- 講師:鷲見法泰
春の訪れを告げる花
スプリング・エフェメラルに会いに行く
冬と春が綱引きをしているような3月初旬、埼玉県秩父郡小鹿野町の山林ではセツブンソウが咲き始め、フクジュソウは花の盛りを迎えていました。
落葉広葉樹の下で春の訪れに先駆けて咲くこの2つの花は「スプリング・エフェメラル」と呼ばれます。「早春植物」や「春のはかない命」という意味のこれらの花が咲くと、長かった冬もそろそろ終わりです。心躍る春は、もうそこまで来ていますよ。
今回は、鷲見法泰先生の案内で“花の町”小鹿野町でスプリング・エフェメラルの撮影を楽しみました。奥秩父の山路を行く花巡りの旅の記録を、皆さまもお楽しみください!
「春の妖精」とも呼ばれるスプリング・エフェメラルの植物群は、温帯の落葉広葉樹の林床で生育します。大きく分けると、4つの姿になります
スプリング・エフェメラルとは、土の中でひっそりと過ごす時間が長い植物なのですね。
色の乏しい雪解けの頃に咲く可憐な花が多く、有名なのはカタクリです。ほかにどんな花があるのか、写真で紹介しましょう。
- カタクリ
- セツブンソウ(キンポウゲ科)
- フクジュソウ(キンポウゲ科)
- ユキワリソウ(サクラソウ科)
- ショウジョウバカマ(ユリ科)
- イチリンソウ(キンポウゲ科)
- キクザキイチゲ(キンポウゲ科)
早春の小鹿野町の見どころといえば「節分草園」(面積5000㎡)でしょう。撮影時、セツブンソウは3分咲きというところでしたが、満開時には園内がうっすらと雪を被ったようになる群生地です。
ここは昭和30年頃までは桑畑だった山の斜面です。養蚕業が衰退して畑が放置されると、自然にケヤキやフサザクラ、カツラ、モミジなどの落葉広葉樹が根づき、やがてセツブンソウが自生してきたのだそうです。今では日本有数のセツブンソウの自生地として名をはせています。
どうしてこんなにすばらしい場所になったのでしょうか。鷲見先生に教えていただきましょう。
- 「ここで撮影するのが、早春の私の楽しみです」
- 「こんなに小さい花ですよ」
- 寄り添うように咲く
- 突然変異を見つけた!
- 大きく開いて受粉のチャンスを待つ
鷲見先生: |
秩父は石灰岩地で、セツブンソウが好む土壌なのです。おまけに、落葉広葉樹の落ち葉がたっぷりと積もっていますので、養分も充分あります。ですから、飛んできた種がうまく根づいたのでしょう。節分草園は北斜面でほぼ半日は日が差し込み、セツブンソウの嫌いな西日は当たりません。夏には繁った葉が厳しい太陽光線を防いでくれます。こうした好条件が重なって、これほど増えたのでしょうね。
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なるほど。絶滅が危惧されている植物ですから、ここは貴重な自生地ですね。 セツブンソウは初めて見ましたが、直径2cmほどと大変小さな白花ですね。うつむくように咲いていて、人の心を惹きつける風情をたたえています。 |
鷲見先生: |
じつは、白い花びらに見える部分はガク片なのです。花びらは花芯周辺に見える小さな黄色の部分です。退化して蜜槽(蜜腺)となりました。春早い時期、ほかの花に先駆けて咲く花には黄色が多いですね。それは虫を呼びやすい色だからなのです。セツブンソウの蜜槽もまさにそれを狙っています。 セツブンソウの面白いところは、2種類の受粉作用(受粉形態)を持つところです。蜜槽が花蜜を分泌してハチを呼ぶ虫媒花でもあり、花粉を飛ばして受粉する風媒花でもあるのです。まだ寒い時期なので虫はそう多くありませんし、あまり活発に活動しません。だから、生存をかけたチャンスを最大限生かせる生態を作ってきたのでしょうね。 |
2つのチャンスを生かして、子孫を増やしていく作戦なのですね。“森の妖精”の仕組みは巧妙にできています。自生地がどんどん広がっていくといいですね。
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セツブンソウは種が落ちて花が咲くまで4年掛かります。写真の小さな葉は種が落ちて球根(塊茎)を作って2年目、少し大きな葉は3年目です。そして、3年目にやっと花を付けます。
この大きな花は10年ほど経ったものです。それでも背丈は10cmにもなりません。球根の大きさも小豆粒ほどです。
ですから、このような大群生地ができるまでは相当の年数が掛かるということです。大切に守っていかなくては、と思います。
- 種が落ちて、翌年に球根となって芽を出す
- 実験にあたって、まずは外気温を測定
小鹿野町の四阿屋山(あずまやさん)には5000株のフクジュソウが咲く福寿草園があります。撮影時にはちょうど見頃を迎えていました。
フクジュソウはお正月に登場するおめでたい花として知られています。花の姿は皆さまよくご存じだと思います。でも、この花の授粉のための興味深い仕掛けはご存じですか。
早速、鷲見先生に教えていただきましょう。
鷲見先生: |
フクジュソウは虫媒花なのに、蜜槽はありません。では、どうやって虫を呼ぶのでしょうか。この花は中心部を外気温よりも高くして、虫が暖まりに来る“休憩所”のような場所にしているのです。 花びらを見てください。ろう質でてかっていますね。そのてかりが反射板のような役割を果たして、花のカップの中に効率よく光を集めて温度を上げるのです。よく晴れた日には、外気温よりも5℃~10℃程度高くなりますよ。 温度計を使って実験してみましょう。今日は残念ながら薄曇りで外気温は17.1℃です。でも、カップの中は19.8℃まで上がっています。差は2.7℃。その気温差で、ハナアブなどの虫を集めているのですね。春に先駆けて咲く花ならではの仕掛けです。 |
まだまだ虫が少ない時期なので、花の中を暖めて虫をおびき寄せているわけですね。やりますねえ。 ところで、到着したときには開いている花は少なかったですが、時間が経つにつれて開いている花の数が増えてきたように感じます。 |
鷲見先生: |
はい、フクジュソウが傾熱性だからです。太陽光を浴びて気温が上がると、花が開いていくのです。夕方になって気温が下がると、また閉じてしまいます。花が終わるまで、これを繰り返しているのです。 これも実験できますよ。よく晴れた日に、開いている花に当たっている光をさえぎって温度を下げます。花がどう変化するのか、観察すると楽しいと思います。 |
フクジュソウは傾光性だとばかり思っていました。面白そうな実験ですね。皆さまもやってみてはいかがでしょうか。
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- 反射板のような花弁で中心部を暖め、虫を呼ぶ
- 外気温は17.1℃
- 日射しは弱くても花の中は19.8℃
- 突然変異でできた「秩父紅」。橙赤色が美しい
落葉広葉樹の下に咲くフクジュソウというイメージがあり、庭に植えるときにもそのようにと考えがちです。そうすると、どうしても庭の奥の目立たない場所に植えることになってしまいます。
発想を変えて、必ず目に止まるアプローチやリビングから良く見える落葉樹の下あたりに植えてみませんか。なるべく、夏は日陰になる日当たりの良い場所を選んでください。
周囲に色の少ない時期だけに、フクジュソウのカナリア色がポンと目立ちます。冬から春への季節の変わり目の庭を楽しむ方法の一つとして、お勧めしたいですね。
- みごとな群生地を撮影中
- 冬ざれの山肌を飾る“春の使者”フクジュソウ
- 福と寿の草。これが庭の目立つ場所に咲いたらうれしい
撮影協力:小鹿野町役場 〒368-0192 埼玉県秩父郡小鹿野町小鹿野89番地
- 「花びらの精巧な造りまでくっきりしています」
長かった冬が終わると、庭や野山では様々な花がリレーしながら咲いてゆきます。トップを走る早春の花の多くは小さいのに、のぞき込むと造りが繊細で驚かされることもしばしば。記録せずにはいられません。
そこで今回は、D5100とNikon1で早春の花の接写を楽しみました。アングルや距離感をちょっと変えるだけで、花は趣の違う表情を見せてくれます。
皆さまも、花々のささやきに耳を傾けながら接写を楽しんでみてはいかがでしょうか。
軽くて山などの風景を撮るのに最適な薄型単焦点レンズ1 NIKKOR 10mm f/2.8で接写にトライしました。花を観察するようにグッと近づきましょう。20cmくらいまで寄って撮影できますよ。
- 「予想以上に寄れますね。びっくりしました」
- 「バリアングル液晶モニターは便利ですね」
うつむいて咲くスプリング・エフェメラルの撮影ではD5100が本領発揮! 自由に撮影アングルを変えられるバリアングル液晶モニターを使って、楽な姿勢でローアングルの接写を楽しみました。ちょうど満開になっていた梅やロウバイの枝を見上げての撮影ならハイアングルで。
使用したマイクロレンズはAF-S DX Micro NIKKOR 40mm f/2.8GとAF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VRです。マイクロレンズならではの表現力をご覧ください。