自然破壊と子供の自然離れ 日本の将来に不安

- 「甦れ、ブッポウソウ」
(山と渓谷社/本体1500円+税)
青い羽を持つ美しい鳥、
ブッポウソウを探し、
丹念な調査によってその生態を
解き明かしていく様子は
鳥好きでなくとも興味深い
4月には長年調査をされているブッポウソウの本を出版されたそうですね。
ええ、カッコウとは違った意味で、ブッポウソウは僕にとって特別な鳥なんです。子供の頃からの憧れでしたし、あんなに綺麗で神秘的な鳥はいないと思います。毎年5月中旬頃になると、南から繁殖のために日本にやってくるのですが、ここ10年で、その数がどんどん減っている。絶滅してしまう前に対策を立てて保護しなければいけません。
日本の自然環境が失われているのが原因なのでしょうか?
他にも原因は考えられますが、やはり日本の自然環境の変化は大きく関わっているでしょうね。ブッポウソウは奥深い山ではなく、水田などを耕して拓いた集落を中心とした里山に住む鳥です。集落にはかならず神社がありますよね。その境内などで見られていたんです。そういった里山の風景が確実に減っているのでしょう。
35年間鳥の研究をしてきて、ひとつ見えてきたことがあるんです。それは、日本の鳥は日本の稲作文化抜きには語れないということ。それに気づいたのは、ライチョウの研究をしていたときなんです。北半球に広く生息している鳥なんですが、日本のライチョウだけは人を恐れず逃げないんです。昔から日本人は集落を作り水田を耕し、里山で樹を切ったり茸を採ったりして暮らしていた。それに対して奥山は、水田のための水を生み出す神の領域として、みだりに入ることをしなかったんです。山の上に住むライチョウは、守神のような存在として決して捕ることはなかったんですね。だから未だに日本のライチョウは人を恐れない。日本人は自然に畏敬の念を持ち、自然と共存して暮らすことができる文化を持っていた民族なんです。だからこそ多くの野鳥が暮らしてこれた。

- これがブッポウソウ。
減少を防ぐためにかけた巣箱で繁殖している様子
撮影:中村浩志 
- 大自然に囲まれた千曲川でも、
河原で遊ぶ子供を見かけることは少ないそうだ
いつからか、それが崩れてしまった。
ええ。おそらく敗戦をきっかけに、アメリカを手本に経済最優先の政策を進めていったからでしょうね。たしかに経済大国にはなったけれど、たった40年でこれまで大事にしトきた自然を相当破壊してしまった。集団の利益ではなく、個人の利益を追求したおかげで地域のまとまりも崩れ、家族すらバラバラになっています。豊かになり本当に幸せになったのかというと、それは疑問ですね。今になって、失ったものの大きさにようやく気づき始めたところではないでしょうか。
日本人の意識は、良い方向に変わりつつあるのでしょうか。
変わりつつあると思いますよ。でもね、大学で20年間学生を見続けていますけど、この学生達が20年後、30年後の日本を背負って立つことができるのか不安になるんです。体力や集中力は落ちているし、新しいことに深く興味を持つ学生も少ない。
ひと言で言うと、今の子供は原体験が少ないんです。僕が子供の頃は、学校から帰るとみんなで川で魚を釣ったり、虫をつかまえたり木登りをしたりして遊んでいました。道具をつくったり、遊びを考えたり、そういう遊びの中で人間関係の築き方、洞察力、思考や発想する力が身につくんです。そういった能力こそ大人になってから役に立つのに、今の子供は、学校から帰っても家にこもってテレビやゲームをしたり、勉強ばかりさせられている。
魚釣りや虫採りをする子供など、見なくなりましたね。
家族あたりの子供の数が少なくなりましたから、子供を守るために危ない目に会わせられないというのもあるのでしょう。でも、このままではこれからの将来、非常に問題だと思いますよ。
長年続けてきた過酷な調査「知りたいというその一心です」

- 57歳になった今も、2本の棒と
ロープでできた「ブイ縄」という道具を
つかってスイスイと樹に登る。
中村先生ならではの、
この木登り技術によって、
多くのカッコウを捕獲することが
できたそうだ
カッコウも、ちょうど今(6月現在)が托卵時期だそうですね。
そうです。カッコウは毎年5月中旬頃に日本に渡って来て、7月の終わり頃まで托卵をする。8月に入ると東南アジアの方へ帰って行ってしまうので、我々のカッコウ調査というのは本当に短期決戦なんです。
段々寝る時間もなくなってきて、毎年この2、3カ月で5kg体重が減るんですよ。冬の間に元に戻り、またカッコウの季節に体重を減らす(笑)。これを20年以上続けています。
相当ハードな作業なのでしょうね。
調査はもの凄く大変ですよ。カッコウは雨の日も風の日も早朝から活動していますから、本当に辛いと思います。でも、それでも続けているのはカッコウの研究が面白いからですよ。22年間カッコウの研究をしてきましたけどね、まだまだわからないことがたくさんあるんですよ。それを知りたい、その一心ですね。
好奇心ですね。
そのとおりです。我々がやっていることは世界の最先端の研究なんです。今まで誰も解明できなかったことをやっているわけですからね。
カッコウは進化の研究なんですよ。托卵される鳥も子孫を残すために、カッコウの卵を見破って、産みつけられた卵を落とすようになるんです。一方のカッコウは托卵が成功しない限り子孫を残せません。ですから、両者は命をかけて、非常にシビアな戦いをしているんです。カッコウはいかに騙すか、托卵される鳥はいかに見破るか、そういう長い攻防戦を続けた結果、托卵という巧妙な繁殖方法が進化したのだと考えられています。
そもそも、托卵が行われるようになったのはなぜですか?
よく聞かれるんですけどね、それがまだわかっていないんですよ。ひとつ言えるのは、カッコウの祖先は他の鳥と同じように子育てをしていたんです。その中にいいかげんなカッコウがいて、自分の巣が壊されちゃったといったことがきっかけで、近くにあった他の鳥の巣に卵を産んだ。それがうまくいってしまった。そのズボラな性格が子孫に伝わっていって托卵が始まったのではないかと思うんです。
托卵された鳥は、それによって大きな害を受けるので、托卵されたことに気づくようになる。そのためカッコウは、卵の模様を似せたり他の卵を巣の外に放り出したり、より確実で巧妙な托卵の方法を確立させていった。一旦、托卵というという悪の道に入ったら、そうやってとことんまでその悪の道を進まざるを得なかったんでしょう。進化ってそういうものなんですね。中途半端なものでは生き残れないんです。
生き方をDNAで決められたカッコウと 生き方を自らで悩み選ぶ人間

- 個体識別のためにマークをつけている
撮影:中村浩志
そういった進化の過程を先生は見続けているんですね。
そうですね。長い時間をかけて、遺伝子レベルで変化していることを見ているんです。カッコウのヒナは孵化した直後、まだ目も見えないうちから凹んだ背中に卵やヒナを乗せて、巣の外に放り出すんです。それは親から教わったものではなく、生まれつき備わっている、托卵によって生き残るための行動なんです。遺伝子レベルでそれがプログラムされているってことなんですね。大人になって托卵をするのも、決してこうしなければいけないという意志で行動しているわけではないんです。生まれてから死ぬまで、いつ、何をしたらいいのかが遺伝子にプログラムされている。そういう意味で、カッコウほど生きることに悩まない鳥はいないと思います。
子育てをしない、夫婦関係もない、そんなカッコウの生き方を先生はどう思われますか?
カッコウの研究を始めたときは、托卵という行動がすごくズル賢いものだと思ったんです。こんなにズル賢い行動をどうやって身につけたのだろう、というところから興味が湧いたんです。でも、実際にカッコウを見続けてきたらね、あんなに苦労するなら自分で子育てをした方が遥かに楽なんじゃないかと思うことがあるんです。托卵しようと巣に近づいたら猛烈に攻撃されたり、やっとの思いで托卵したのに気づかれて卵を放り出されてしまったり。苦労しても成功しない様子を見ているとね、自分で育てた方がよっぽど確実に子供を残せると思うんですよ。
でも、先ほども言ったように、いまさら子育てをする道には戻れない。結局、托卵も自分で子育てをするのも、どちらも生物の進化がもたらした繁殖の仕方であって、どちらが正しくて悪いというのではないのだと思ったんです。だからカッコウは、決してズル賢い鳥ではないんです。
楽な生き方を選んだ、実は苦労人なのですね。
そうです。進化が生み出した、ひとつの生き方なんですね。
よく、カッコウの研究が人間にとって何の役に立つのかと聞かれるんです。たしかにこれが経済的に利益をもたらす事はないでしょうけど、人間の生き方、人間を知る上でひとつの鏡になるのではないかと思うんですよ。
鏡ですか?
カッコウは遺伝子レベルで生き方を全て決められている。人間はその逆で、遺伝子レベルで決められているのは僅かで、あとは学習や経験によって身につけ、死ぬまでどうすれば良いかその生き方を悩んで過ごします。
正反対にあるカッコウの生き方を知れば、動物界の中で人間がどういう特徴を持った生き物なのか、それを客観的に考えることができる。人間というものを知る何かのきっかけになる気がするんです。
なるほど。そのためにも、これからもずっとカッコウを見続けて行くのですね。
ええ。カッコウに出会ったときから、それが僕のライフワークになりました。できるだけ長生きをして、その進化を見届けたいです。

