Nikon Imaging
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第五十五夜 Ai NIKKOR 18mm F4

コンパクトな超広角レンズがデジタル時代で人気沸騰?
Ai NIKKOR 18mm F4

第五十五夜はコンパクトな超広角レンズ「Ai ニッコール18mm F4」を取り上げます。このレンズはデジタルカメラ全盛期になった今、巷から姿を消したそうです。生産台数が極端に少ないわけではないのになぜこのレンズがカメラ店の売り場から消えたのか?今日はこのコンパクトな超広角レンズの秘密を探ります。

佐藤治夫

1、ニッコール18mm F4の変遷

まずはニッコール18mm F4の変遷を追ってみましょう。ニッコール18mm F4が発売されたのは1975年2月のことでした。当初から新しい外観デザインで多層膜コートを採用した所謂ニューニッコールとして登場しました。このコンパクトな超広角レンズは小型高性能で愛用者も多かったと伺っています。

後にニッコール18mm F4は1977年6月にAI化され、Aiニッコール18mm F4として再登場します。そして1982年に設計が一新され、Aiニッコール18mm F3.5が発売されて世代交代をいたします。ニッコール18mm F4の販売年数は約13年でした。比較的ロングセラーであったと言えます。

2、開発履歴と設計者

ニッコール18mm F4の光学系を設計したのは当時の光学部・第一光学課の森征雄氏です。たびたび登場する森氏は第一話でご紹介した脇本氏の右腕的存在でした。森氏の設計したレンズは主に、F用の超広角ニッコール各種、PCニッコール、ブロニカニッコール、大判用ニッコールレンズ、引伸ばし用エルニッコールとバラエティーに富んでいます。森氏は残念ながらお亡くなりになりましたが、その功績は弊社内で語り継がれております。

ただでさえ超広角レンズの設計は難しいのですが、それを並行して何本も設計していたというのはまさに神業です。当時の報告書には各レンズの独創的なレンズタイプが示されています。その中で数回の試作を重ね15mm F5.6、18mm F4、13mm F5.6の順で製品化が決定されました。ニッコール18mm F4は三人兄弟の二男的存在だったのです。

日本の名設計者は一般に知られる事がありませんが、その足跡は報告書、開発履歴、ノート、パテント等によってとたどる事が出来ます。以前にお書きしました通り、森氏は1970年より以前から、13mm、15mm、18mmの各焦点距離、F3.5~F8の各絞りを用い様々なスペックの超広角レンズを平行して設計していました。

ニッコール18mm F4の開発履歴を見てみましょう。設計は1970年(昭和45年)に完了し、同年2月に試作図面が出図されています。その後のもう一度コーティングの改良のための試作を1971年(昭和46年)11月に行い、1973年(昭和48年)の師走に量産開始し、1975年(昭和50年)2月に発売されました。

3、レンズ構成と特徴

図1

少々難しいお話をしますがご容赦ください。まず、ニッコール18mm F4の断面図(図1)をご覧ください。読者の皆さんは、このレンズの巨大な前玉接合レンズに驚かされると思います。実は第1レンズが正接合レンズであることがこのレンズの最も特徴的な構成なのです。この事は別項で詳しく解説いたします。ニッコール18mm F4の構成は超広角レンズとしては比較的シンプルですが、基本的には通常の広角レンズと同じレトロフォーカスタイプを基本構成としています。また、このレンズは絞りよりも物体側でアフォーカル(焦点距離が無限遠)になります。

このアフォーカルになる部分を一つのレンズ群と考えると、負・正構成のレトロフォーカスレンズタイプでありながら、緩い正(または緩い負)・正構成のアフォーカルワイドコンバータ+マスターレンズの構成だと考えることができます。絞り直前の接合レンズから後方は所謂トリプレット・テッサータイプを発展させたマスターレンズです。その前方は像を縮小させる為のアフォーカルワイドコンバータであると考えれば理解しやすいでしょう。

さて、ニッコール18mm F4の収差的な特徴はどこにあるのでしょうか?一般に超広角レンズは特に歪曲、倍率の色収差、近距離変動の補正に難点を持つ事が常でした。しかしニッコール18mm F4は、歪曲が少し大きめで陣笠形状であることは否めませんが、ごく周辺を除いて倍率の色収差が少ないという特徴を持っています。この特徴は後記します第1レンズの効果が表れているのです。また、近距離補正構造を持たない全体繰り出し方式の合焦方式であるにもかかわらず、非点収差や像面湾曲の変動も比較的良好に抑えられています。さらに特記すべきはサジタルコマフレアーの少なさでしょう。開放絞りがF4と言う事もありますが、ごく周辺を除いては非常に良好に補正されています。このレベルであれば夜景夕景の撮影にも力を発揮するでしょう。

4、実写性能と作例

次に実写結果を見ていきましょう。各絞り別に箇条書きに致します。評価については個人的な主観によるものです。参考意見としてご覧ください。

F4開放

中心は割合に解像感はあるが、像高が増すにつれて徐々にフレアーが増しシャープネスが低下していく。しかし、使用用途にもよるが実用に耐えるレベルの画質。さすがにごく最周辺は解像感が不足している。また、周辺光量の低下があるが、色にじみが少なく発色は良いと思われる。

F5.6

F5.6に絞り込むことによって、特に中心部分近傍のシャープネスが向上。中間部分も解像感はあまり変化がないがフレアーが改善し、像のぼてつき感が改善。周辺光量低下も改善。

F8~11

フレアーが消失し周辺の解像感がぐっと向上。ほぼ全域で満足できるシャープネスになる。ごく最周辺のみ像の乱れが残存。常用するならF11~F16が望ましいと思われる。

F16~22

画面全体が均一な描写になる。特にF16が最も平均的で良い画質であった。回折の影響が若干現れ始めるが許容範囲内。F22では回折の影響が確認でき解像感を若干損ねる。

シャープネスを期待するならF11~16の絞りで使用すると良好な結果を得られるでしょう。また、あえて周辺光量の落ちを利用するならF4開放でも作品作りは可能だと感じました。

それでは、作例写真で描写特性を確認してみましょう。

作例1

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F11
シャッタースピード:1/400sec
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ニュートラル
撮影日 2015年1月

作例2

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F11
シャッタースピード:1/80sec
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:ニュートラル
撮影日 2015年1月

今回の作例ではレンズの素性を判断していただくためにあえて倍率色収差補正とヴィネッティング補正はしておりません。

作例1は逆光で撮った街角のスナップ写真です。周辺まで十分なシャープネスがあり色再現も良好なことがご理解いただけると思います。また、倍率色収差も良好で好感が持てます。作例2は東京駅の正面玄関の写真です。シャープネスの均一さと歪曲のテストを行いました。この作例でも周辺まで均一で十分なシャープネスを持っていることが確認できます。直線部分には陣笠状歪曲収差が見受けられますが、超広角レンズとしては優秀であることが分かります。

作例3

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F4
シャッタースピード:1/50sec
ISO:1000
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:フラット
撮影日 2014年4月

作例4

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F11
シャッタースピード:1/1600sec
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:スタンダード
撮影日 2015年1月13日

作例3は東京駅構内を撮った作例です。高感度撮影のためノイズが若干発生していますがご了承ください。F4の絞り開放で撮影していますが、破綻のないシャープネスを維持していることが分かります。周辺光量低下は若干目立ちます。

作例4は、ゴースト・フレアーのテストを行った作例です。完全逆光で、画面内部に太陽を写り込ませました。通常であれば、ゴースト・フレアーの最も出やすい条件です。結果は当時の超広角レンズとしては立派なものでした。少し注意すれば現在でも十分使用に耐えると思います。

作例5

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F11
シャッタースピード:1/200sec
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:晴天日陰
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:フラット
撮影日 2015年1月

作例6

ニコンD750 Ai NIKKOR 18mm F4
絞り:F11
シャッタースピード:1/400sec
ISO:400
画質モード:RAW
ホワイトバランス:オート
D-ライティング:オート
ピクチャーコントロール:フラット
撮影日 2015年1月

作例5と6は半逆光の際のコントラスト低下やシャープネスを確認するために撮影しました。周辺まで十分なシャープネスがあり色再現も良好なことがご理解いただけると思います。

全体を通してみた場合、比較的暗いレンズという事もあり絞り開放から実用に耐えるシャープな像を結ぶことが分かりました。さらに絞り込むことによってシャープネスが大きく向上するレンズであることがお分かり頂けたと思います。また、歪曲収差は若干陣笠傾向を持っていましたが、量的には許容できる範囲でした。ゴーストは同クラスの超広角レンズとしては少ない方ですが、若干目立つゴーストが幾つか発生します。ゴースト発生はある意味超広角レンズの宿命的な部分が有ります。しかし、光源が画面内に無い時は若干構図をコントロールしたりハレ切りをすることによって比較的容易に取り除く事ができます。

5、前玉の秘密

図2

前項で予告しましたが、ここでは広角レンズの前玉(第1レンズ)についての考察をしてみましょう。少々難しい話になりますがご容赦ください。

広角レンズの前玉(前群)には一般に2つのタイプが存在します。図2をご覧ください。1つは凸レンズ(正レンズ成分)から光学系が始まる「凸先行タイプ」です。そして、もう1つは凹レンズ(負レンズ成分)から始まる「凹先行タイプ」です。レンズに詳しい読者の皆さんは見覚えがあると思います。世界中の広角レンズから広角・標準ズームに至るまで、この2つのタイプに大別することができるのです。

読者の皆さんにはこの2つのタイプの広角レンズがランダムに混在するように感じるでしょう。しかし面白いことに、画角2ω=100°を越える辺りから前玉(前群)の様子が一変します。どのメーカーの超広角レンズも凹先行タイプとなり、凸先行タイプのレンズがほとんど無くなります。それはなぜなのでしょうか?その秘密は東海大学出版会から出版されている「レンズ設計工学/中川治平著」のP119に詳しく述べられています。その秘密は図2に示した2つのタイプにおける光線の屈折の振る舞いを観察することで理解ができます。

凸先行タイプの場合、画角が大きくなればなるほど第1レンズである凸レンズで光線が大きく屈折されてその後ろの凹レンズに大きな入射角度を持って入射します。その凹レンズも光線を大きく屈折していることが分かります。それに比較して凹先行タイプでは初めの凹レンズの屈折は緩く、光線の射出角度が小さくなっています。その後の凸レンズに入る光線はあたかも画角が緩くなったかのごとく屈折が緩くなっていることが分かります。要するに、同じ画角であっても凸先行の方が各レンズの屈折の偏角が大きくなり、発生する収差、特に高次収差が増すことになります。これが画角2ω=90°位であればあまり差が無いのですが100°を越える辺りから顕著になり、結果的に歪曲収差の補正形状が著しい陣笠形状になり補正困難になります。さらには倍率色収差の補正も悪化します。したがって、35mmフォーマットでは19mmより広角なレンズは殆ど凹先行タイプになっているのです。

しかし、名設計者の創造はそんな常識を超えたところにあります。そこが面白いところでもあり、勉強になるところでもあるのです。実は森氏の設計したニッコール18mm F4は第1レンズが凹凸接合レンズではあるものの、正レンズ成分からスタートする「凸先行タイプ」なのです。しかも前に述べたように歪曲は若干陣笠傾向があるものの、画角を考慮すれば良好な補正がなされています。また、倍率色収差も第1レンズを接合にしたことでむしろ良い結果になっています。我々が常識と思っていたことが見方を変えれば実は非常識であったという良い例です。「天才の仕事は常識を越える」と言うところでしょうか。ちなみに前記した「レンズ設計工学」の著者の中川治平氏も非常に優秀なレンズ設計者でした。何を隠そう、ご本人の設計した18mm F3.5も実は「凸先行タイプ」だったのです。本の内容はこのレンズを設計した際のご苦労が反映されているのかもしれません。

6、巷から姿を消した?

以前私の友人が、ニッコール18mm F4が市場から消えた!と言っていました。今現在はどうなっているのか不明ですが、一時期は品薄になったようです。第五十五夜はそのニッコール18mm F4の秘密を探るつもりで書き始めました。私は銀塩時代にこのニッコール18mm F4を頻繁に使いました。主にモノクロ主体でしたが、性能は把握しているつもりだったのです。そんな旧知のレンズでしたが、デジタルとの組み合わせは今回が初めての試みでした。

今回のテストを通じて人気が出た理由の一端が理解できた気がします。それはこのレンズがデジタル高画素機でも十分実用になり、小型で使い回しが良いからなのです。点像の再現性も良く発色も良好。ヴィネッティングコントロールや倍率色収差補正等の処理で更に良好な写真が期待できます。ニコンのデジタルカメラはマウントが不変であるため、過去の資産を活用できます。是非皆さんもお気に入りの1本を探し出してください。