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アニメーション作家 村田朋泰さん パペットアニメーションとは、人形を少しずつ動かしながら1コマ1コマ撮影し、それをつなげてひとつの映像を作り上げる作品のこと。学生時代にこの技法で短編アニメーション「睡蓮の人」を制作、一躍注目の映像作家となったのが村田朋泰さん。人の「思い出」をテーマに作られた村田さんの作品は、観る人の心の奥にそっと触れるように、どこか温かくて切なくなるものばかりだ。大学に入学してから写真を撮っているという村田さん。今回は写真とアニメーションの違いから写真が作品にどんな影響を与えるのか、また、なぜ写真を撮るのかなど、様々な角度から写真についてうかがった。 |
プロフィール
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Beginning 出会い
伯父からもらい受けたFシリーズで 自分のルーツを探すために撮影
村田さんのオフィシャルサイト(http://www.tomoyasu.net/)
を拝見すると、アニメーション作品などと並んで写真が掲載されていますよね。アニメーションで表現することと写真で表現すること、村田さんはそれぞれどのような捉えかたをされているのか、またその違いなどを今回はうかがいたいなと思っています。ではまず、写真はいつ頃から撮られているのでしょうか?
もともと親父の兄貴、ようするに伯父がカメラ好きでニコンのFシリーズを集めていたんですよ。そのお古をもらい受けたのが最初ですね。それが中学生くらいだったと思います。母親が絵描きなので、小学生のころ絵画教室に通っていて絵を描いたり、漫画家になりたくて漫画ばっかり描いていたんです。でも中学生くらいになっていろいろな面で渾沌としてきて、そのとき何か残したくなったんですかね、なぜか写真を撮っていて。
もらい受けたFシリーズで。
そうです、もらったのはF3とF2ですね。伯父は写真を撮るというよりは機械に、精密なこの集合体に魅せられて買っていたみたいですけど、僕はあまり機械的なことには興味がなくて、写真を撮る方に興味があって。その後撮らなくなったんですが、大学に受かってからまた撮影するようになりました。最初は両方のカメラを使っていたんですが、だんだんとF2を使うようになりましたね。
大学に入って再び撮るようになったのは何かきっかけがあったのですか?
あの、芸大には3浪して入ったんですが、高校生のころは何をしていたのか記憶があまりないんですよ。なんの意欲もない、どうなりたいのかもはっきりしない。なるべく人と会いたくないし、自分の存在自体を消したいという感じで。学校から帰ったら家にこもってテレビかゲームをするだけ。死んだように生きてましたね。そのまま何も考えず惰性のように現役である大学に入ったんですが、そこでふと目覚めたんですよ。「このままじゃヤバイ、このままいれば、このまま終わるな」って。それで、入学後3ヶ月でその大学を辞めて、そこから受験勉強を始めたんです。
浪人中は大学に受かることだけを考えて過ごしていたんですが、実際に大学に受かってみると、さてこれからどうしようか、となるわけです。人生のスタートのような感じですよ。いろいろ考えて、まずは自分のルーツを知りたいなと、自分の生まれ育った町、僕は谷中生まれだったんですが、町の歴史などを調べたいと思ったんです。それと合わせて、町をいろいろ歩きながら写真を撮るようになったんです。
自分を見つめ直すような意味合いで撮られたんですね。
だから誰かに見せる目的ではなくて、ただ、自分のために撮影に出掛けて、学校の暗室で写真を焼いて、ファイルにまとめてってやっていましたね。谷中は寺町でお寺がたくさんあるんですよ。空襲を逃れた土地なので区画整理もされていなくてたくさんの路地が残っているんです。小津安二郎さんに影響を受けていたりとか、北井一夫さんの写真もすごく好きで、このころの写真はそのあたりをかなり意識して撮影していましたね。構成的というか、構図にこだわって、動きがあまりないような写真をあえて撮っていました。あ、あとアラーキーの「人町(ひとまち)」という写真集を見て、それは谷中を撮った写真集だったのでそれにも影響を受けていましたね。今見ると、ちょっと意識し過ぎだろっていう感じの写真ですよ(笑)。


