Nikon Imaging
Japan
At the heart of the image.

第五夜 AI Nikkor 105mm F2.5

ベストセラー中望遠レンズ
AI Nikkor 105mm F2.5

第五夜は、Fマウント用交換レンズ、「AI Nikkor 105mm F2.5」を取り上げます。
「ニッコール105mm」の歴史は古く、S型カメラ用およびライカスクリューマウント用にまで遡ります。

佐藤治夫

図1.NIKKOR-P 10.5cm F2.5レンズ断面図

はじめの「NIKKOR-P 10.5cm F2.5」は昭和24(1949)年に脇本善司氏によって設計され、昭和29(1954)年に発売されました。当時、100mmクラスの中でもっとも明るいレンズでした。この中望遠レンズは、昭和23(1948)年に発売されていた「NIKKOR-P 8.5cm F2」と人気を二分し、ベストセラーレンズとなっていきます。

設計当初から高い光学性能を有したこのレンズは、「Nikon F」の時代になっても光学系はそのまま流用されました。当初の設計はゾナータイプの光学系(3群5枚)でした。レンズ断面図(<図1.>)に示すように、3枚張り合わせたレンズを含むその重厚なレンズは、外観から受ける印象そのままにシャープで力強い描写特性を持っていました。1970年代まで約17年近くもこの光学系は生き続けました。非常に長命だった理由は、開発時の的を得たコンセプトと優秀な光学設計の成果と言えるでしょう。

AI Nikkor 105mm f/2.5

昭和46(1971)年、このベストセラーレンズは根本的なレンズタイプの変更を伴なう新設計で、「Nikkor Auto 105mm F2.5」として世に出ます。光学設計は清水義之氏によるものです。清水氏は脇本氏の設計技術をもっとも吸収した愛(まな)弟子の一人です。「ニッコールオート」時代のレンズから「AI Nikkor」に至るまで、数多くのレンズが氏の設計によるものです。氏はカメラ用レンズ以外にも顕微鏡の対物レンズなど、広範囲にわたる光学設計上の偉業を成し遂げました。氏は最近まで実務をおこない、現在でも教育者として時々出社されています。私も新人時代から最近まで、氏に色々なことを教わりました。氏は日本光学工業~ニコンの中で最も実務経験の長いかたの一人だと思います。

氏の「105mm F2.5」の最終設計完了は昭和41(1966)年の冬でした。この設計案が「ニッコールオート」、「ニュー・ニッコール」、「AI Nikkor」、「AI-S Nikkor」と四世代にもわたるベストセラー中望遠レンズの源流です。今も販売を続けている「AI Nikkor 105mm F2.5S」は驚くべきことに基本設計不変で約30年の販売期間を越えようとしています。時代は残り半年で21世紀を迎えようとしています。約30年の長い歳月を経ても基本設計を変える必要が無かったことに、このレンズの優れた潜在能力が感じられます。

1、レンズ構成と特徴

図2.AI Nikkor 105mm F2.5S

「AI Nikkor 105mm F2.5」レンズの断面図(<図2.>)をご覧ください。このレンズは非対称成分の多いゾナータイプではなく、厚肉凸レンズを含む対称型のクセノタータイプを基本としています(4群5枚)。構成は向かって左側から凸レンズ、非常に厚肉な凸レンズと凹レンズの接合レンズと続き、絞りに続いて凹レンズ、凸レンズと配置されています。ゾナータイプの旧レンズに比較して、周辺光量、球面収差、コマ収差が改善され、近距離収差変動も改善されています。特記すべき改良点はボケ味の美しさと、線が細くかつ階調豊かな描写特性です。クセノタータイプの選択と最適な収差補正の実現が、ポートレートに最適なレンズに熟成させたのです。

さて、ちょっと余談になりますが、「ニッコールオート」全盛期のことです。ニッコールレンズ群の一本に、群を抜いてシャープに解像する反面、ボケ味はあまり良くないレンズがありました。発言者の声が大きかったことも仇(あだ)になって、特に国内ではそのレンズだけでなく他の「ニッコールオート」にまでもおしなべて「ニッコールはボケ味が悪い」というレッテルが貼られてしまいました。しかし、この「Nikkor 105mm F2.5」のように、ボケ味、階調、描写性を重視し、ポートレートを意識したレンズが同時代に存在していたことも事実なのです。

また、驚くべきことに新旧両レンズは、前玉径と後玉径の大きさの違いはあるものの、長さや太さがほぼ同じに保たれています。したがって、鏡筒に収められた状態では、外観上区別をつけ難いと思います。この時代のニッコールには再設計時に、慣れ親しんだ外観、大きさ、操作感等を変更せずに光学設計部分だけ改良新設計をおこなっているものが多数ありました。ただでさえ性能向上するのが難しい上に、全長や径の厳格な制約条件が課せられ光学設計者としてはかなり厳しいものであったに違いありません。

2、描写特性とレンズ性能

「AI Nikkor 105mm F2.5」はどんな描写をするのでしょう?前にも書いた通り、評価については個人的な主観的なものです。参考意見程度にご覧頂ければ幸いです。

このレンズは前記の通り、対称型の特徴を持ち備えています。中でも歪曲(ディストーション)は非常に小さく抑えられています。また、周辺まで像面が平坦で、非点収差も極めて少ないという特徴を持っています。また球面収差の形状とコマ収差の形状が特徴的です。基本的に近距離収差変動は少ないのですが、ポートレート撮影領域から近距離においては各収差が若干補正不足の傾向になります。特に球面収差の補正不足の傾向は、より背景のボケ味が良好になる傾向を示しています。ポートレートを意識し、そこまで周到に計算された収差バランスになっているのです。絞り開放ではコントラストが適度に高く、かつ柔らかい描写特性を持っています。

<作例1.>から<作例4.>は、絞り・開放F2.5で撮影したものです。

<作例1.>と<作例2.>は、比較的遠景に近い作例です。

<作例1.>では、あえて、半逆光で木洩れ日を背景に入れ、所謂(いわゆる)二線ボケとゴースト、フレアによる性能低下が最も発生しやすい悪条件で撮影しました。見ると、ピントの合っている面のシャープネスは高く光学的フレアもありません。目立ったゴースト、フレアも確認できません。また、特記すべきはボケ味が良いことです。これだけの悪条件でも二線ボケが発生していませんし、背景の階調が非常になだらかです。

<作例3.>と<作例4.>は、近距離撮影時の作例です。

<作例3.>では、太陽光がレンズに直接差し込む最悪の条件にもかかわらず、フレアによる画質低下は非常に少ない事が分かります。また、階調が豊かな上、ボケ味も美しいことが理解できます。ピント面はシャープな中に柔らかさがあり、線の細い描写をしています。光学的な収差補正上の特性もさることながら、改めてコーティングの良さが感じ取れます。

なお、現在販売している「AI Nikkor 105mm F2.5S」は新開発のマルチコーティング(SIC=スーパー・インテグレイテッド・コーティング)を採用しているので、更に抜けが良く、カラーバランスの良いレンズに改良されています。
次に各絞り値ごとの描写特性を簡単に述べたいと思います。

F2.5~4の描写は前記の通りです。若干書き加えるなら、ビグネッティングが少ない事と、中心から周辺まで非常に均一な光学性能を有していることです。ポートレートには、f/2.8~4ぐらいの描写が適していると思います。
f/5.6~8においては、更に鮮鋭度が増し、全面均一で良好な描写性能が得られます。野外のスナップ、風景写真に適した描写が得られると思います。

f/11~22も同様の傾向です。ここまで絞ると若干コントラストの強い写真になる傾向があります。

清水義之という人

普段の清水さんは釣りと麻雀を愛する方です。エピソードをひとつ紹介しましょう。

私が新人の頃、部内麻雀大会(非公式行事)と言うものがありました。その時、清水さんの別の一面に目をみはりました。それはもう、鮮やかな手さばきで、びっくりしたものです。他の先輩に、「優秀な光学設計者は麻雀がうまい。天才的な閃き(ひらめき)と、客観的な洞察力が必要なんだ」と言われて妙に納得したものでした。

また、後日伺ってみると、またびっくり。私が学生時代に愛用していた「ニッコール」レンズのほとんどが、清水さんの設計だったんです。苦労話と収差的特徴等を随分教えていただきました。また、幾何光学に関する質問をすると、ごそごそと古ぼけたノートを出してきて、「私も同じような疑問を持ったことがあって解いてみたんだ、ほら」とほとんどフォローしている......これが部内で有名だった「清水ノート」でした。ツールの無い時代を経験された方は、非常に基礎がしっかりしていると思います。この苦労して身に付けた知識があったから、数々の「ニッコール」が生まれたのでしょう。