳のとき七大陸最高峰登頂世界最年少登頂記録を樹立。山岳活動を続けながら、1997年にエベレストに捨てられた大量のごみを映像で発信後、清掃登山を開始し、世界中から注目を集める。その後富士山やマナスルなど各地で清掃登山を行う。2003年には野口環境学校をスタートさせるなど精力的に活動をしている。2008年、遺骨収集活動を開始、2011年、センカクモグラを守る会を設立するなど、活動の場を自ら広げ続けている。

Beginning 出会い

13歳のとき、父に買ってもらった愛機・FM2

カメラを手にしたのはいつ頃ですか?

初めてのカメラがNikonFM2です。今も現役で使っているので、25年選手ですね。七大陸制覇にも付き合ってもらった愛機です。私は子どもの頃、フォトグラファーへの憧れがあったので、中学生になったら写真部に入ろうと思っていました。しかし写真部で写真を撮るにも、カメラがないといけない。カメラのカタログを何冊も読んだのを覚えています。

数あるカメラの中から、NikonFM2を選んだ決め手は何でしょうか?

今程ではないにしろ、カメラの性能はさまざまで、たくさんの候補があったのですが、星を撮りたいと思っていた私にとって、NikonFM2は寒さに強いという特徴が魅力的でした。当時はそんなに耐久性に優れたカメラがありませんでしたから。シャッタースピードが1/4000だという点も決め手の一つでした。当時のカメラでは最速だったのではないでしょうか。

13歳でNikonFM2を購入するのは大変だったのでは?

もちろん自分では買えないので父に買ってもらったのですが、何しろ高い買い物ですから、きちんと作戦を練って、購入してもらうに至りました(笑)。当時私は、仕事の都合でイタリアにいた父の家に滞在していましたが、NikonFM2の現物がそこにはなかったので、すぐには買えませんでした。兄がいる日本に行ったとき本物のNikonFM2を触って、やっぱりこれだ! と確信しました。そこで、イタリアに帰ってからというもの、父の機嫌がいいときを見計らっていたのです。ある日、父が晩酌で、お酒が入って上機嫌になっている姿を確認した少年時代の私が「中学生になったら写真部に入りたいんだけれど、カメラがないんだ」というと、私の狙い通り父は「じゃあカメラを買ってやる」といったのです。すかさずカタログを持ってきて、このカメラがいい、とNikonFM2を指差しました。私のたくらみを知らない父は、二つ返事でOKです(笑)。父の気が変わらないうちに日本にいる兄に電話をし、NikonFM2を買って送ってほしいと告げ、父に電話をかわって了承の証拠を兄に聞かせました。兄も何が何だかわかっていませんでしたが、とりあえず、カメラを買って送るんだということだけはわかってもらえたようで、見事NikonFM2を手にすることができたのです。気がかわっては大変ですから、カメラが届くまではこの話題は一切せず、届いてから「ありがとう!」といったら、案の定「なんだそれは」と言われましたが(笑)。

見事な作戦勝ちですね! 少年時代は、どんな写真を撮られましたか?

父の都合で外国に行くことが多かったので、いろいろな国の街並を撮っていました。やはり国によって風景が全然違うので、撮りがいがありますね。白黒写真を撮ることが多かったのですが、現像も自分でやって、今思うとかなり本格的だったのではないでしょうか。