talk! talk! talk! 女優・エッセイスト・黒田福美さん


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知的好奇心が満たされるようなガイドブックを…… 2年もの時間と労力をかけてつくられた『ソウルの達人 最新版』

『ソウルの達人 最新版』
『ソウルの達人 最新版』
(アミューズブックス/
本体1,905円+税)
これまでの集大成として制作された
「ソウルの達人」第3弾。
これまでの「ソウルの達人」同様に、
黒田さんならではの視点で
セレクトされたディープなスポット
が盛りだくさん。
加えて、有名な観光地もしっかり
とチェックできる。
黒田さん自身が全ての
取材をこなし、実際の体験に
基づいて執筆も手がけている。
知的好奇心を満たす、
情報満載のガイドブックだ。

2002年3月に発刊された「ソウルの達人 最新版」では、取材、執筆、そして写真もご自身で撮影されているんですよね。これまで数多く写真を撮影されているとはいえ、戸惑われた点などあったのではないですか?

たとえば料理の写真などはいままでたくさん撮りましたけど、あくまでこういうものを食べたという「記録」であって、人にこういう料理だと「わかってもらうための写真」を撮るのは初めての経験でした。
 でも、戸惑いながらでも、数多く撮影していると、自分が気持ちのいい構図というのがわかるようになってくるものなんです。料理の場合、メインのお皿はフレームと平行になるように写すのが私は好きですね。

撮影後の編集作業はかなり大変だったのではありませんか?

ええ、そうなんですよ。とにかくもう大変でした。
 毎日の取材で、多い時は200カットぐらいの撮影をしました。ということは毎日毎日200枚ずつ手もとに写真が増えていくんです(笑)。撮影はいいんですが、今度はそれをすべてチェックして、セレクトしないといけない。これは本当に大変でした。撮影した枚数は全部で2万カット。あまりにも膨大でしたから、まず、“第一次予選”というグループを作って(笑)。さらにそこからだんだんと枚数を減らして、“決勝”まで。そうして最終的にこの本のために820カットぐらいの写真をセレクトしたんです。
 写真だけでなく、構成、執筆も私がやりましたから、結局まわりからの制限は何一つない自由な状態で編集をすることができたんです。結局それが逆に大変になってしまったんです。膨大な情報を全て自分の手で決めてゆくのは本当に果てしなく、根気の要る作業でした。

「ソウルの達人 最新版」を拝見させていただきましたが、確かに、そこに費やされたパワーをヒシヒシと感じました。単なる観光地紹介ではなく、韓国の風土や文化を含めて紹介しているあたりには、黒田さんの深い思い入れも感じました。

現在ではたくさんの方が韓国を訪れるようになって、巷には韓国のガイドブックが溢れていますよね。じゃあ私があえてガイドブックを作ることの意味ってなんだろうって考えたんです。
 旅行って、何処に行って何がおいしくて安くてというだけではないと思うんです。旅先の文化を知ることでその本当の面白さや楽しさが理解できることもあります。知的好奇心が満たされるということも旅の大事な要素なのではないか、そう思ったんです。韓国に住まいを構えて、2年もかけて作った本ですから、そういったことも余すことなくカバーできる本にしたかったんです。ですからそれだけの時間と労力を注ぎ込むことができたんだろうと思います。実際、もうこれ以上はできないし、やりたくないですねぇ(笑)。

(笑)ご自身でも、大満足の本ができたという感じですね。

ええ、満足しています。この本に勝てるガイドブックがあるなら出てきてみなさいって言えるぐらいに(笑)。

『自分が良いと思う写真』とは何か? その答えを気づかせてくれた写真展

黒田福美さん

黒田さんが初めに写真を撮り始めた頃は、自分が見たものを記録するための“メモがわり”だったそうですが、95年には写真展を開催されています。これは、写真に対する意識が“メモがわり”から徐々に変わっていったということでしょうか?

いいえ、それまで私はあくまでメモがわりとして写真を撮り続けていました。そもそも、写真展を開催するということは本当に意外な展開だったんです。「ソウルの達人」(94年)という本を作っている時に同行していたカメラマンが、「福美さんの写真はおもしろいから写真展をやったら?」って言うんです。もうびっくりしました。作品を撮っているという意識はないですから、写真展なんて思いつきもしませんでした。
 ただ、それまでもテレビや活字を通して韓国を伝えることをやってきていましたから、そういった角度から見ると、写真展も韓国を伝える一つの手段として有効なんじゃないかと思い、写真展をやろうと決めたんです。

韓国を伝えたいという思いが写真展の開催に踏み切らせたんですね。

そうですね。ところが、いままで写真の良し悪しなんて考えないところで写真を撮っていましたので、いざやるとなると、まずどうやって写真を選んでいいのかわからないんです。「これは福美さんの写真展なんだから、福美さんがいいと思うものを選べばいいんですよ」なんて言われて、じゃあ、これがいいんじゃないかなって選ぶんですけど、周りの人の反応がどうもよくない。逆に、手ブレをしていて、これはないなぁって思った写真を見て、「これは面白い」と言ってくださったりして……写真展を開催したことで、良い写真とはいったいなんなのか、どんどんわからなくなってしまいました。

Photo(撮影・黒田福美さん)
結婚式を終え、顔を見合わせてホッとした瞬間の新郎新婦。「やれやれだねって感じかな。後ろにいるご両親は、そんな彼らの心情に少しも気づいていないんです(笑)」
Photo(撮影・黒田福美さん)
市場で売られていた食用の犬。「犬食? 別にいいと思います。彼らの文化ですから。でもちょっと衝撃的な写真ですよね」

その状態から抜け出すことはできたんですか?

私の写真展が終わった後、ある方の写真展を見にいったとき、これは良い写真だなぁって初めて純粋に思った瞬間があったんです。あれ、これは自分にとっての“良い写真”という概念が生まれ始めたのだなと感じました。

その後、阪神・淡路大震災後の95年11月には、ボランティアの一環として神戸市長田区で写真展を開催していらっしゃいますよね。

ちょうど関西でも写真展を開催したいと思っていた矢先に、阪神・淡路大震災が起きたんです。神戸には在日の方も多いですし、韓国の写真を展示することで力になれればと思ったんです。

そして、被災者の方に自らの街を撮影してもらうというイベントを企画されました。同時に、黒田さんも長田区で撮影をされているんですよね。

長田区での私の活動を、あるテレビ番組が追ってくれたのですが、その番組のディレクターが私に写真を撮ってくれないかって言ったんです。これはまず、自分のテーマ探しから始めないとなぁと思いながら、何カットか撮り始めてみたのですが、どれもどこかで見たような、報道写真のようなものばかりなんです。
これでもない、あれでもないと街を歩き回っていたら、ある商店街があって、何気なく一軒の判子屋さんに入ったんです。崩壊している店先で、おじいさんが判子を彫っていました。次に酒屋さんに入ったんです。お店は完全に潰れ、プレハブになっていたんですが、そこで酒屋を営んでいました。次に理容室に行くと、とりあえず鏡だけ壁にひっかけてお客さんの髪を切っていたんです。そうやって商店を回っていくうちに、あー、コレだ! って思ったんです。

ピンときた。

そうです。私が撮りたいのはコレだ、コレなんだって。
 撮影をしていると、商売人の活気がものすごく伝わってくるんです。そして、とても不思議なことに、こんな状況下でも、判子屋さんは判子屋さんの顔、酒屋さんは酒屋さんの顔、パン屋さんはパン屋さんだし寿司屋さんは寿司屋さんの顔をしているんです。いかに人間と職業が密接した関係にあり、人々に深く身に付いているものなのかということに気がついて、とても感動したのです。そんな思いでシャッターを切っていたら、ここにいる皆さんは商売をしてゆくことで生活を立て直し、自分の職業を通して自分自身を再生させてゆくのだという事実が、手に取るようにわかる写真が撮れてしまったのです

黒田さんの撮影された写真を含め、被災者の方が撮影された写真は「さっき見て来た神戸展」という写真展で発表されたんですよね。

ええ、そうです。
この神戸での一連の活動を通して、自分が好きな写真、自分が良いと思う写真とは何だろうって改めて考えました。もともと人間が好きだったのですが、特に、人と職業というような、人と何かが関係する時に生まれる視線、触れあい、情愛、そういったものに心惹かれるんだということにやっと気づいたんです。
この写真展もそうですが、いつもいつも何かをやり終えた後に、その方法や本質に気づくのです。普通はできることにチャレンジするものなのに、逆ですよね(笑)。「ソウルマイハート2」(99年)という本を書いた時、サブタイトルに“背伸び日記”と付けたんです。私はいつも、背伸びをしながらいろいろなことをわかっていくんです。

黒田さんの撮影された写真を含め、被災者の方が撮影された写真は「さっき見て来た神戸展」という写真展で発表されたんですよね。

ええ、そうです。
この神戸での一連の活動を通して、自分が好きな写真、自分が良いと思う写真とは何だろうって改めて考えました。もともと人間が好きだったのですが、特に、人と職業というような、人と何かが関係する時に生まれる視線、触れあい、情愛、そういったものに心惹かれるんだということにやっと気づいたんです。
この写真展もそうですが、いつもいつも何かをやり終えた後に、その方法や本質に気づくのです。普通はできることにチャレンジするものなのに、逆ですよね(笑)。「ソウルマイハート2」(99年)という本を書いた時、サブタイトルに“背伸び日記”と付けたんです。私はいつも、背伸びをしながらいろいろなことをわかっていくんです。

写真が写し出すひとつの真実から様々な感情が生まれる。「それが写真の最大の魅力だと思います」

Photo(撮影・黒田福美さん)
唐辛子と、それをさわる商人の手。
なにげなく撮影されたという一枚だ。
韓国を感じさせる彩りがとても美しい写真だ。

黒田さんは写真を撮影して楽しむ、ということだけではなく、様々な角度から写真に関わっていらっしゃるように感じました。

そうですね。最初の写真展は取材メモのようなところから始まっていましたし、長田区ではまた別の関わり方をしていましたしね。「ソウルの達人 最新版」の写真は、必要に迫られて撮っていましたし(笑)。

そんな黒田さんから見て、写真の面白さとは何だと思われますか?

そうですね……特に、長田区で写真を撮った時に感じたことなんですけれども……写真というのは事実をそのまま写し出しているだけに、凄さがあると思うんです。たとえば文章は、どんなに忠実に伝えようとしても、人の主観というひとつのフィルターを通さざるを得ませんよね。でも写真はそのものずばりですから、その訴えかける強さといったらないですよね。また、人はその一枚の写真からもの凄くいろんなことを感じとるんです。それも不思議なことに、勇気とか、愛情とか、とても抽象的なものを。
これはソウルで撮影したんですが、私の大好きな写真なんです。ここに写っているのは唐辛子と手ですが、ただの手じゃなくて、自分の商品を慈しみながら触る商人の手なんです。私にとっては、愛情だったり、生活をしてゆくたくましさだったり、そういったものを感じる写真なんです。こんなふうに、具体的なものを見ながら、人は抽象的なものを感じとってしまう。それが写真の最大の魅力であり、面白さなのではないかと思います。

では、写真を撮ることが女優という職業に影響を与えているということはありますか?

ないですよ(笑)。そう言ってしまうと身も蓋もないですけど。写真を撮り続けることで感性が磨かれて女優としての幅が出るとか、そんな直接的なことは私の場合ないですね。もし何か影響があるとすれば、私を見ている側にあるのかもしれません。

見ている側、すなわち視聴者ということですか?

ええ。今、黒田福美という人間は世の中にさらされている状況にあると思うんです。テレビに出ていれば女優業だけでなく、トーク番組に出たり、こうしたインタビューも受けたりします。世の中に自分の実体をさらけ出しているわけですよね。
視聴者は、たとえばロミオとジュリエットを見ていても、それを演じている人が誰で、どんな人柄で、どういう考えを持った人なのか百も承知なんですよ。ロミオを見ているのではなく、誰々が演じているロミオというふうに見ていることになるんです。その人が何ものなのかという部分を抜きにしては語れなくなっている。それが今の俳優のあり方なのではないかなと思いますね。ですから視聴者が、私の演じる役と実在の黒田福美とを結びつけた時に、写真を撮っているということが、その人の意識の中で、何かにはなっているんだろうなという気はします。

女優という職業は、見ている側のイメージに左右される部分が大きいんですね。

黒田福美さん

そうですね。見る側が持つ情報によって、全然意味がわからなかったり、良く見えたり悪く見えたりするわけですから。
だからこそ、私は女優という職業はカメラの前で演技をしている時だけが自分を表現する場だとは思っていないんです。物を書くことも、韓国を紹介していくことも、写真を撮っていくことも、全てが自分の表現の場だと思っています。

では最後に、今後撮影されてみたいものなどありますか?

やはり、人と人、人と物など、人と何がか関係しているような、特に、人の優しさを感じられるようなものを撮影できればいいなと思います。つくづく思うのは、狙って撮影した時ほど、いいものが撮れないんですよね。偶然に撮れたもの、いいかげんに撮ったものほど良く撮れてしまうんです。だからこそ、人の情愛みたいなものが写ったときのうれしさといったらありません。
 自分で自分の写真に感動できるという経験はそうそうないですよね。ですから、そんな写真が一枚でも多く撮れたら素敵だなぁと思います。

これからも、そんな素敵な写真を撮り続けていってください。今後のご活躍を心からお祈りしております。今日はどうもありがとうございました。