talk! talk! talk! 漫画家・中川いさみさん


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まとめてタイトルをつけることで 写真の新たな面白さを発見

写真はどのように整理されているんですか?

撮った中から似た写真や、まとまりそうな写真を探して、アルバムに並べて、ものによってはタイトルを付けています。写真を撮ってからそこまでまとめるのが楽しいんです。こういう形で再編集すると、写真が違う意味を持ったり違うものに見えたりするのが面白いんですよ。

違うものに見えるというのは?

たとえば、手ぶれしてしまった写真は、1枚で見たら失敗ですよね。でも、ブレた写真だけを集めてみたら、それで意味が出てくるんじゃないかなって。1枚で良いとか悪いとかじゃなくて、まとめて違った面白さを見つけてみるんです。

たしかに、実際の被写体の印象とは、まったくかけ離れた印象の写真になっている気がします。

デュシャンの「泉」という作品がありますよね。便器だということは知っていたんですが、最初、どこが便器なのかわからなかったんです。よく見たら、ただ縦になっている便器を横にしただけなんですよ。それに凄くびっくりしたんです。普通に見ていたものをちょっと角度を変えて見ただけで、全然違うものになるというのがすごく面白いなと思ったんです。
写真も同じように、視点を変えることができるものだと思うんです。コピー機をいくら見てもコピー機にしか見えないけれど、写真で一部だけを撮って見てみると、これはいったいなんだ?ってまったく違うものに見えたりする。

ものの見方を変えてくれる。

そうですね。そのものの意味をはぎとって、ただ単純な形にしてくれるというかね。それが写真の特性であり、一番面白い所だと思います。
いつも見ているものでも、見ているようで実は細かいところまでは見れていないんですよ。だから写真で切り取るとなんだかわからなくなってしまうし、違うものに見えるんです。それがすごく刺激的というか、新鮮ですよね。

「並んでる」
「並んでる」
「並んでる」
「並んでる」
「子供のかたまり、おばさんのかたまり」
「子供のかたまり、おばさんのかたまり」
「子供のかたまり、おばさんのかたまり」
「子供のかたまり、おばさんのかたまり」

はっきりとしたオチをつけない 余韻を残すギャグ漫画

ギャグ漫画を描こうと思ったのはなぜですか?

ずっと読んでいたというのが一番の理由です。赤塚不二夫さんの漫画とか、『がきデカ』とか、そういうギャグ漫画で育った世代ですからね。
漫画というよりもギャグが描きたいんです。ちゃんとした漫画が描けないというのはあるんですけど(笑)、ギャグですね。紙の上でギャグがやりたい。

先生の作品は、はっきりしたオチで笑わせるというよりは、台詞やシチュエーション、キャラクターなどのおかしさに特徴があるように感じます。

そうですか? まぁ、オチを四コマ漫画の四コマ目に持ってくることは少ないかもしれませんね。
僕の場合、一コマ目で終わってしまうときもありますからね。一コマ目が全てであとの三コマはつけたしただけとか、昔の作品でよくやりましたね。一コマ目が「ロンドンバスが好きかい?」っていう台詞で始まるのがあるんですけど、その作品は一コマ目のその台詞が言いたかっただけですね。あとの三コマは適当(笑)。

(笑)はっきりしたオチがなくても、なぜだか笑ってしまうものが多いですね。

漫画って、わりとはっきりしたオチがあるとそこで終わってしまうんですよ。ああ、そういうことなのねって。ダジャレオチだったら、読んだ人もこれはダジャレなんだなって思う。でも、そのダジャレがないのにおかしかったら、これはいったいなんだろうって考えると思うんですよね。

すこし余韻が残るような?

そう、余韻を残したいというのはありますね。だから、三コマ目に落として、四コマ目がくっついているという形はよくやりますよ。
でも、わかりやすいオチがあっても、そのオチの部分で笑っているわけではなくて、実はもっと他のよくわからない要素があって笑っているんだと思うんです。そのよくわからない部分を見せたいがために、はっきりとしたオチをはずすということをしているのかもしれません。

それで、なぜか笑ってしまうという状態になるんですね。

でも、僕も笑いが何かと言われるとよくわかっていないと思いますよ。もちろん読んだ人を笑わせたいと思って描いてはいるんですが、基本的に僕が面白ければいいかなっていうところもあるので……僕が面白いと思っている部分というのは、実はあまり伝わってないかもしれないですね。

「眠る」
「眠る」
「眠る」
「眠る」

全ての基準は「恥ずかしさ」にあり!?

漫画家  中川いさみさん

今回写真を拝見させていただいて、中川いさみワールドと言いますか、漫画に感じられる中川さんならではのカラーが写真にも現れているように思いました。

やっぱり今でも"良い写真でしょ"っていう見せ方が恥ずかしいんですよ。だから、ネタとして面白いとか、2枚並べると面白いとか、どこか見せるポイントがないとダメなんです。1枚の写真を飾って、いかにも"作品撮りました"っていうのはやっぱり嫌だなぁと。

写真には、作品という意識はないんですか?

作品ですけど、僕が撮っているのは芸術作品ではないですよね。
結局、今も撮りたいものがないんですよ。写真が好きなのに撮るものがない、おまけに芸術写真ってものは撮りたくない、だったらどういう写真を撮ろうか考えたきに、こういう写真を撮るようになったんでしょうね。ネタだったりテーマでくくってみると面白い、そういう軽い感じでいいのかなと思っています。

こういう言い方も失礼かもしれませんが、漫画も写真も、どちらかというと軽い、力をゆるめた印象を受けます。

そうですね。仕事にしても何にしても、ちゃんとやることに恥ずかしさがありますね。あんまり「どうだ!」って感じがしてもね……。やっぱり僕にとって恥ずかしい、恥ずかしくなくというのがひとつの基準なのかもしれないですね。