俳優
賀集利樹さん
2001年からテレビ放映された『仮面ライダーアギト』。賀集利樹さんが演じた魅力溢れる新世代のヒーロー“アギト”は子供たちはもちろん、その母親たちをも熱狂させた。
「今、演じることが一番楽しい」と熱っぽく語る賀集さん。デビューのきっかけからアギトの撮影秘話とその思い、そして忙しい合間をぬって訪れたという屋久島での思い出話まで、屋久島で撮影したという写真を拝見しながら様々なお話を伺った。
プロフィール |
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現代のヒーロー像を鮮やかに演じた『仮面ライダーアギト』 「はじめは“僕がやるんですか?”っていう感じでした」
俳優になる前、モデルをしていたそうですね。
はい、ファッション雑誌のモデルを1年ぐらいやっていました。実家から月に2、3回上京して撮影をして、また実家に戻って。僕はもともと根が目立ちたがりやなんですよね。雑誌のモデルをやりはじめると、途端に周りからすごい反響があったのですが、それをヒシヒシと感じながらモデルを続けているうちに欲が出たというか、モデルだけじゃもの足りないというか……。もっと多くの人に見られたいなと思い始めたんです。そんな時に、今の事務所に俳優になってみないかと声をかけて頂いて、東京に出てくることになったんです。
もともと俳優という職業に興味はあったのですか?
小さいときからの夢という感じではないんですが、モデル時代に芽生えた向上心が、声をかけられたときに刺激されたのか、自然な流れで「よし、俳優をやってみよう、やってみたいな」と思えたんです。
そして上京後、『仮面ライダーアギト』のオーディションを受けることになった。
はい。上京して約2ヶ月後のことです。実は、オーディションの話をいただいたときは、正直、戸惑ってしまいました。僕の世代にとっては仮面ライダーは外見のイメージを知っているぐらいで、いったいどんなヒーローだったのかよく知らないんですよ。きっと当時の子供たちにとってはすごく強くて、カッコよくて、雲の上の存在のような、まさに理想のヒーロー像だったのではないかと思うのです。だから、自分の中では「僕があのヒーローをやるんですか?」っていう感じでしたね。
ところが実際に、そのヒーローを演じることになったわけですよね。
オーディションに合格してすぐ、打ち合わせがありました。そこで渡された『仮面ライダーアギト』の概要を書いた企画書を読んでみたら、全然違うんですよ、それまで抱いていた仮面ライダーのイメージとは。ひと言でいうと、“仮面ライダーになっちゃいました”っていう役だったんです。
気づいたら変身できるようになっていたという設定でしたね。
そう、記憶喪失という設定で。おまけに居候の身で、家事手伝いをしながらのんびり暮しているんです(笑)。とにかく僕の描いていた仮面ライダー、ヒーロー像とはほど遠いものでしたね。雲の上の存在ではなく、隣近所にいるお兄ちゃんっていう存在でした。でもそのイメージのギャップが逆に、ちょっと面白そうだなと思いました。そして実際に演じているうちに、誰よりも自分が仮面ライダーにのめり込んでいってしまったのです。
実際、以前の仮面ライダーとアギトは全然違うものでした。だからイメージを引きずらないように、あえて以前の仮面ライダーは見ませんでした。当時とは時代背景もかなり違いますから、だったら僕は現代のヒーロー像を演じようと思いました。
『仮面ライダーアギト』は子供たちだけでなく、そのお母さんたちにも人気でしたね。それはやはり新しいヒーロー像が受け入れられたということなのでしょうか?
子供たちは、どちらかというと変身するカッコよさとか、アクションに興味があったと思うんですよ。でも、一緒に見ていたお母さんたちにもファンになってもらえたというのは、もしかするとそういったところに興味を持って見てもらえたのかもしれません。うーん……でも、本当はどうなんですかね? 自分の子供に、翔一のように育ってほしいと思われたというのはあるんじゃないかと思ったんですけど(笑)。
賀集さん演じる翔一は、やさしくて朗らかな青年でしたよね。
それに、とても前向きな人でしたね。記憶喪失だっていうだけでも、普通の人はあんなに明るくはなれないと思います。でも翔一は今がよければいいというか、常に今を見つめている人でした。
賀集さん自身は、翔一の性格に何か通じるものはありましたか?
僕も翔一と同じように、前向きな人間だと思います。今頑張ることができればそれでいいし、過去は引きずらないし振り返らない。過去の失敗を引きずったりする人もいると思います。でも、過去の失敗があるからこそ今の自分があると思えば、失敗だっていいことだと思うんです。失敗を恐れる必要はないですよ。そういうことを積み重ねていって、人間は成長してゆくものだと思っていますから。
アギトのために突っ走った1年間 「今になっていい自信になっていると思います」
1年間という長期間の放送でしたからいろいろな経験をされたと思うのですが、特に撮影で大変だった思い出というのはありますか?
やはり撮影スケジュールがハードだったことですね。1年間、ほとんど毎日撮影がありましたから。アクションシーンなどは時間をかけて撮影するので、それがあるとどうしても時間がかかるんです。毎週放送がありますから、撮りだめができる状況でもありませんでした。
賀集さんもアクションシーンにチャレンジされたんですか?
それが、僕はアクションシーンがあまりなかったんです。でもアクションシーンのためにと思って、撮影に入る前に、テレビ用のアクションを教えてくれる“アクション道場”に一ヶ月ぐらい通いました。構えや受け身、蹴り方、そういう基本的なところから教えてくれるのですが、それがけっこうキツかったんですよ……あ、今思い出してみると、そこに通っている時が一番大変だったかもしれない(笑)。でもあれだけ一生懸命アクションを学んだおかげで、どんなシーンでもこなせるという自信はつきましたよ。
撮影に入る前に、バイクの免許も取りに行かれたそうですね。それはやはり撮影のためですか?
仮面“ライダー”ですからね(笑)。バイクのイメージが強いですよね。実際、変身後にバイクに乗るのはスタントマンの方なので、僕が運転できなければいけないということはないのです。でも変身前に、バイクにまたがって発進するシーンなどは、実際に乗れたほうがスムーズに撮影をこなすことができますし、表情や身のこなしがよりリアルなものになると思うんですよ。
2002年の1月に放送が終了してから1年ほどたちましたが、『仮面ライダーアギト』に出演したということについて、今どのように感じていますか?
そうですね……アギトはデビュー作ですから、僕にとって演技をすること自体が初めてでしたし、それなのに自分が主役でしたから……とにかくいろいろなことを学んだ1年間だったと思います。出演後、反響がすごく大きくて、自分を取り巻く状況はもちろん、内面や考え方も以前とは大きく変わりました。自分自身、演技をすることにすごく興味を持ちましたし、1年間アギトをやり遂げたということが、今になっていい自信になっていると思います。撮影しているときは、すごく長いなって感じていたのですが、終ってみるとアッという間でした。それだけ、夢中で突っ走っていた1年だったのだと思います。



