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talk! talk! talk! NPO法人パラフォト代表・佐々木延江さん


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NPO法人パラフォト代表・佐々木延江さん

NPO法人パラフォト代表

佐々木延江さん

2006年3月、トリノで行われたパラリンピック。日本チームの結果をご存じだろうか? 障害者スポーツは「ハンデを乗り越える」部分に注目が集まるため、実際にスポーツとして魅力を感じている人は少ないのではないだろうか。NPO法人パラフォト代表・佐々木延江さんはシドニーパラリンピック以来、障害者スポーツの魅力を写真を通して伝える活動を行っている。「障害者スポーツは障害のない人のスポーツとなんら変わらない楽しさと感動がある」という佐々木さんに、トリノで撮影された写真をご紹介いただきながら、その活動についてうかがった。

プロフィール

ささき・のぶえ。1970年、横浜生まれ。グラフィックデザイナーとして厚木市の広報誌を作っていたときにパラリンピック・アルペン日本代表の選手と出会ったのをきっかけに、障害者スポーツに興味を持つ。2000年、シドニーのパラリンピックから任意団体としてパラフォトを設立。シドニーの写真をインターネットのホームページで配信する。2001年、NPO法人、国際障害者スポーツ写真連絡協議会(通称パラフォト)を設立。パラリンピックだけでなく、様々な国内外の障害者スポーツを取材し、多くの人に知ってもらう、伝える活動を行っている。  トリノでは企画責任者・編集サポートとして現地に入り、取材を行った。佐々木さんとそのメンバーの撮影した写真や記事はパラフォトのサイトに掲載されている。パラフォトはこちら(http://www.paraphoto.org/イメージ:ポップアップウィンドウ)。

シドニーから写真をネットで配信 パラリンピックをいち早く伝えたメディア

パラフォトではどのような活動をされているのでしょうか。

4年に2回ある夏と冬のパラリンピックや、国内外で行われているその他の障害者スポーツの大会を取材し、現地からインターネットで配信しています。あまりなじみのない障害者スポーツを知り、多くの人に伝えていこうということで活動を行っています。

障害者スポーツを伝えるという目的で活動されているんですね。そもそも、パラフォトを立ち上げられたきっかけはなんだったのでしょうか?

2000年にシドニーで行われたパラリンピックがきっかけです。もともと私はグラフィックデザインの仕事をしていまして、当時コンピューターのエンジニアと2人でチームを組んでコンテンツの開発の仕事をしていました。そこに、以前仕事で知り合った長年パラリンピックを取材していたフォトグラファーさんがいらっしゃって、「シドニーで撮ったパラリンピックの写真をインターネットで配信できないだろうか」という話をいただいたんです。
当時はまだ、一般の家庭ではモデムを繋いでインターネットを見ているような環境ですから、今のように回線の状態が良くなく、ホームページに写真を載せるのは重たいのでやめてくださいと言われるような時代だったんです。でも、そういう時期に誰もやっていないからこそこれは面白いアイデアなのではと思い、やってみようということになりました。

環境が悪い中でも、わざわざ見てくれる人がいるかもしれないと思われた?

ええ。障害者スポーツは今よりも注目度が低くて、リアルタイムで情報を伝えている所は少なかったですし、今のように結果がインターネットの速報で出ることもありませんでした。だから、情報として必要としてくれる人がいるのではと思いました。
実際、夏の大会だったということもあって、2週間で10万件くらいのアクセスがあったんですよ。NHKなど他のメディアからも問い合わせが来たりして、かなりの手ごたえ、反応を感じました。

成功だったのですね。

それがそうでもなくて、現地に入ったスタッフにとても負担がかかってしまったんです。まだデジタルカメラではなくフィルムカメラでしたから、撮って現像して、選んでスキャニングをして送ってという作業があって、ほとんど寝る時間もないわけですよ。それに旅費以外は自己負担でしたし、現地へ行ったメンバーが帰ってきて「大変だった!」って相当怒っていましたね。でも同時に「この活動はぜひ続けるべきだ」と、怒りながら言ってくれました(笑)。
最初だから仕方がなかった部分もありました。でも次のソルトレークに向けて、どうしたらもっとスムーズにみんなが楽しんでできるのかを考えなければいけないと思いました。それをきっかけに、どうせやるなら、いろんな人の、いろんな経験でパラリンピックに光をあててみたい、ということで、NPO法人という形で活動を始めたんです。

ライター、フォトグラファーの目線そのままに 現場で感じたことをそのまま記事にする

NPO法人パラフォト代表・佐々木延江さん

活動の目的は、自分たち自身も障害者スポーツを知りたい、知り得たことを知らせたいということで、ビジネスとしてもうけを考えてやっていくことはどうしても無理でした。それで、2001年のソルトレークシティの時には将来メディア関係の職に就きたいという大学生や、スポーツライティングをめざして活動しているライターさんを連れて取材・編集チームで現地へ行きました。自分の将来のために役立てばという気持ちで行っていたので、みんな前向きで、前回よりは落ち着いて取材をすることができました。ただ、プロのフォトグラファーさんの協力が得られず写真はあまりいいものが撮れなかったんです。ソルトレークは写真が少ないサイトになってしまいました。

現在も協力してくれるボランティアの方を中心に取材を行っているのですか?

はい。アテネ、トリノと回数を重ねるごとに多くの方が、いろいろ考えながら参加してくださるようになって、良い取材体制がとれるようになってきました。今回のトリノでは、これまでも一緒に取材してきた方をはじめ、現地でフォトグラファーとして活躍している方、ツバルという国で障害児教育のボランティアをしている方もいました。また、トリノのアルペンで金メダル1個と銀メダル2個を獲得した大日向選手の旦那さんが、今回フォトグラファーとして参加してくれました。彼はスキー雑誌の編集者でもあり、スキーの写真が大変上手な方なのです。その他にも国内外のアマチュアスポーツを撮影しているフォトグラファーや、自分の住んでいる地域の障害者スポーツをライフワークで取材しているフォトグラファーなど、本当にいろいろな方が参加してくれました。 おかげで、今回の冬のパラリンピックは全部で4競技あるんですが、日本人の出場する3競技については全ての競技に2人ずつ付いて取材することができたんです。通常、新聞社の方でも2人くらいで全ての競技を取材をしていましたが、人数がちょうどよく守備範囲を決めて取材できたことは、今回は本当に幸運なことだったなと思います。

野島弘選手と森井大樹選手を取材する佐々木さん 撮影:山口ミカ
野島弘選手と森井大樹選手を取材する佐々木さん
撮影:山口ミカ

金銭的なリスクなどもある中で、それだけのボランティアの方が参加されているのはすごいことだと思います。

そうですね。やはり、パラリンピック報道に実費で参加するというのは普通では考えられないですからね。特殊なことだと思っています。相当スポーツ写真が好きか、または自己投資なんです。たとえばこれからスポーツのフォトグラファーとしてやって行くという強い意志があって、その上、障害者スポーツという未知の分野に挑み、これをきっかけに売り込もうと考えているかもしれない。金銭面でいうと、写真の学校に入ろうというくらいの意気込みがあるわけです。もちろん、パラリンピック・ファンであって、それだけ高いモチベーションを持っていないと参加できないと思います。
そういう気迫は写真や記事に表れるものだと思います。選手が競技をするのと比べてはいけないのかもしれないけれど、こちら側も勝負をしているのだと思うんです。自分がどれだけの取材ができるか、撮影ができるか、その結果は撮影者本人がよくわかると思います。これは自分にとっての金メダルだって。

トリノ市内のカフェで記事を配信 撮影:大石智久
トリノ市内のカフェで記事を配信 撮影:大石智久

いわゆるプロではない方もいらっしゃる中で、メディアとして情報を伝えていく上で気をつけていることはなんでしょうか?

障害者スポーツはみなさんが思っている以上にハイレベルの戦いをしています。障害者が戦っているという部分は不可分ですが、その上で、スポーツとしてのレベルの高さ、面白さを感じることができます。現場で感じた感動をどう伝えれば説得力を持って読者に伝えられるのか、勉強したり実験をしたりと試行錯誤はしていますが、一番大切なのは、そのときの感情を素直に撮れることだと思っています。現場で思ったこと、感じたことを、その人の言葉でありのままに伝えてもらおうと思っています。
そういう意味でも、取材する人の熱意、どれだけ取材対象を好きか、興味を持っているかというのが、いいコンテンツにするためにとても重要なんです。