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第二夜 AI Nikkor 50mm F2

普及型の標準レンズ
AI Nikkor 50mm F2

近年の標準ズームのめざましい発展によって、いささか影の薄くなった 50mmレンズであるが、35mm(135)判カメラの標準レンズといえば今も昔も50mmであることに変わりはない。
今回はその標準レンズの中から、比較的地味な存在であった普及型の標準レンズ、「AI Nikkor 50mm F2」をとりあげてみたい。

大下孝一

1、50mm F2のレンズ構成の変遷

オールドニッコールファンならご存じのことと思うが、「Nikon F」用として最初に登場した標準レンズは、「Nikkor-S Auto 5cm F2」であった。まず最初に、「Nikon F」発売からの50mm F2レンズの変遷について簡単に述べておこう。

Nikkor-S Auto 5cm F2(昭和34(1959)年6月発売)

Nikkor-S 5cm F2レンズ断面図

最初に「Nikon F」の標準レンズとして登場したこのレンズは、4群6枚のガウスタイプの前側に度の弱い凹レンズを配置した、いわばレトロフォーカスタイプの7枚構成のレンズであった(<図1.>参照)。
ご存じのように、一眼レフカメラ用レンズは、クイックリターンミラーと干渉しないように長いバックフォーカスが必要であり、大口径で短い焦点距離のレンズほど設計が困難になる。そのため当時の一眼レフ用標準レンズは、焦点距離をほんの少し長くした55mmや58mmが一般的であった。そこをあえてレンズ枚数を増やしたレンズタイプを採用したところに、当時の設計者の苦労と、50mmという焦点距離に対する良い意味でのこだわりが感じられるレンズである。

Nikkor-H Auto 50mm F2(昭和39(1964)年1月発売)

Nikkor-H AUTO 50mm F2レンズ断面図

「Nikkor-S」から5年後に発売されたこのレンズでは、光学系の構成を一新し、4群6枚のオーソドックスなガウスタイプの光学系に変更している(<図2.>参照)。光学設計技術の進歩によって、ガウスタイプの光学系でも、十分なバックフォーカスを確保した50mmレンズの設計が可能になったためである。

Nikkor-HC Auto 50mm F2(昭和47(1972)年12月発売)

「Nikkor-H」の光学系はそのままに、コーティングを多層膜化したものである。

Nikkor 50mm F2(昭和49(1974)年11月発売)

従来の銀と黒のツートンカラーから、黒を基調とした外観に変更したいわゆる“<New>ニッコール”である。外観変更と同時に至近距離を従来の0.6メートルから0.45メートルに変更したため、この光学系の持ち味の一つである近接撮影能力が向上している。

AI Nikkor 50mm F2(昭和52(1977)年3月発売)

「Nikon F2 Photomic A」や「Nikon EL2」、「Nikomat FT3」といった、露出計の連動方式を AI 方式(開放F値自動補正方式)に変更したボディあるいはフォトミックAファインダーの発売と同時に、光学系の構成はそのままにAI方式に変更したレンズである。

このレンズの発売の翌年の昭和53(1978)年に、開放F値を少し明るくした「AI Nikkor 50mm F1.8」を発売したことにより、「AI Nikkor 50mm F2」は普及価格の標準レンズとしての役目を終え、昭和54(1979)年1月に生産を終了した。ちなみに、「Nikon EM」の日本国内発売に合わせてレンズを薄型化した「AI Nikkor 50mm F1.8S」を発売したのは、さらにその翌年の昭和55(1980)年のことである。

このように50mm F2のレンズは、レンズの構成から、5群7枚構成の「Nikkor-S Auto 50mm F2」と、4群6枚構成のそれ以降というふうに大別して分類でき、「AI Nikkor 50mm F2」は、4群6枚構成の最後のモデルということになる。

2、AI Nikkor 50mm F2のレンズ性能

AI Nikkor 50mm F2

次にこの「AI Nikkor 50mm F2」の、設計上の特徴や光学性能について述べてみたい。
さきほど説明した通り、このレンズは4群6枚のオーソドックスなガウスタイプを採用している。

ガウスタイプというのは<図2.>に示されるように、絞りの前後に、絞りに対して凹面を向けた接合レンズと凸レンズを対称的に配置したレンズのことで、大口径の標準レンズや中望遠レンズに広く使われているレンズタイプである。このガウスタイプの特徴は、大口径レンズで発生しがちな色収差と球面収差の補正が良好であることで、このレンズにおいてもその優れた特徴が生かされ、色収差が良好に補正されている。

またこのレンズは、高屈折率低分散ガラスを積極的に用いることによって、従来の「Nikkor-S」に比べて像面の平坦性が一層向上していることも特徴のひとつである。さらに、近接撮影時の性能の劣化が少ないことも特筆すべきで、最至近(0.45m)においても良好な性能を維持するのはもちろん、ベローズや中間リングを用いたクローズアップ撮影においても威力を発揮することだろう。

またF2と明るさに無理がないことから、コマ収差の補正も素直で、大口径レンズにありがちなサジタルコマフレア(画面周辺部で点像が鳥の羽根を広げたような像になる収差)も比較的少なく、2段絞り込むことによって画面周辺部にいたるまでコントラストの高い切れのよい描写が得られる。

ただし、このレンズの後継機種の「AI Nikkor 50mm F1.8」をさらに改良した「AI Nikkor 50mm F1.8S」に比べると、球面収差が若干大きく、そのため開放絞りでの像コントラストはやや低めである。しかしこれはこのレンズの特徴の一つであって、一概に欠点とは言えないだろう。というのも、このレンズは球面収差と周辺のコマフレアの残存量のバランスが絶妙なため、優れた像面の平坦性とあいまって、開放絞りから全画面均こと画面の均質性においては、優れたレンズの多い標準レンズの中でもトップクラスといってよいと思う。

このように、欠点が少なく、最新設計のレンズと比べても見劣りしない良好な性能を持つレンズである。強いて欠点を挙げるとすれば、わずかにタル型の歪曲(ディストーション)があることであろうか。もちろん普通に撮っている分には全く気にならない量であるが、建物の撮影や複写などの用途では少し気になることがあるかもしれない。ひとつ前のモデルである「Nikkor-S Auto 50mm F2」と、前述した「AI Nikkor 50mm F1.8S」では、ディストーションがほぼゼロと言えるほど良好に補正されていることと比較すると、少し残念なところではある。

3、AI Nikkor 50mm F2の描写特性

では、このレンズは実際どのような写りをするのだろうか?

このレンズの描写について、筆者の拙い(つたない)経験から書いてみたいと思う。ただし、レンズの味や描写に関しては、個人の好みに左右されるところが多いため、あくまで私個人の主観であることをお断りしておきたい。さて、このレンズの特徴は、F2開放絞りでは独特の線の細い柔らかな描写、f/4~5.6に絞り込めば高いコントラストとかっちりとした描写といったぐあいに、絞り値によって描写性が大きく変化することであろう。

このレンズをお持ちの方は、ぜひ一度開放から1段づつ絞っていって、夜景などフレアが目立ちやすい被写体を撮影してみていただきたい。F2開放絞りでは、全面にわたって光源のまわりをフレアがとりまき、ベールのかかったような幻想的な描写である。しかも、画面の四隅を除いてフレアの形の崩れが少なく、ほぼ均質にフレアがとりまいており、フレアの芯が小さくしっかりしている。それが開放絞りでの、線の細い柔らかな描写につながっているのである。f/2.8に絞ると、中心部のフレアは少なくなるが、周辺部にはまだフレアが残る。f/4~5.6に絞り込むとフレアは完全に消え、四隅にいたるまで鋭い描写が得られる。

絞りは通常、露出、ボケ、そして被写界深度をコントロールするために調節するものであるが、絞り値による描写性の変化も頭の片隅に入れながら撮影すると、このレンズの特徴を一層引き出すことができるだろう。ご自身で好みの描写の得られる絞り値を見つけていただければ幸いである。筆者自身は開放絞りかf/4~5.6で撮影することが多い。ただ、開放絞りでは、背景のボケが硬くなったり、2線ボケが出る場合があるので、背景の処理に注意が必要である。

<作例1.>は、サザンカの花を至近距離(0.45メートル)で開放絞りで撮影したものである。サザンカの葉は光沢があり、しかもエッジがギザギザしているため、うるさいボケになりやすい。逆に、前側のボケは柔らかく非常に美しいのがおわかりいただけるかと思う。

また、このレンズはAIレンズとしては珍しい6枚羽根絞りのレンズでもある。そのため、絞り込んだ時にボケ像が6角形になり、夜景などで明るい点像が写り込むと、点像のまわりに6本の光芒(こうぼう)が出来るという特徴がある。後年のニッコールレンズでは、この光芒と、それによる解像力の低下を嫌って絞り羽根を奇数枚にするわけであるが、この光芒を積極的に作画に生かしてみるのも一興であろう。

<作例2.>は、フレアを抑えるためf/4まで絞り込んで撮影したイルミネーションである。モニター画面ではわかりづらいかもしれないが、電球ひとつひとつに6本の光芒が出て、イルミネーションの雰囲気を盛り上げている。

「50mmレンズは、広角的にも望遠的にも使える万能レンズである」と写真の入門書には決まって書いてあったものである。しかし万能レンズであるがゆえに、中途半端で使いこなしが難しいレンズであるといわれることもある。優れた標準ズームレンズが次々と開発されている今日、「Nikkor Auto」の時代から比べると50mmレンズの必要性が低下してきていることは事実であろう。

しかし50mmレンズは、優れた描写性能と、ズームレンズには真似できない明るさを持っている。ずっと標準ズームばかりを使っていた人が、はじめて50mmレンズで写真を撮ってみると、まずファインダー像の明るさとクリアさに驚き、さらに撮った写真のシャープさと、大口径レンズ独特の立体感のある描写に、自分の写真が上手くなったような感覚を覚えるというのもよく耳にする話である。暗いところでの撮影に威力を発揮するのはもちろん、家族の記念写真やポートレートといった用途では、親密な距離感の出る50mmレンズは最適であろう。
筆者は、50mmレンズを“短めの中望遠レンズ”と考えて使うことが多い。万能的につかってやろうとすると使いこなしの難しいレンズかもしれないが、交換レンズの1本として考えればまだまだ用途の広いレンズなのではないだろうか。本稿が、そんな標準レンズのよさを再認識するきっかけになれば幸いである。

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