標高2800m、熊やシカの住む所 被写体は我が家の大自然
そもそも、カメラを始めるようになったきっかけはというのはなんでしょうか?
14年前からアメリカのコロラド州に住んでいるんです。ボルダーという町の近郊にある小さな町で、ロッキー山脈の裾野にありますから標高が2800mぐらいなんですよ。日本で言うと北アルプスだとか南アルプスだとかの頂上に住んでいるようなものですね。5月の終わりぐらいまで雪が残っていて、9月にはもう次の冬が来るようなところです。そこにスタジオを建てて、1年の半分ぐらいはそこに居るんです。本当に厳しいところなんですが、ロッキー山脈の大自然というのはそれは綺麗で大きくて。僕はだから、それに触発されて写真を撮っているんですよ。
ご自宅付近で撮影することが多いのですか?
いや、もう家の敷地内で撮るのがほとんどなんですよ。撮影は生活密着型、時間を作ってどこかに撮りに行くということはあまりしないんです。作曲をしていて、ふとスタジオから表に出てみたらばーっと美しい夕焼けが広がっていたりすると、そのままダーッと走ってカメラを持って来て一番いい場所を探して撮ったり、そんな感じです。それに敷地内といっても結構広いですからね、ちょっと散歩するといろいろといい被写体にも出会えるんです。
かなり大きな敷地だそうですね。
うーん…10万坪ぐらいはあるんじゃないかなぁ。山奥ですから誰も人なんて入ってこないし、来るのは熊ぐらい(笑)。あとはエルク(ワピチ)だとかムース(ヘラジカ)、コヨーテだとかね。
エルク?
オオジカです。トナカイよりもさらに大きな角を持っていてね、結構大きいですよ。ムースはそれよりもさらに大きくて、見るとその大きさに驚きますよ。敷地内に小さな湖があって水飲み場になっているんでしょうね。そこにいるといろいろな動物が入れかわり来るんですよ。1日中見ていても飽きないですね。そういう動物も遠くから長いレンズ使って撮ったりしていますよ。さすがに熊は恐いのでまだ撮ってないんですけどね。
曲を作ることは生活の一部、写真を撮ることは毎日のリズム


- 2004年コロラドに冬が訪れた。
紅葉で色づいた木々を撮影
ご自宅にそれだけの素晴らしい大自然、被写体が広がっているというのは凄い環境ですよね。
そうですね、普通、撮りに行こうと思ってもなかなか撮れるものではないでしょうね。東京にいたらたぶん無理でしょう(笑)。僕もこんなに高い山奥に住むとは思っていなかったんですけど、たまたまこの土地と出会ってしまったんですよね。昔、この辺りはネイティブアメリカンの聖地だったんです。そういう意味でここの土地からネイティブアメリカンのスピリットみたいなものを感じられるといいと思って。でも、テレビも新聞も何もない所ですから、生活するには厳しいですよ。でもその反面、そこの空気には透明感みたいなものがあって、静寂があって、研ぎ澄まされている感じがするんです。この環境が曲を作る上でプラスになっていると思うんですよね。都会でも楽曲はできるとは思うんですが、何かひとつ、要素が足りないような、物足りないようなものになってしまうんじゃないかと思います。
では創作活動は主にコロラドで?
そうですね。スタジオを建てているので、楽曲制作はほとんどそこでやります。コロラドにいるときは、朝から晩までスタジオにいることが多いですね。毎日曲ができていくことはありません。大体、構想が決まってから1週間から10日ぐらいかけて1曲を作り上げるんです。出来上がるとまた準備期間があって、アイデアを出しながら構想を練る。構想が決まったらまた作る。毎日、毎日、そういうことを積み重ねながら暮らしています。
毎日制作をされているんですか?
僕ね、休むことってできないんですよ。それが困ったところでもあるんですけどね、今日から1ヶ月休みだからなんにもしないって、自分でラインを弾いて決めてしまえばいいんだけど、それがなかなかできないんですよね。いつでも曲のことを考えてしまうし、どんなことでも制作につながっていくんですよ。30年音楽を作りながら生活してきていますからね、それが当たり前になってしまったというか、それが普段の生活なんですよ。まぁ要するに貧乏性なんでしょうね(笑)。
先ほど、写真を撮るのも生活密着型だとおっしゃっていましたが。
そうですね。メインは作曲、でもその合間に写真を撮るというのも普段の僕のリズムの中にあることなんです。曲を作ることも写真を撮ることも生活の一部なんですよ。写真は特に、その生活リズムとタイミングが重要だと思います。夕焼けだってもし気づくのに5分、10分遅れていたら出会えなかった訳ですから、その景色と出会えたということがすごく重要なんだと思います。だからね、曲をようやく作り終えて、「あぁ、終わったー」ってスタジオのドアを開けたら、ちょうど夕焼けの美しい所に出くわしたりするとね「おぉ、なんて素晴らしい出会いなんだ」と思うんですよ。
そうやって写真を撮ることで、作曲活動に何か影響することはありますか?
僕の作曲の方法は、大体1枚の写真や絵がイメージとして頭の中に出てくるんです。それに合った音をさがして行くという作業をするんですね。だから、写真というのは僕にとってはすごく重要なツールになっているんです。ゆくゆくはね、僕の撮った写真をスライドかなにかで追って行きながら演奏をしてもいいな、なんて思いますね。
四国遍路八十八ケ所、空海の旅、鐘の音を通して平和を願う

- 「空海の旅2」(コロンビア/2005年2月23日発売)
四国八十八ケ所の鐘の音を使用し音楽を作る
“空海の旅プロジェクト”の第2弾アルバム。
13番札所から23番札所までの鐘の音を使用した全11曲
が収められている。荘厳な鐘の音とともに美しく奏でられ
た喜多郎サウンドには、世界の平和と人々の安らぎへの
強い願いが込められている。
2005年2月にはコンセプトアルバム「空海の旅2」が発売になるそうですね。
2003年に出した「空海の旅」の第2弾になります。四国遍路八十八ケ所を回って全てのお寺の鐘の音を録音して、その音色を使って楽曲を作ろうというコンセプトでね、「空海の旅2」では13番札所から23番札所までの鐘の音を入れた作品なんです。
このアルバムを作ろうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか?
もともとNHKの番組で四国遍路八十八ケ所を扱った番組があってそのテーマ曲を書いたことがあったんですよ。素材との出会いはその番組だったんですが、2001年の9月11日に同時多発テロが起こりましたよね。そのとき僕はアメリカに行く途中で、ハワイで5日間足止めにあったんです。そのときに、僕は音楽家として、平和な世の中になるためになにができるだろうと考えていたら、この企画が出てきたんです。鐘の音というのは「1/fゆらぎ」という、心を静める、人間にとって心地よいリズムの成分が含まれているんですよ。その鐘の音と僕の音楽を一緒にしたら、なにか伝わるんじゃないかと思ったんです。
八十八ケ所を回るだけでなく、鐘の音を録音していくというのはなかなか苦労もおありだと思いますが。
はい、それはもう大変なことですよ……僕はまだ46番札所、半分しか回ってないんですが、これからがさらに大変になるでしょうね。松山市内に入ってくるので、街中ですからさらに鐘の音の録音が困難になるんですよ。
大きな通りの横などでは、車の音だとか雑音が入ってしまったり?
そうなんですよ。本当にピュアな鐘の音を撮りたいので冬の時期に、早朝とか夜中とか、人が少ないところを狙って行かないといけなくて。冬の寒さの中を苦労して録音しにいくわけですよ、そうするとどこからかパトカーがやってきて聞かれるんです、「君たちは何をしとるのかね」と(笑)。お寺さんには断ってあるんですけど、巡回をしているパトカーには怪しい人に見えるんでしょうね。
そういった苦労を重ねながら、さらにお遍路を続けていくんですね。
そうですね。八十八ケ所、全ての曲を作るまで続けます。お寺1ケ所に1曲ずつ曲をつけていくということだけでも、このペースでいくとあと10年はかかるのではないかと思うんです。その頃、ちょうど僕は60歳ぐらいになるんです。
では、最後は赤いちゃんちゃんこを着て……。
88曲目をそれ着て終わるっていうのもなかなかいいかもね(笑)。制作に10年以上かかるなんて、少し気の長い話だとは思いますけどね、でもこれもきっと出会い。やっぱり出会いなんだと思うんですよ。だから大変でも、一生懸命作り続けたいですね。

