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第十八夜 AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6D

世界初のズームマイクロレンズ
AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6D

今夜はマイクロレンズのズーム化に成功した画期的なレンズである、AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6Dのお話をしよう。

大下孝一

1、マイクロレンズのズーム化

10年ほど前からだろうか?花の撮影が静かなブームになっている。そのおかげか、マイクロレンズの売れ行きも好調である。花の名所や山などで花の撮影を楽しんでおられる方を見かけることも多い。私が写真をはじめた30年前、マイクロレンズ=一部のプロが使う特殊レンズ、という趣すらあった頃と比べると隔世の感がある。AEやAFの高性能化がマクロ撮影をより身近なものにしたのだろう。とはいえマクロ撮影はなかなか難しいものだ。花の撮影をやった方ならよくおわかりだと思うが、マクロ撮影ではブレを防ぎ、シビアに構図を決めるため、カメラを三脚にすえて撮影するのが基本である。ところが三脚を使うと、少し構図を変えたい、被写体の大きさを変えたいと思ったら、三脚ごとカメラを前後左右に動かさねばならず、それは非常にわずらわしいものである。マクロ撮影では少しのアングル変化で構図が大きく変わってしまう。左右方向の移動は慣れればある程度正確に合わせられるが、被写体像の大きさは、少しの前後変化で大きく変わってしまうため、使い慣れたレンズであっても、困難で面倒な作業だった。

さらに、フィールドでの撮影では自由なポジションにカメラをセットできるとは限らない。引きたくても引けない、寄りたくても柵があって近寄れないことも多い。泣く泣くブレを覚悟で身を乗り出して手持ちで撮影したり、撮影をあきらめたりした経験が誰しもあるのではないだろうか?写真好きのレンズ設計者は痛切に感じていたのである。マクロ撮影こそズームが必要だ!こうして始まったズームマイクロの設計だが、クリアすべきハードルは非常に高かった。まず第一に性能である。マイクロレンズというからには、最低でも1/2倍の撮影倍率は必要である。これは、一般のレンズの5倍以上の広い撮影距離変化で性能を確保せねばならないことに相当する。しかもズームレンズであるから、全ての焦点距離で性能を良くする必要がある。焦点距離の変化だけ、撮影距離の変化だけ、その1方だけでも収差補正が大変であるのに、このレンズはその両方を抑えねばならないのだ。一方、大きさや使い勝手も重要だ。ズームマイクロは、フィールドで使ってもらうことを想定したレンズであるから、たとえ性能がよくても、持ち運びに不便を感じる大きさや重さであってはお話にならない。また、マクロ域で、ズームによるピント変化があってはズームマイクロとは言えないだろう。

そこで開発は、いくつものレンズを設計し、どのようなスペックであれば小型化が図れるか?使い勝手が良いか?といった基礎的な研究からはじめ、いくつものレンズを設計しては、大きさ、鏡筒の機構を検討しながら70-180/4.5-5.6というスペックを決めていった。スペックが決まってからも、レンズ枚数、レンズの軽量化と性能のバランス、EDレンズの採用とさまざまな側面からの改良を加えながら設計の完成度を高めていった。そして設計着手から2年あまり、2種類の試作レンズを経て、ようやく完成をみたのである。

2、レンズの構成

図1.AF Zoom-Micro Nikkor ED 70-180mm F4.5-5.6Dレンズ断面図

ズームマイクロは図1に示すように、凹、凸、凹、凸の4群構成のズームレンズである。3群と4群が近づく方向に移動することによって広角から望遠側にズームし、1群を繰り出すことによってフォーカスを行う。最近の小型望遠ズームでは、望遠にズームすると全長が変化するレンズが主流だが、1群の位置がズームによって変化しては、ワーキングディスタンスやピント位置がマクロ域で変化してしまうので使い勝手が良くない。そこでこのレンズでは、ズームで1群、2群の位置が変わらない構成とし、ワーキングディスタンスを一定にしている。さらに、5枚構成の凹レンズ群を先頭に配置したことがこのズームマイクロの最大の特徴で、無限遠からマクロ域にいたるまでのシャープな描写は、この複雑な構成のフォーカスレンズによって保証されているのである。

簡単に言えば1群と2群がマイクロレンズ部分、3群と4群がズームレンズ部分で、この2つを組み合わせることでズームとマイクロという2つの要素を共存させているのだ。さらに、このようにフォーカス部分とズーム部分を独立させることで、鏡筒の構成を単純にすることができ、レンズの小型軽量化に貢献していることも見逃がせないだろう。EDレンズの採用によって、良好に色収差が補正され、フォーカスとズーム全域にわたってシャープな描写が得られるほか、ズームレンズにつきものの歪曲収差も良好に補正されている。歪曲収差が特に気になる被写体の撮影は、広角端から中間焦点距離で撮影すると、より良好な結果が得られるだろう。

3、レンズの描写

では作例をもとにこのレンズの描写をみてみよう。このレンズの描写は大変美しい。色がきれいで、描写が精細ですなおなのである。レンズ枚数の多いレンズであるが、ニコン・スーパーインテグレーテッド・コーティングが施されているため、非常にヌケが良く、逆光でも色のノリがすばらしい。作例1は望遠マクロ域、絞り開放でパンジーを撮影したものだが、逆光にもかかわらずカブリがなく良好な色再現である。またマクロ撮影では一般撮影以上にボケた部分の描写が気になるところだが、ボケ味も大変すなおであることもおわかりいただけるだろう。

従来、花の撮影には100mm前後のマイクロレンズが薦められてたが、これは対象の形状が歪まない最も短い焦点距離が90mmくらいだということに基づいており、カメラポジションが制限されるフィールドでの使い勝手でいえば、もっと望遠よりの方が使いやすい。70mmから180mmまで全域で近接撮影ができるこのレンズは、まさに花の撮影に最適のレンズといえるだろう。もちろん、このレンズはマイクロレンズであるとともに、望遠ズームとしても高い性能をもっている。作例2は、広角端、絞り開放での撮影であるが、このようなスナップ撮影では、ズームの広角端が70mmであることが重宝する。

明るいレンズではないので、このように開放で使う頻度が高いが、開放から安心して使える性能である。しかも絞り値やズーム、距離によって描写があまり変化しないので大変使いやすいレンズだ。実際このレンズをF5につけてスナップしていると、遠くの風景から、小物のアップまで小気味よく撮影できるので、これ1本で何でも撮れるような錯覚を覚えるほどだ。まぁこの気分はオーバーにせよ、これに広角レンズ1本を加えれば多くの撮影に対応できる。レンズに対する言葉としてはあまり適当ではないが、多くの対象を最小の機材と手間で撮影できる、生産性の高いレンズといえるだろう。1997年9月に発売されたこのレンズは好評のうちに迎えられ、いくつかの賞を受賞した他、学会発表では第一回光設計大賞を受賞している。筆者の周囲では愛用者が多く、ズームで微妙な構図を決めながらマクロ域まで一気にフォーカスできる使い勝手の良さは、このレンズでしか味わえないものだ。花の撮影、山に持ってゆく機材としてぜひ使っていただきたい1本である。

ズームマイクロは意外に明るい

F値が4.5-5.6というと、暗いレンズだなぁという印象を持たれがちであるが、実際ズームマイクロで花の撮影をしていて、もっと明るければ......と感じることはあまりない。それはマクロ域では被写界深度を確保するため、F5.6くらいまで絞り込む場合が多いこともあるが、近距離の露出倍数に秘密があるのだ。AE全盛の今では忘れられようとしているが、レンズには、近距離を撮るためにフォーカスしてゆくと、次第に暗くなってゆくという性質がある。この暗くなり方を表すのが露出倍数だ。

全体繰り出しのレンズでは、撮影倍率1/2倍では2倍、等倍撮影では4倍の露出倍数がかかる。つまりF2.8のレンズであっても、等倍には4倍=2絞り暗くなるので実効F値は5.6になってしまうのである。ところがズームマイクロの場合、この露出倍数がどの距離でも1倍、つまり暗くならないのである。ズームマイクロと他のAFマイクロレンズの実効F値を比較した表を以下に示そう。確かに無限遠状態では1絞り以上の明るさの差があるが、1/3倍のマクロ常用域では2/3絞り程度の差に縮まっている。ズームマイクロはマクロ域では意外に明るいレンズなのだ。

表1.マイクロレンズの実効F値

AF Micro 60mm F2.8D AF Micro 105mm F2.8D AF Micro ED 200mm F4D AF Zoom-Micro ED 70-180mm F4.5-5.6D
70mm 85mm 105mm 135mm 180mm
無限遠 2.8 2.8 4.0 4.5 4.5 5.0 5.3 5.6
1/4x 3.2 3.3 4.2 4.5 4.5 5.0 5.3 5.6
1/3.2x 3.5 3.5 4.5 4.5 4.5 5.0 5.3 5.6
1/2x 4.0 3.8 4.8 - - - 5.3 5.6
1/1.32x 4.5 4.2 5.0 - - - - 5.6
1x 5.0 5.0 5.3 - - - - -
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