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talk! talk! talk! 探検家・関野吉晴さん


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探検家・関野吉晴さん

探検家
関野吉晴さん

探検家にして医師でもある関野吉晴さん。1993年より人類の足跡を逆ルートで辿る“グレートジャーニー”に挑み、そこで出会うたくさんの人々の写真を撮り続ける。自らの脚力と腕力だけで異文化、異民族に飛び込み、触れ合う関野さんの姿は毎回テレビでも放映され、多くの人の感動を呼んでいる。
今月、関野さんはついに“グレートジャーニー”最後の旅に出る。出発直前の関野さんに、旅への思い、撮影の苦労話について語ってもらった。

プロフィール

1949年、東京生まれ。1975年、一橋大学法学部卒業。1982年、横浜市立大学医学部卒業。一橋大学在学中に探検部を創設、アマゾン全域踏査隊長としてアマゾン川全域を下る。その後医師となり、25年間に32回、通算10年間以上にわたって南米への旅を重ねる。1993年からは、『グレートジャーニー』に挑んでいる。1999年、植村直己冒険賞受賞。
著書に『南米大陸』(朝日新聞社)、『ギアナ高地』(講談社)など多数。グレートジャーニーの旅と並行して写真集『グレートジャーニー・~・』(毎日新聞社)、子供向ノンフィクション『グレートジャーニー人類5万キロの旅・~・』(小峰書店)を刊行中。

『グレートジャーニー』とは?

 400万年前、東アフリカで誕生したといわれる人類。後にアフリカを飛びだし、アジアに広がった人類は、やがて極北の地を経て、南米大陸の最南端パタゴニアに達して現在に至る。
 学生時代から南米に通い続けた関野さんは、我々と祖先を同じくするアジア系の民族モンゴロイドと触れ合ううちに、ある一つの疑問を抱くようになった。『彼らはいったいどこから、どのようにして、いつ頃この地にやってきたのだろう?』その答えを求めるべく、パタゴニアを出発点とし、人類誕生の地である東アフリカを目指す関野さんの長い旅が始まった。400万年に及ぶ人類の大移動を逆ルートで、自らの腕力と脚力だけで遡る旅、それが『グレートジャーニー』である。1993年から出発したこのグレートジャーニーは、現在第八期を迎え、関野さんは7月20日、ついにゴールの東アフリカを目指す最後の旅に出発する。


モンゴロイドは、そして我々人類はどこから来たのか?

まず、グレートジャーニーを始められたきっかけを教えて下さい。

私は学生時代から南米に通い始め、1971年から20年間、特にアンデス・アマゾンに行って、先住民の人達と同じ屋根の下で、同じものを食べながら暮らすという旅をしてきました。
 もともと南米の人々が日本人と同じ先祖を持つモンゴロイドである、ということは知ってはいました。しかし、実際に行ってみて、本当に彼らが私たちによく似ていることにまず驚きました。
 そうして20年通ううちに、彼らは本当にどこから来たんだろう?と思い始めたんです。ベーリング海峡を越えて来た、ということはわかるけれど、実際にどこが基準で、どうやって来たのだろう?ということをだんだん知りたくなってきました。そのルートを辿る旅をしようと思って始めたのがグレートジャーニー、というわけです。

学生時代から20年間も通うほど、南米に惹かれたきっかけは?

とにかく、これまで住んできた文化と全然違う未知の世界に自分を放り込んでみたかったのです。それは南米でもよかったし、インドでもアフリカでも、どこでもよかった。だから、最初インドに行っていたらインド通いしていたかもしれないし、最初アフリカに行っていたらアフリカ通いしていたかもしれない……(笑)。
 でも、世界のいろんな所に住んだことがある人達に話を聞くうちに、特に自分の琴線にひっかかったのがなぜかアマゾンだったんです。まあ、運命ですよね。それで1回行ったら面白かったので、毎年行くようになっちゃったんですよ。

グレートジャーニーは、人類の大移動を逆ルートで遡っていらっしゃいますが、なぜ、移動とは逆のルートで目指そう、と思われたのですか?

最初の目的は、モンゴロイドの起源を辿ろうということでした。しかし、遺伝子レベルの研究が進んでくると、実は人種を分ける差異というのは明確にはないんです。そうすると、結局、人種分けなんて仮りのものにしか過ぎず、個々の起源を求めることなんてできませんよね。それでも、共通の祖先というのはあるわけで、つまりそれは、人類の起源に当たります。
 だから、最終的にはモンゴロイドの起源を求める旅、というよりは、人類の起源を求める旅になったのです。なぜ逆ルートか、というのは、もともと南米に通っていて、そこに住む人はどこから来たのだろう?あるいは、自分もどこからきたのだろう?という発想から始まったので、それで南米からスタートしました。

関野吉晴さん

旅の計画をたてるにあたって、何かご自分で作った決まりごとなどはありますか?

まずは、移動手段に車を使わない、ということですね。基本的には自分の腕力と脚力だけで行きます。でも、犬ぞりや馬を自分で操るのはOK、というふうに、動物に乗ることはよし、といった自分なりのルールを作りました。
 コースに関しては、要するに面白いコースですね。人類が辿ったルートというのは、正確にはわからないわけです。実際にはいろんなコースを辿っただろうし。だから、逆にいうと自分の辿りたい道を辿るようにしています。

自分の目で、耳で、口で、新しい価値観に触れる

Photo
ラサのチョカン寺の巡礼者:
チベット仏教の聖地、ラサで五体投地
をする巡礼者。
Photo
カイラス山:チベット仏教、
ジャイナ教、ポン教、
ヒンズー教の最高の聖山。全国
から信者が巡礼に訪れる。

関野さんは、冒険家と探検家を分けて考えていらっしゃるそうですが、そこにはどんな違いがあるのでしょう?

まあ、あまり厳密な区分けをしているわけじゃないんですけど(笑)。
 例えば、ある場所を目指して行く時に、冒険家だったら、誰かが一回その道を通ってしまったら、バリエーションを変えてもっと困難な道を行くとか、あるいはもっと困難な季節に行こうとしますよね。冒険家は、その困難を切り抜けた達成感、満足感というのが目的です。
 探検家の場合は、そこに行くこと自体が目的ではなくて、そこで何をするか、何を見るか、が目的になります。僕は、そこでいろいろな人に出会って、一緒に暮らしてみて、友達になる。そして自分の目で見て、耳で聞いて、自分自身の口で彼らと話をして、新しい価値観を知るということ、それが旅の目的になりますね。あるいは、こちらの価値観を相手にも伝え、お互いに理解しあう、ということもね。そういう意味で、自分は探検家に近いと思います。だから、もちろん冒険的なコースもありますけれど、危険はできるだけ避けて行くようにはしていますよ。

そういった旅の中で、関野さんはどんな出会いを求めているのですか?

どこに行くときでも、魅力的な人、自分に何か影響を与えるような人、できたら自分の生き方をコロッと変えてくれるような人に出会えたらいいな、といつも思っています。日本を出て旅の途中で会う人々は、やはり価値観が私たちとは全然違いますから、得るものは大きいですよ。

第七期では、ラクダと一緒にゴビ砂漠を横断、そしてチベット、ヒマラヤを旅されましたね。この旅で特に印象に残られたことはありますか?

第七期の旅で特に目立ったのは祈りでした。
 例えば、チベットにある聖地カイラスでは、たくさんの巡礼者に会いました。カイラス巡礼者の最大の目的は、カイラス山のコルラを、徒歩あるいは※五体投地で巡ることです。一周の長さはおよそ52キロ。これを徒歩で一日で回ってしまいます。13周することが多いのですが、108周する人もいます。これを五体投地で回ると、一周するのに2~3週間かかります。祈りとは、やはり人間特有のものです。なぜ人間は祈るのかということをしじゅう考えながら旅をしましたね。

  • 五体投地:両膝・両肘・頭を地につけて、尊者の足下を拝すること。五体投地で進む、というのは、全身を地面に放り出し、祈りながらシャクトリムシのように進む。