静かに変わり続けるレンズ 10数年の進化を設計者が語る

- 時おり、身ぶりを交えながら熱心に語る。
山崎さんは、レンズ設計に携わりはじめて10数年とのことですが、この間、レンズ設計にはどんな進化がありましたか?
「レンズは製品としてそう見た目が変わるものではないですが、設計側としてはかなりの進化を感じています。
ひとつめは、光学性能がたいへん向上したことです。それは、設計に使用するコンピューターの計算能力の進化によるところが大きいですね。あらゆる角度からのシミュレーションが可能になりましたので、精度の高い設計ができるようになったのです。
二つめは、非球面レンズの生産技術が飛躍的に進歩したことです。AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8Gでは使っていませんが、広角系、標準系のレンズでは、球面レンズでは実現できなかったスペックや性能が実現できるようになりました。
」
なるほど。確かにそれは光学性能の向上に結びつきますね。
「三つめは、コーティング技術が進歩したことがあります。
レンズに使われているガラスは、ただみがいているだけでなく、必要に応じてコーティングをかけているのをご存じでしょうか? レンズのガラスが光に反射して、緑や紫に見えることがありますよね。これはレンズ表面にかけられたコーティングのためです。このコーティングによって、面の反射率をおさえたり、不要な色を抑えたりしているのですが、このコーティング技術がここ10年でかなり向上しているんです。
また、メカニカルな面では素材の進化も見逃せないと思います。たとえばAF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8Gの素材にはマグネシウム合金を使っていますが、マグネシウムは燃えやすい素材なので、かつては加工が難しかったんですよ。でもいまは加工技術が進歩して、昔は高嶺の花だった素材が、レンズの鏡筒にまで使えるようになりました。設計者にとっては本当にうれしいことですね」
今までは夢のようだった材料が使えるわけですものね。
強度実験は何度もコンピュータでシミュレート 「撮影に集中できるレンズにどんどん進化しています」

- レンズのことを話すときに、うっかり
レンズを「この人はねえ…」と言って
しまう場面も。「設計では、だいたい
レンズ指すときって“この人”って
言っちゃうんですよ」と照れくさそう
に話す。開発者のレンズへの愛情
が感じられる。
「設計ツールも格段に進歩しているので、シミュレーションをする際に大いに役立っています」
設計段階でのシミュレーションというと?
「例えば、強度のテストでは、とりあえず試作品を作ってみてテストをしたが壊れちゃった、では無駄が多いわけです。ある程度は“ここを強くしておかなくちゃ”という見通しをつけて対策をしておかなくてはなりません。
昔はそれを経験に頼らざるを得なかったのですが、今はこれまでの豊富な経験に加え、設計段階から強度実験をコンピュータ上でシミュレートできるので、作業がずっと効率的になりました。よりよいレンズを設計段階から欲張って考えられるわけです。
だからこいつ(AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8G)も、シミュレーションのなかで何度もテストされています。もちろん、製品が出来てからのテストも十分に行っています」
マイコンの進化はどうですか?
「そう。マイコンのチップの容量も大きくなって処理能力があがっていますから、それに対応した設計ができるようになっているんですよ。だから、レンズの駆動も細かい単位でできるし、微少な制御もできるようになっています」
レンズはやはり精密機械なんですね。しかも、数十年前には考えられなかった技術もふんだんに使われていますね。
「そうですね。やはり、AFレンズはいいですよ。もちろんMFレンズもおもしろいんですが、やっぱり写真には“あっ、間違えちゃった!”では済まされないときがあるでしょう。そんなときにAFレンズは力強い味方ですよね。ピントがきちんと正しい位置にくれば、あとはシャッタースピードとF値ですから、それは撮影者が自分の意図で設定して楽しめます。撮ることに集中して、ピントはレンズに任せちゃおう、ちょっとくらい手ぶれしてもレンズがカバーしてくれる、そういうふうに今はレンズが変わってきていると思いますね」
レンズ設計者の飽くなき追求 「AFの予測駆動をもっとよくしたいです」

- 新製品AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8Gは、
静音設計超音波モーター、EDレンズ、VR機能搭載、
しかもかなり明るめの望遠系ズームレンズ。プロユース
にも適切な1本だ。
山崎さんが仕事で楽しいと感じるのはどんなことですか?
「うーん。全部楽しいですよ(笑)。
でも、何度やってもおもしろいのは、レンズ生産の前の段階で、技術者と設計の検討をしなおすときでしょうか。
レンズの設計には本当に多くの人が関わっています。いちばんたいへんな作業を担当するのは、実は設計者じゃなくって、現場でレンズ部品を組む人たちじゃないかなと僕は思っています。
AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8Gの場合、部品数がとても多いのです。今回はレンズのコンパクトさも心掛けましたから、電気素子やマイコンも、けっこうみっちり入っています。もちろんユニットごとの検査も厳密ですし、調整工程もたくさんありますから、組み立てる人は本当にたいへんです。
製品を実際に生産するためには、部品を組み立てる工程を考えなくてはいけないわけですね。そこで技術課の人が、私達の書いた設計図を見て、“ここは機能不足”とか“この設計ではここが弱い”とかを指摘してくれるんです。そうすることで、よりよいレンズ、また組み立てがしやすいレンズに改善されていきます。そうすると、本当にだんだんレンズがよくなってくるんですよ。これは絶対にひとりではできない作業ですね。いろいろな人が集まって、製品をばらしたり組んだりしながら考えるのですが、これは何度やってもおもしろいんです」
これから先、どんなレンズを作りたいですか?
「AFの予測駆動をもっと充実させたレンズが作りたいですね。
たとえば、サーキット場などでレーシングカーを撮るとします。AF-S VR Zoom Nikkor ED 70-200mm F2.8Gの場合、走ってくる車にピントを合わせると、レンズ自身が被写体との距離を計測して、何秒かあとにはどのくらいの位置に移動するかをある程度予測しているんです。被写体にピントを合わせ続けることを予測駆動フォーカスといいますが、実は被写体の動きをある程度の予測をしたうえで追尾しているんですね」
なるほど。
「では、例えばサッカー選手を撮影する場合はどうでしょうか。車の場合はある程度次の動きが予測ができますが、選手の動きはまったく予測がつかないですよね。右に行ったかと思うと左に行ったり、立ち止まったり走ったり。
AFでスポーツ選手の姿をつかまえておくとき、選手の次の動きを予測することはもちろん不可能です。でも人間の目は、サッカー選手の不規則な動きにもしっかりついていきますよね。レンズの目は、それに比べたらずっと遅いのです。
だから被写体の距離情報のフィードバックをもっと早くして、不規則な動きをするものもキャッチできるレンズにするのが将来の目標です。それを実現させるため、日々努力の毎日です」
よりよいレンズ作りを期待しています。
