Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第十三夜 <New>Reflex-Nikkor 500mm F8

小さな巨人“レフレックスニッコール”
<New>Reflex-Nikkor 500mm F8

第十一夜で報道機関向けの大口径超望遠レンズ(「NIKKOR-H 300mm F2.8」)を取り上げたので、第十三夜では、超望遠レンズでもアマチュアフォトグラファーにも比較的身近な存在であろう「<New>レフレックスニッコール 500mm F8」についてお話します。
みなさんご存知の通り、レフレックス(反射(望遠))レンズの先祖は、天体観測用の反射式望遠鏡です。反射式望遠鏡の歴史は古く、ニュートン(Isaac NEWTON(1642~1727))、そしてカセグレン(Cassegrain JACQUES(1625~1712))らが活躍した17世紀後半に遡ります。本来、写真レンズを含む対物レンズは、レンズの屈折作用を用いて結像させます。しかし、焦点距離が長くなれば長くなるほど、レンズは巨大になり、また、特に色収差の補正も困難になります。この二つの問題点を解決するために、ミラー(鏡面)の反射作用を応用したのがレフレックスレンズなのです。

佐藤治夫

1、履歴と特徴

Nikkor 100cm F6.3とレフボックス

Fマウントに改めたReflex-NIKKOR 1000mm F6.3(昭和39(1964)年)

ニコン初のカメラ用レフレックスレンズは、「Nikon SP」や「Nikon F」が活躍していた昭和35(1960)年に遡ります。レンジファインダーカメラのSシリーズ用に「ニッコール 100cm F6.3」を商品化していたのです。このレンズは、Sシリーズには、レフボックスを介して使い、その前年の昭和34(1959)年に発売の一眼レフカメラ「Nikon F」にも、N-Fリングを介して装着できました。

Reflex-NIKKOR 500mm F8
φ93×135(先端からバヨネット基準面まで)mm、質量1,000g、最短撮影距離4m

<New>Reflex-Nikkor 500mm F8
φ89×109(先端からバヨネット基準面まで)mm、質量840g、最短撮影距離1.5m

そして「Nikon F」の時代にレフレックスレンズは進化を続け、手持ち撮影が可能といわれた大口径超望遠レンズ「レフレックスニッコール 500mm F5」(昭和36(1961)年)を開発しました。レフレックスニッコールは、更なる小型化そして超望遠化を進めて、「1000mm F11」(昭和41(1966)年)、「500mm F8」(昭和44(1969)年)、「2000mm F11」(昭和47(1972)年)と発展します。そして、アマチュアにとって最も使いやすい焦点距離域の超望遠レンズともいえる「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」が、更なる小型化とマクロ機能を兼ね備えて昭和59(1984)年4月に登場します。

日本の名設計者は一般に知られる事があまりありませんが、その足跡は報告書、開発履歴、パテント等によって辿る(たどる)事が出来ます。それでは「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」の開発履歴を遡って(さかのぼって)みましょう。光学系の設計者は、当時、光学部第一光学課に在籍されていた綱嶋輝義(つなしま てるよし)氏です。綱嶋氏は、以前、第九夜で御紹介した森征雄氏、第五夜で御紹介した清水義之氏と同じく、“オールド・ニッコール”全盛期を支えた設計者たちの一人です。

この「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」は、昭和57(1982)年8月に設計を完了し、後にアメリカそして日本でそれぞれ特許権を取得しています。そして、満を持して発売したのは、昭和59(1984)年の新芽の芽吹く春のことでした。このレンズは、小型・軽量で至近距離が1.5mと非常に短い事が評判を呼び、当時のレフレックスレンズブームに拍車をかけたのです。

私の知っている綱嶋さんは、親分肌で、細かい事は気にせずに目的に向かって邁進する豪快な方でした。今回、私はこのレフレックスレンズの光学設計報告書を紐解き、びっくり仰天しました。なんと、報告書は別の方の名前で提出されていたのです。「どういう事ですか?」と、本人にお尋ねしたところ、「面倒なので同僚に全て任せた」と言うお答え。

報告書は、自分の苦労して設計した業績を示す意味もあります。仮に、大学の研究者が苦労して成果を上げたとしましょう。その成果に対する論文発表を他人に、しかもその人の成果として発表させるでしょうか?しかし、綱嶋さんは、そんなちっぽけなことより、沢山のユーザーが待ち望む次の開発テーマに目が向いていたに違いないのです。そんな豪快な綱嶋さんも、数年前に定年を迎えられました。

また、綱嶋さんは、光学設計者としては比較的珍しく、光学設計を熟知した後、製造部門や品質管理部門等に異動され、それらの経験をも蓄積されて再び光学設計に従事された方でした。つまり、このレフレックスレンズは、自ら設計をおこない、自ら量産するために奮闘し、自ら品質を厳重に管理して世に送り出したものでした。綱嶋さんは、ご自分の設計されたレンズに、ユーザーに最も近づく工場出荷の寸前まで携わっておられたことになります。

2、レンズ構成と特徴

図1.<New>Reflex-Nikkor 500mm F8の断面図

左図2.主鏡に孔をあけない
右図3.綱嶋さんの選んだ解:主鏡に孔をあけて、屈折光学系を収める

少々難しいお話をしますがご容赦ください。まず、「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」の断面図をご覧ください。

まず、目に付くのは、レンズに蒸着した反射鏡(裏面鏡=斜線部分)でしょう。物体(被写体)から出た光線は、はじめに、第1レンズの遮光されていない周辺部分を通過します。次に、ドーナッツ状に孔の開いた凹面鏡(=主鏡と言います)で反射し、第1レンズの斜線部分の凸面鏡(=副鏡と言います)にて更に反射し、主鏡に開けた孔の中に収めている屈折系のレンズ群に入って結像するのです。

主鏡は凹面鏡ですから、凸レンズと同じ働きをします。そして、副鏡は凸面鏡なので、凹レンズの働きをします。したがって、ただ単に光線を 2回も折返す事によって小型にできるだけではなく、所謂(いわゆる)テレフォトタイプにして、ここで大きな望遠比をかけることが可能なのです。しかも、ミラーの反射作用からは色収差が発生しないのです。しかし、一見天下無敵かのように見えるレフレックスレンズにも、幾つかの問題点があります。

などです。

今一度、配置図をご覧ください。
「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」は、鏡筒の中に遮光のための立派な内蔵フードが 2つもついています。これらは迷光やゴースト・フレアの発生を抑制する工夫です。また、レフレックスレンズの主鏡には、図2.と図3.のようにふたつの設計的な解がありますが、図で明らかなように、図3.の解の方が優れています。図2.の案では、迷光がフィルム面に直接降り注ぎ、そのフレアによって画質を低下させる可能性が高いのです。しかし、主鏡の中心に精度良く大きな孔をあける作業はとても大変です。「良いものを作りたい!」という一心で、綱嶋さんは製造や品質管理部門に異動までされて奮闘・注力なさったのです。

3、描写特性とレンズ性能

「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」は、どのような描写をするのでしょう?収差特性と実写結果の両方から見ていきましょう。

若干アンダー気味の球面収差値、良く補正された色収差およびコマ収差から想像がつくように、センターから周辺まで良好なコントラストを持ち、色の分離が良く、力強い描写をします(ちなみに、現在販売している「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」は、新開発のマルチコーティング(SIC=スーパー・インテグレイテッド・コーティング)を採用しているので、更に抜けが良く、カラーバランスのより良いレンズに改良されています)。作例写真1.と2.は運動会の一シーンですが、手持ち撮影可能な小型・軽量の超望遠レンズはとても重宝します。また、このレンズの最大の特徴である、リング状のボケについても記述しなければなりません。私は自社・他社を問わず、各種レフレックスレンズを使ってきました。しかし、リング状のボケ形状が画面周辺部まで保たれるレンズは、唯一このレンズだけでした。(<補遺>「リング状のボケ形状について」参照)

作例写真1.そして2.をクリックして拡大表示して、背景の植え込みをご覧ください。植裁の手前に据えられた茶色い縁石の並びで、画面中心部から周辺部までのリング状のボケ形状を確認することができます(ちなみに、レフレックスレンズ特有のボケの描写は、植え込みのさらに後方の格子状フェンスに現れています)。
一般のレフレックスレンズでは、ビグネッティング(口径食)のために、周辺部分に行くに従ってボケが“◎”形状を保てずに、“c”形状(三日月状の形状)に欠けてしまいます。しかも、これが原因で、リングボケが画面の中心に対して同心円方向に流れているかの如くに写ってしまいます。たとえば、水面に光る光芒をぼかして撮影する場合、このようなボケでは見苦しい写真になることは容易に想像がつくでしょう。綱嶋さんのこだわりは、こんなところにも表れていました。

数ある写真撮影マニュアル書を開けば、レフレックスレンズの撮影テクニックとして、このリング状のボケ味を生かす方法が載っています。しかし、この<New>500mm F8に出会うまでの私は、その中途半端な“c”形のボケを利用することにずっと疑問を抱いていました。しかし、このレンズを使って、私の不満はすっきりと解決したのです。

<補遺>「リング状のボケ形状について」

某社レンズで撮った作例写真とその周辺部のボケ(後ボケ)

ボケは、周辺部分に行くに従って三日月状に欠けています。しかもボケが、画面の中心に対して同心円方向に流れるようにもみえます。

作例写真とその周辺部のボケ(前ボケ)

このレンズでは、リング状のボケ形状が画面周辺部の四隅まで保たれています。

作例写真とその周辺部のボケ(前ボケ)

反射望遠レンズは、前ピン状態では鏡筒長が(繰り出されて)長くなり、リング状のボケはケラれやすくなります。しかし、「<New>Reflex-Nikkor 500mm F8」の作例では、リング状のボケ形状は周辺部まで保たれており、ケラれが小さいことが分かります。

われらの綱嶋親分

我々は綱嶋さんのことを、親しみと敬意を込めて“綱嶋親分”と呼んでいました。まさしく、綱嶋さんは親分肌で後輩思いの方でした。綱嶋さんの豪快さは仕事上のことに留まりません。永年テニスを続けておられるスポーツ好きな綱嶋さんは、以前、第九夜で御紹介した森征雄さんに並ぶ酒豪でもありました。そんな綱嶋親分の宴会にまつわるエピソードをひとつ御紹介しましょう。

私が新人の頃のお話です。とある社員旅行の宴会で、我々の仲間(酒豪?)数名が車座になって飲んでいました。お酒のお銚子がどんどん空いていきます。宴会は盛りあがり、笑い声や歓声が響きます。とうとう全部のお銚子が空っぽになりました。そこで綱嶋親分は幹事の私に一声!「佐藤、酒がなくなったぞ!」。「は~い!」と言って、私は数本のビールを持っていきました。すると綱嶋親分は「佐藤、これは酒か?」。「はぁ??」と私。「これはビールっていう“飲みもん”だろぅ?」と綱嶋親分。さすが酒豪は違う!私は目から鱗が落ちました。私はこの阿吽(あうん)の呼吸が分からないと仲間には入れないのだと悟ったのです。