建築家
北山恒さん
建築を学び始めた学生時代、建築感覚を身につけるトレーニングとしてカメラを撮り始めたという建築家・北山恒さん。実際の建築現場ではカメラは必需品であり、さらに建築写真というメディアで建築とカメラの関わりは深いという。今回は、建築と写真の関わりという点からじっくりとお話をうかがった。
プロフィール |
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一眼レフカメラを向けることが 空間感覚を磨くトレーニングになった

- 撮影:chiyoda corp 2002年
「TOKYO TOWER RENOVATION」
最近の手掛けた仕事のひとつ。
東京タワーの大々的なリニューアルが行われ、
地上250mにある特別展望台を担当した
今回は建築と写真の関わりについてお話をうかがえればと思います。
はい。まず建築を学び始める学生に向って、僕は写真を撮りなさいと言うんです。それはね、建築を学ぶ上でのトレーニングになるからなんですよ。
大学に入ったばかりの学生は、当然建築について何も知らない素人です。彼らにはまず、建築を作らせる前に建築のよき理解者になることを教えます。たとえばいい音楽家は、同時にいいリスナーだと思うんです。いい音がどんなものかを理解していて、それがヒアリングできるようにならないといい音を作れません。音感の優れた人は町に溢れる音を採譜できるそうです。それと同じように、空間をトレーニングした人は、どんな空間でもその空間を読み取れる空間感覚というものがあります。まずはそれを磨いていく必要があるんです。そのトレーニングのひとつとして、写真を撮るということが役に立つんです。
空間感覚というのは、具体的にどのようなものなのでしょうか?
たとえば町を歩いていて、ふとここは気持ちがいいなと感じる場所がある。落ち着く、居心地がいい、そういう所です。空間感覚がいい人というのは、その感覚を分析的に見ることができる人です。この建物のデザイン、流れる音、光の加減、一緒にいる人、いろいろな要素があってその場所をいいと感じているわけですが、その感覚を漠然と感じるだけではなく、注意深く観察して見なければいけないんです。
そして、注意深く見るための道具として写真を撮りなさいと言っていたんです。特に僕は一眼レフカメラを買いなさいと言っていました。今はデジタルカメラの時代になりましたが、10年くらい前までは、高いけれどコンパクトカメラではなく一眼レフカメラを勧めていました。フィルムを入れて、1枚1枚無駄にしないように、ゆっくりと自分で構図を決めて風景を切り取る。それが大事なんです。
写真を撮ることで、注意深く物を見る訓練になりそうですね。
ええ、そういうことです。僕も建築の学生になって初めて一眼レフを持つようになったんです。それから写真を撮ることに一所懸命になりました。
ですが今はデジタルカメラが主流になって、写真を撮る意味は少し変わって来たんです。僕の学生の頃みたいに1枚1枚構図や露出を決めてピントを合わせて、丁寧に撮っていくことはなくなった。その代わり、ひとつの被写体を好きなだけバシバシ撮ることができる。少し時間を置いて時間の経過と光の様子を観察することもできるようになった。どちらのカメラの使い方がいいのかはわかりません。ただ、時代に合わせて建築も変化してきていますから、記録するものも、時代に合わせて変化させていかなければならないとは思っています。
時代に合わせて勉強方法も変わっているんですね。
撮った写真をさらにパソコンで加工するといった技術も今の学生は学んでゆかなければいけませんしね。そういう使い方をするには、デジタルカメラは大変便利ですね。
実際の現場でも、デジタルカメラを使う機会が格段に多くなりました。今やカメラは感性を磨くものではなく、記録やメモという感覚になりました。レンズを通して風景を注意深く見るというあの感覚は、今の時代ではもう持てないでしょうね。ですが周りの変化に合わせて、違う世界に飛び込んでいくしかないんでしょうね。
カメラ片手に世界中の建築巡り 偶然写した貴重な写真でフォトグラファーデビュー!?

- イタリアのカプリ島にある“ヴィラ・マラパルテ”。
ゴダールの映画「軽蔑」のロケ地として世界的に有名に
なった。海に突き出た崖に建っており、水平な屋上へと
続く大階段が特徴的 
- 室内の様子。内装を撮った写真はあまり見られないとの
ことで、貴重な写真となった 
- この頃は写真に夢中で、構図や露出などこだわって撮っ
ていたという。窓の景色と室内のコントラストが印象的な
1枚 
- 現在進行中だというプロジェクト、渋谷にできる映画館
の模型。こちらが全体像 
- 人の目線のアングルで入り口の様子を撮ったもの。
実際に建物に入る人の目には、このように映るのであろう 
学生時代にはどんなカメラを使っていたのですか?
ニコマートです。ほんとはニコンFに憧れていたんだけど、学生には手が出せなくて(笑)。
その頃はどんなものを撮っていたんですか?
身近な風景の中から素敵な場所を探して撮ったり、有名な建築家の建築を見て回って撮っていました。東京だけでもいい建築がたくさんありましたからね。トレーニングのためにといろいろ歩き回りました。
大人になると、今度は世界中の有名な建築を見て回りました。かなり真剣に撮っていましたよ。海外に行くと特に、自分のためというよりは人に見せるために、伝えるために撮っていました。それに1枚1枚じっくりフレームの四隅まで注意を払って撮っていましたから、その頃の写真は自分でも上手いなと思ったりします(笑)。注意深く撮っているなと。
その頃の写真、ぜひ拝見してみたいです。
いいですよ。そういえば、その頃の写真で思い出深いものがあるんです。リベラという建築家の作ったイタリアのカプリ島にある“ヴィラ・マラパルテ”という建築を見に行ったとき、偶然室内に入ることができて、その写真を撮ったんです。帰国後、たまたまブルータスの編集者にその写真を見せたら、これはなかなか見ることのできない貴重な写真だって言われて、その写真を買い取ってくれたんです。その写真のおかげで、イタリアまでの往復の旅費分がまるまる返ってきた(笑)。僕が唯一、写真で稼いだ仕事ですよ。
その写真がこれですね。室内には偶然入ることができたとおっしゃっていましたが。
たまたまアーティストがそこを借りて中で何かやっていたんです。それで、日本から来た建築家なんですが見せてもらえないかと行ったら中に入れてくれたんです。
“ヴィラ・マラパルテ”のインテリアの写真を持っている人は、今でもあまりいないみたいですね。だから僕がその写真を持っていると聞きつけて、今でも貸してくれと問い合わせが来ることがありますよ。
建築の模型を撮ることも多々あると聞いたことがあります。
ええ、建築模型はいろいろな角度から撮影するんです。模型の撮影は建築の学生はもちろん建築の現場でも必要ですね。
僕も学生の頃はニコマートでいろいろ工夫しながら撮っていましたよ。ライティング機材がないので屋外で撮るんです。でも直射日光はダメだから曇りの日に屋上に持っていって、トレーシングペーパーを壁のようにバックに敷いてホリゾント代わりにしたり。結局は学生の模型ですから、出来上がりはどうってことないんですよ(笑)。でも一眼レフカメラを使って、ちゃんと手間をかけて撮影しているっていうことが大事だったんです。真似ごとでも、プロフェッショナルだという感覚を持って撮る。コンパクトカメラとは違うんだぞっていうね。
そもそも、建築の模型を作って写真に撮るというのはどんな意味合いがあるのですか?
模型にもいろいろあって、設計の初期の段階でコンセプトを決定づけるためのものもあれば、最終的に建てるものを1/50くらいで正確に作るものもあります。建てる前に、その模型を見ながら検討していくわけですが、テーブルの上に乗る大きさのものですから、上からの目線ではひとつの物として見てしまう。そうすると、模型というイメージが先行してしまって、実際のスケール感がつかみにくいんです。そこでクローズアップさせながら、実際の目線に合わせて写真を撮る。写真という媒体に落としてあげることでスケール感がリアルに実感できるんです。実際に建てた後に同じ角度から同じように撮影すると、ほぼ同じような写真ができるんですよ。
コンピューターが発達した今でも模型は必要なんですね。
もちろんコンピューターを使って三次元で見ることはできます。ですが、実際に手で触れる物体としてそこにあるという方が信頼できるんです。写真に撮って検討して、違ったらまた変えていって写真を撮るという作業は絶対に必要です。何枚も撮れるデジタルカメラでその作業が手軽にできるようになったのは、本当に助かっています。

