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talk! talk! talk! 俳優・原田篤さん


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俳優・原田篤さん

俳優

原田篤さん

ドラマ、映画、舞台、バラエティと幅広く活躍中の俳優でありながら、2005年にはタレントプロダクションを立ち上げるなど、バイタリティーにあふれ多方面で活躍する原田篤さん。父親の影響で始めたという写真も、最近ではフォトグラファーとしての仕事をこなすほど本格的に関わっている。原田さんの演技にまで影響を及ぼしたという、写真の魅力をたっぷりと語っていただいた。

プロフィール

ハラダ・アツシ。1978年、愛知県生まれ。1998年に「GTO」(フジテレビ系)でデビュー。その後、数々のドラマや映画、舞台、バラエティなどに出演し、リポーターやキャスターとしても活躍をしている。
主なドラマに「救急隊隊ゴーゴーファイブ」(テレビ朝日系)「仮面ライダー555」(テレビ朝日系)「メモリーオブラブ」(毎日放送系)「貞操問題」(TBS系)「彼女の恋文」(テレビ朝日系)など。
主な映画に「ショムニ」(渡邊考好監督)「恋愛冩真」(堤幸彦監督)「メタセコイヤの木の下で」(櫻井眞樹監督)など。
主な舞台に「さよならの贈り物」(日名子雅彦演出)「暗い日曜日」(松本嶮演出)「ガラスのメカ」(IKKAN演出)など。「ガラスのメカ」ではプロデュースも手がける。
2003年に女優の秋本奈緒美さんと結婚。現在は夫婦での番組出演も多い。

Beginning 出会い

写真好きの父 多大なる影響は構図にも表われる!?

俳優・原田篤さん

いつ頃から写真を始められたのですか?

本格的に始めたのは4年くらい前です。それ以前も、父親が写真好きだったこともあり、ずっと興味は持っていました。幼稚園のころからシャッターを押すだけで撮れるカメラを父から渡されて、親しんでいましたね。幼い僕に、父は「構図はこうした方がいい」とアドバイスもしてくれて(笑)。

まだ幼い原田さんにお父様は真剣に教えてくれていたのですね。

そうなんです。だから自然と大きくなったら絶対写真をやるんだと思うようになっていました。僕が本格的に写真を始めてからも、僕が撮った写真を見て「ここはもうちょっと色が出たんじゃないか?」なんて、父に助言を受けたりしています(笑)。

写真を始められたのは、お父様の影響がとても大きいのですね。

完全にそうですね。最近では構図も父の写真とそっくりだったりするんです(笑)。
カメラを買うときも、どこのメーカーのものにするか迷いはしたんですけど、父がニコンを使っていたことが頭にあったので、やっぱりニコンかなと思って決めました。

D200をご愛用いただいているとうかがいました。

はい、今はD200をメインで使っています。初めはコンパクトのデジタルカメラを使っていました。ドラマの撮影現場などで何気なく撮っていたんですが、スタッフの方達に見せたら「構図がいいからもっと撮って」と言われるようになったんです。僕が撮った写真をドラマのホームページに載せてもらったりもしていました。そういうこともあって本格的に撮りたいと思い、D70を買ったんです。そのうち、仕事でも撮ってくれと言われることが増えたので、D70だけではものたりなくなりD200を買いました。D2XSと迷ったんですが、普段できるだけ持ち歩きたいと考えていたのでD200にしたんです。

仕事としても写真を撮る機会があるということですが、撮影方法などは誰かに教えてもらったりしたのですか?

いいえ、独学ですね。本などを読んで勉強しました。小さいころからカメラは触っていましたし、スッと写真の世界に入っていくことができました。

カメラは毎日持ち歩いていらっしゃるのですか?

そうですね。だいたい毎日、D200と60㎜レンズと魚眼レンズをカバンに詰めて持ち歩いています。

すごいですね!本格的に写真を始めて何か自分の中で変わったことなどはありましたか?

いろいろなものに対しての見え方が確実に変わりましたね。そしてそれが自分の演技にも影響したように思います。たとえば舞台の仕事をしているとき、構図というものを意識するようになりました。自分が舞台上で演じていても、その舞台を客観的に見ることができるようになったんです。舞台上のどの位置にいると、僕たちはどういう構図でお客さんから見えるのかということが分かるようになってきた。
それに、写真を撮るときは被写体に対して集中しますよね。心惹かれたその一瞬を、どの構図で撮るか、どの角度から撮るか、考えて判断する。この瞬間の光で撮らなきゃ、目の前の景色の雰囲気は変わってしまう。そういった一瞬で変わってしまうかもしれないという状況の中での集中力や判断力は、芝居をする上でも重要なんですよね。写真で養われた力を演技で活かすことができるようになり、僕の演じ方も変わったと思います。写真を本格的に始めて1年くらい経ったころ、まわりからも芝居が変わったねと言われるようになりました。