Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第三十三夜 ピカイチ L35A・F35mm F2.8

コンパクトカメラに搭載されたニコンレンズ
ピカイチ L35A・F35mm F2.8

今夜は少し嗜好をかえて、ニッコールと名乗れなかったレンズについて取り上げます。ニコンが初めて作成した、AFコンパクトカメラに搭載されたレンズは“ニッコール”ではなく、“ニコンレンズ”でした。ピカイチL35AFに搭載されていたこのレンズは、ニッコールとどう違うのか?性能は?設計者は?
今夜はこのピカイチ用レンズの開発と、それに携わった開発者のお話をいたしましょう。

佐藤治夫

1、AFコンパクトカメラとニッコール

1977年、空前のAFコンパクトカメラブームがやってきました。それまでのコンパクトカメラは、目測式か2重像合致式でピントを合わせるものでした。一般人には、それが意外と難しく、当時は「ピントや露出があった写真を写せる人=写真がうまい人」だったのです。ところが、突然、そのテクニックの要らないカメラが誕生したのです。そのカメラはジャスピンコニカの名称で突然現れ、カメラ業界に新たな風を吹き込みました。

当時は、一眼レフのシステムこそがニコンのカメラの牙城でした。しかし、その新たな風はとても強く、業界全体を飲み込んで活性化していきました。やがて続々と各社から同様のカメラが発売されます。その新たな風がニコンにもコンパクトカメラを作らせる原動力になったのです。

当時の開発者は一眼レフ設計部門から選抜され、コンパクトカメラの設計に専念しました。遅れること6年、コンシューマの市場はすでにAFコンパクトカメラ一色に染まりつつありました。1983年、満を持して、ニコンのAFコンパクトカメラが“ピカイチ”と言う名前で登場します。このピカイチという名前には、1番良く写り、1番良く売れるカメラになって欲しいという思いがあったに違いありません。

ところが、このカメラのレンズにはニッコールの名前がついていませんでした。そのせいもあって、当時の人々の中には、「あのレンズは、ニコンが作ったんではない。きっとよその設計だよ。」と、うわさをした人もいたようです。この手の風評は、意外と開発者を傷つけるものなのです。きっと当時の開発者も悔しい思いをしたに違い有りません。

2、ニコンレンズ35mm F2.8の開発履歴

それでは、ピカイチL35AF用ニコンレンズ35mm F2.8の開発履歴を紐解いていきましょう。光学設計完了は昭和56(1981)年の師走のことでした。そして、量産図は翌年8月に出図されています。

今までお書きしたとおり、ピカイチ用レンズは正真正銘ニコンの設計です。しかも、そのレンズはニッコールと変わらぬ思想で設計されていたのです。光学設計を担当したのは当時、光学部第1光学課に在籍されていた若宮孝一氏です。若宮氏は元々特機関連の光学設計者の経歴を経てカメラ用のレンズ設計者になられました。若宮氏はL35AF用35mm F2.8の設計が非常に優秀だったため、その後のピカイチ系列の光学系を担当することになります。それ以外の代表作としては、Eシリーズの100mm F2.8やUVニッコール105mm F4.5Sの設計を挙げることが出来ます。若宮氏は非常に温和で、物静かな方です。仕事も着実にコツコツ行うタイプで、設計データの美しさも、まさにピカイチでした。現在の若宮さんは、未来に目を向けた光学系の設計に勤しんでおられます。きっと後世に残るレンズを生み出してくださるに違いありません。また、何を隠そう、この若宮氏こそ、ニッコール千夜一夜のもう1人の筆者である大下孝一氏の師匠でした。大下氏は若宮氏の設計ノウハウを吸収して、業務を引き継ぎ、しばらくの間コンパクトカメラ用光学系の設計に従事していました。

3、描写特性とレンズ性能

レンズ断面図

まずは断面図をご覧ください。少々難しい話が続きますが、ご容赦ください。

この断面図を見て、“おや?これはテッサーではない!”と思った方は、かなり鋭いです。当時のコンパクトカメラの主流はテッサーを基本にしたものが多かったのです。しかし、若宮氏の選択は異なりました。このレンズは日本光学が長年慣れ親しんだゾナータイプで設計されています。ゾナータイプを選択することで、レンズのコンパクト化と大口径化を実現しています。また、他社製コンパクトカメラのレンズの焦点距離が、38mmが主流であったのに対し、若宮氏のレンズは本格的な広角、35mmを実現しています。開放時では若干周辺光量が少ないものの、開放F値がF2.8と明るく、ニコンのコンパクトカメラ1号機は、初めから本格的なレンズを搭載していたのです。

それでは、設計値と作例の両方から描写を考察してみましょう。

まずは設計データを紐解きましょう。非常に特徴的なことは、若宮氏はゾナータイプを選択し、シャープネスを最大限引き出しつつ、見かけ上の被写界深度を出来る限り伸ばす設計を行っていることでしょう。この選択は、コンパクトカメラ用レンズとしては、最適な選択であったと思います。球面収差やコマ収差は十分良好に補正され、若干像面湾曲があるもの非点収差が少ないという特徴があります。

その結果、適度な解像力とコントラストがあり、クリアーな画質を期待させます。また、ゾナータイプを選択し、コンパクト化を実現したわりに、プラスの歪曲(糸巻き型)が約2%と、比較的良好に抑えられています。また、さすが若宮氏の設計と思わせるところは、ただでさえ、広角に不向きなゾナータイプで35mmを実現し、かつゾナータイプの欠点である近距離収差変動を、非常にうまく補正しているところです。このあたりが、コンシューマ用の、しかもコンパクトカメラに付けるレンズにも一切妥協をしないニッコール魂の息吹を感じることが出来ます。

それでは、実写結果を見ていきましょう。このカメラの一般的な使われ方に近い被写体を選びました。作例1は遠距離の撮影例です。また、作例2は比較的ファミリー写真で撮りそうなシーンを狙い、中距離で撮影しています。作例1では、富士山や手前の森をご覧頂ければ、十分な解像力とコントラストを有していることが分かると思います。また、作例2では、遊具の木目や髪の毛、肌の質感をご覧いただければ、非常にクリアーで高いコントラストが得られることがご理解いただけると思います。いずれも、うす曇りから晴れの日に撮影しました。ISO64フィルムを使用しているので、露出はオートですが、F5.6~8程度に絞り込まれていると思われます。

若宮孝一という人

普段の若宮さんは、そこはかとなく気品があり、上品で温和な方です。なんと、いとこには誰もが知っている元総理大臣がいらっしゃるのです。そんな環境が若宮さんの上品さにつながっているのかもしれません。

ある日のことです。先輩に聞いた話ですが、若宮さんを囲んで居酒屋でワイワイ飲んでいるとき、若宮さんが、ナイフとフォークを使わない食事が楽しいなぁ、とぼそっとつぶやかれたとか。そんな逸話を聞き、セレブとは若宮さんの様な人のことなんだなぁ、と思ったものです。

そんな若宮さんは、芸術的な工芸品、当時の職人や芸術家の息吹を感じさせるよう工業製品・工芸製品に興味を持っておられます。収集の対象の中にはカメラやレンズのコレクションや19~20世紀ごろのブラス製顕微鏡や資料収集があります。カメラは特に小型カメラがお好きなようで、その昔、息子さん誕生の折には、おもちゃがわりに与えたという逸話あります。また、普通の人なら、カメラを多少なりとも持っていれば、何を持っているか言いたくなるものです。しかし、若宮さんはなかなかコレクションの全貌を明かさないのです。その昔、大下氏と聞き出そうということになり、4、5台まではそれとなく聞き出したのですが、なかなかどうして、堅い口を開いてくれません。いまだに真相は闇の中です。

また、若き日の大下氏と私とで若宮さんを囲み、カメラの話をしているときの昔話を1つご紹介しましょう。私「○○は使っているうちに、距離計がくるってくるんだよね。修理すると高いし…。」、大下「あれなら、自分で調整できると思うよ。」そこで、若宮さんが「佐藤さん、使うからくるうんだよ。使わなければいいんだよ。」大下と私は顔を見合わせ、目が点になりました。さすが、若宮さん。コレクター道のステージが違う。