Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第十夜 AI Nikkor ED 180mm F2.8S

特殊低分散(ED)ガラスを採用した望遠レンズ
AI Nikkor ED 180mm F2.8S

第八夜の最後でお知らせした通り、第十夜は本格的望遠レンズ、「AI Nikkor ED 180mm F2.8S」をとりあげてみよう。

大下孝一

1、手の届くEDレンズ

AI Nikkor 180mm F2.8

AI Nikkor ED 180mm F2.8S

“180mm F2.8”というスペックのレンズは、昭和45(1970)年の札幌冬季プレ五輪のときに報道向けに限定発売され、その翌年の昭和46(1971)年に一般発売された「NIKKOR Auto 180mm F2.8」にはじまる。

180mmという焦点距離は、ニコンS用レンズとして1953年に発売された「NIKKOR-H 18cm F2.5」に源流があるわけであるが、このレンズはプリセット絞りで、手持ちで振り回して撮影するにはいささか大きく重いレンズであった。そこでこの「NIKKOR Auto 180mm F2.8」は、F値をF2.8と少し暗くし、また、レンズの全長を短縮できる変形エルノスタータイプを採用することによって、アタッチメントサイズがφ72mmに納まる一回り小型軽量なレンズとして誕生した。

光学設計を担当されたのは松井靖(まつい せい)氏である。松井氏は、F用交換レンズをはじめ、F2等のファインダー光学系、ニコノス用レンズなど実に幅広い方面で活躍された方で、この「NIKKOR Auto 180mm F2.8」は、氏のF用交換レンズデビュー作となるレンズである。このレンズは当時としては画期的な小型の大口径望遠レンズで、室内スポーツの写真や舞台撮影などに大活躍したという。

その後この「NIKKOR Auto 180mm F2.8」は、昭和51(1976)年に多層膜コート化され、その翌年の昭和52(1977)年には、AI方式の「AI Nikkor 180mm F2.8」にモデルチェンジされ、その後も小型で高性能な大口径望遠レンズとして愛用されている。

今回紹介する「AI Nikkor ED 180mm F2.8S」は、この「AI Nikkor 180mm F2.8」の後継レンズとして昭和56(1981)年に発売されたレンズである。光学設計は、松井氏が引き続き担当された。

“好評であった「NIKKOR Auto」~「AI Nikkor 180mm F2.8」の性能を、レンズの大きさを変えることなく一段と向上させること”。松井氏がこの命題に対して出した答えは、新しい5群5枚構成のレンズタイプと、特殊低分散ガラス(ED(Extra-low Dispersion)ガラス)の採用であった。EDガラスを採用して、一段とレンズ性能のアップを図ったこのレンズの発売は、ある意味画期的な出来事であったといえるだろう。その当時、EDガラスを採用したレンズといえば、ED300mm F2.8に代表される高価で重い大口径望遠レンズであり、一般の写真ファンが気軽に購入出来るようなレンズではなかった。それがこのレンズの登場によって、一気に身近な存在となったのである。

このレンズの発売当時まだ学生だった筆者は、ニコンのサービスステーションに行っては、誇らしげに金リングをまとった鏡筒を羨望のまなざしでながめていたものである。当時、天体写真を主に撮っていた筆者にとって、星雲星団のシャープな拡大写真が撮れるこのEDレンズは、手が届きそうで届かない憧れのレンズであった。そしてその後、筆者が日本光学工業(現在のニコン)に入社して初めて購入したレンズであり、思い出深いレンズのひとつである。

2、レンズの構成

図1.AI Nikkor ED 180mm F2.8S断面図

このレンズは、図1.のレンズ断面図に見られる通り、5群5枚構成の典型的なテレフォトタイプのレンズである。テレフォトタイプというのは、前群が凸レンズで後群が負レンズの構成になっているレンズのことである。このレンズの場合、前群が凸・凹・凸の3枚構成、後群が凹・凸の2枚構成で、一番先頭の凸レンズにEDガラスを用い、その次の凹レンズには、EDガラスと組み合わせたとき色収差を良好に補正できる硝材(ガラス材料)を組み合わせることによって、望遠レンズで問題となる軸上色収差を良好に補正している。

テレフォトタイプの特徴は、後群の凹レンズの作用によってレンズ全長を焦点距離よりも小さく出来ることであるが、反面、糸巻き型のディストーション(歪曲収差)が発生しやすいという欠点がある。そこでこのレンズでは、後群を凹レンズと凸レンズの2枚構成とし、最後の凸レンズの作用によって、この糸巻き型歪曲を打ち消すようになっている。またこのテレフォトタイプは、各レンズを薄いレンズで構成しても良好な収差補正ができるという特徴があり、それ以前の「NIKKOR Auto」~「AI Nikkor 180mm F2.8」に比べてレンズの軽量化が図られていることも特徴のひとつだろう。もちろんレンズの軽量化には、鏡筒設計者の努力も大きかったに違いない。色収差、コマ収差をはじめ、各収差が極めて良好に補正されたレンズで、欠点は見当たらない。開放絞りから安心して使える高性能レンズである。

レンズの描写

さて、このレンズの描写をみてみよう。

個人的な印象であるが、このレンズの描写を表すには「端正」という言葉が一番ぴったりくる。とにかく何を撮ってもあらが目立たず、被写体の細部を省略することなく、あるがままに捉えてくれる......。そんな印象である。

作例1.では早春ほころびはじめた梅の花を撮ってみた。梅の木は、枝ぶりが曲がりくねっており、枝に直接花がつくため背景の処理が難しい。180mmという望遠効果の高い焦点距離と、F2.8の大口径をあわせもつこのレンズは、このような樹木の撮影にはうってつけである。大きく美しいボケが、煩雑になりがちな背景や前景をうまく省略して、被写体を引き立ててくれるだろう。ピント面のシャープさに加え、ボケ像の美しさがこのレンズの大きな特長である。

作例2.は、オリオン座の中心部を撮った星の写真である。星は点光源であり、わずかなコマ収差や色収差が光源のまわりのフレアとなって目立つため、レンズにとって最も厳しい被写体といえるだろう。しかし、このような厳しい被写体であっても、開放絞りから使える高い性能をこのレンズは持っている。色収差による輝星のまわりの青色のフレアもわずかで、画面すみずみにわたって均質でシャープな星像が得られるだろう。そして1~2段絞り込めば、画像はさらに均質性を増してゆく。この作例でも、画面の均質性を高めるため1段絞り込んで撮影している。また、長年このレンズを愛用しているが、目立ったゴーストが発生した記憶はない。逆光時でも安心して撮影できるのも、このレンズの魅力のひとつだろう。

歴代180mm F2.8の描写の違い

さて、読者のみなさんの中には、歴代 180mm F2.8 の描写の違いに興味を持たれる方も多いのではないだろうか ? 私自身もそれほど比較をしたわけではないが、少しだけ個人的な印象を書いてみたい。

さすがに後継のEDレンズ2機種と比較すると、「NIKKOR Auto」はシャープ感がやや弱い印象を受ける。残存する色収差とコマ収差の影響で、被写体の輪郭をぼかしたようなややソフトな描写である。しかし、被写体によっては、このわずかなフレアが、湿った感じのいい雰囲気を醸(かも)すことがあり、“収差が少なくシャープなレンズが必ずしも良いとは限らない”ことを再認識するのである。一方、オートフォーカスレンズ「AI AF ED Nikkor 180mm F2.8D」(6群8枚)とマニュアルフォーカスの「AI ED Nikkor 180mm F2.8S」の2本のEDレンズは、周辺での画質の低下がほとんどわからないほど、極めて均質でシャープな画像を結ぶ。

とりわけオートフォーカスレンズ「AI AF ED Nikkor 180mm F2.8D」は、ニコン独自のIF方式(レンズ系を前・中間・後群に分割し、中間のレンズ群のみを移動させてピントを合わせる方式)を採用しているため、無限遠から至近距離まで均質かつシャープな画像で、さすがは最新設計である。マニュアルフォーカスの「AI ED Nikkor 180mm F2.8S」は、無限遠から中間距離の性能にすぐれており、とりわけ色のぬけが素晴らしい。

ボケ味は3本とも良好であるが、その味は微妙に異なっている。「NIKKOR Auto」は、残存する色収差の影響で、後ボケの縁が黄緑色に、前ボケの縁が赤紫色に色づく特徴がある。残存する色収差は、ピントの合った面だけではなく前後のボケ像にも影響を与えるのである。一方、「AI ED Nikkor」は、ボケの縁の色づきも軽微で、なめらかなボケ味である。

これはオートフォーカスレンズ「AI AF ED Nikkor」も同様で、条件によってはどちらのレンズで撮ったのかわからなくなるほどそっくりなことがある。違いをあげるとすれば、「AI」レンズは、ピント面から前ボケへのつながりのボケがやや硬く、逆に「AI AF」レンズは、ピント面直後の後ボケがやや硬い印象があることだろうか。もちろんレンズの描写の違いは奥が深く、被写体や撮影条件によっては私の感想とは全く違った印象を持たれる方もいらっしゃるに違いない。複数のレンズを所有されている方は、ぜひご自身の目で違いを確かめていただきたい。所有するレンズの描写の特徴を発見し、被写体や撮影条件を考えることも、写真やカメラの楽しみの一つではないだろうか。