怖がらずに1歩踏み出すことで、人生が大きく変わりました
次に、モデル時代のお話をお聞きしたいと思います。最初は日本でデビューされたんですよね?
はい。最初は日本でモデルを始めたんですが、全然売れなかったんですよ。当時、私は刈り上げスタイルをしていて、男の子みたいだったんです。でもその時代はボブスタイルが流行っていて、女性らしいモデルさんが主流だったので、誰も認めてくれませんでした。オーディションに行っても、男の子だと思われて「今日は女の子のオーディションの日だから、明日来なさい」って言われたり。喫茶店のアルバイトなど、フリーターをしながら2~3年モデルをやってたんですが、モデルとしてのプライドも全く持てず、自分の居場所も全然見つからなくて、かといってやりたい仕事も見つからず、というつらい日々でした。
そうだったんですか。それが、なぜ海外でご活躍されるようになったのでしょう?
とにかく自分の居場所を見つけたくて、どうしたらいいだろう?って考えたんです。それで、やっぱり私はファッションが好きだし、中でもパンクファッションが大好きだったので、パンクの世界を極めよう!と思いました。パンクといえばロンドンが本場ですよね。だから、とにかく日本を逃げ出す、という形で、アルバイトで貯めた30万円だけを持って、ロンドンに行く決心をしたんです。

- のびのびとした屈託のない笑顔
からも、マヤさんの心境の
変化がうかがえる。 
- パリコレクション、ヨージ・ヤマモト
のショーより。少年ぽさがマヤさん
の魅力。 
- パリコレクション、イッセイ・ミヤケ
のショーより。このポーズも、
もちろんマヤさんのアドリブです。
モデルではなく、パンクの世界を目指して日本を飛びだしたんですか。
はい。お金がなかったので、パリに着いたらすぐにロンドンに行くつもりで、まずパリ経由の格安チケットを買いました。それが、計算違いで、パリで2日ほど時間をつぶすことになってしまったんです。せっかくだから観光でもしようかな、と思って、昔一緒に仕事をしたことのあるデザイナーの入江末男さんがパリにいらっしゃったので、電話をして、オシャレなカフェに連れていってもらいました。そのときに、入江さんの知り合いらしき男性が近づいてきて、入江さんとおしゃべりしていたんですね。私は「なんだ、このおじさんは?」なーんて思いながら見てました。しばらくしたら入江さんが、「マヤ、ピーターがマヤの写真を撮りたいって言ってるよ」と言うんです。
ピーターとはその男性のことですか?
はい、その男性は、なんと世界で5本の指に入るといわれる超有名なファッション・カメラマンのピーター・リンドバーグさんだったんですよ!入江さんに、「ピーターがマヤの顔が面白いから、マリークレール誌に載せたいって言ってるよ」と言われて、最初は「面白い顔なんて失礼だな!」なんて思ったんですが(笑)、私はそれまでブスだ、とか男の子みたい、とばかり言われていて、面白い、なんて言われたのは初めてだったので、悪い気はしなかったんです。それで、モデル生活の最後の思い出として、マリークレールに載るのもいいかな、という軽い気持ちで引受けました。
そのときは「最後の思い出」のつもりだったのですか?
そうなんです。でも、次の日から始まった写真撮影は、本当に楽しくて、そこで私のモデル人生ががらりと変わったのです。
どのような撮影だったのでしょう?
ピーターさんは、おしゃべりしながら撮るんです。「マヤ、一緒に歩こう!」って2人で歩きながら撮影が始まりました。彼は上から撮ったり、下から撮ったり、「マヤ、まわって」と言って、彼もまわりながら撮ったりして、まるで2人でダンスしているみたいな気分になって、本当に楽しかった。しかも彼は1日に1、2カットしか撮らないんです。終わったら皆でレストランでワインを飲みながら食事をして、次の日にまた1、2カットの撮影。それまでの日本での撮影経験だと、はい、次はあれを着て、これを着て、というふうな感じで、感情を入れている余裕はありませんでした。でも、このピーターさんの撮影で、私は「撮られる」ということに楽しみを見つけたんです。もう面白くてたまらなくなって、そのままロンドン行きはやめました。その写真の評判も非常によくて、パリ・コレクションに出ているデザイナーさんから、「面白い日本人がいるから使いたい」と、どんどん声がかかり、パリ・コレクションに出演できるようになったんです。
パンクの道を極めるはずが、別の道を極めることになったのですね!
はい。もうあきらめたつもりのモデルの世界にまた入ることになりました。
そういった突然の環境の変化を、どのように感じていましたか?
もう、すっごくうれしかったです。日本を逃げ出してきたつもりだったけれど、一応、自分でお金を貯めて、一歩踏みだした結果ですよね。だから、怖がらずに何かをやってみることって大事だな、と思いました。それをきっかけに、いろいろなことが怖くなくなったんです。同時に、それまで自分に自信が持てなかったのが、少しずつ自信が持てるようになりましたね。自分の嫌いだったところを、パリの人が誉めてくれたんです。たとえば、笑うと歯茎が出るのがすごくいやだったんですけど、「太陽みたいな笑顔だね」とか、「マヤってかわいいね」と言われたんです。それで、今までは日本で気取った写真しか撮れなかったのに、自分も自然のまんまでいいんだな、と思えるようになって、どんどん自分のことが好きになりました。
その後、モデルとして大活躍されるわけですが、ファッション・ショーなどでステージを歩くときはどんなお気持ちなんでしょうか?
あれは、気持ちいいですよー!歩くときは、1枚の服に対して、自分でイメージを決めて歩いていましたね。たとえば、黄色い洋服だったら、「私はひまわりの精」というふうに自分なりにタイトルをつけるのが好きだったんです。そして、太陽の中でフワーって広がっているようなイメージを思い浮かべて、ライトの当たる場所でフレアースカートが広がるようにくるくるまわってみたりしました。
それは、誰に言われたのでもなく、ご自分のアイデアですか?
はい。私はモデルクラブにいたころ、劣等生だったんです。歩き方が下手だといつも怒られていました。それで、自分なりの歩き方や、ターンの仕方を研究するようになりましたね。私は171cmで、まわりのモデルさんはほとんど176cm以上だったので、本当に小さかったんですけど、無理しないで自分らしさを出してしまおう!と思って、いつも自分のアイデアを活かすように工夫していました。オーディションで、音楽をかけて歩け、と言われたときに、裸足になって踊ったこともあります。そうやって自分らしさを受け入れてもらえたときは、うれしかったですね。
マヤさんのオリジナリティーを活かしていたわけですね。
でも、最初はなかなかそれが認められなかったんですけどね。だから、パリに行って、パリ・コレに出るようになって、初めて日本でも認められるようになったんです。逆輸入みたいなかんじですよね。そうやって、モデルとして日本とパリと行ったり来たりの生活を6年くらい続けていました。
デジタルカメラを使うことで、感性が豊かになっていく

- デジタルカメラを使い始めて、今まで
は気が付かなかったいろいろな
ものが見えるようになったそう。
現在は、テレビを中心にご活躍されているわけですが、普段、デジタルカメラに親しんでいらっしゃることが、役立ったりすることはありますか?
うーん、仕事で、というよりは、デジタルカメラを使うようになって、私自身の感性が変わってきたと思いますね。デジタルカメラで写真を撮るときっていうのは、すごく一生懸命被写体を見るでしょう。だから、好奇心だとか、分析する目というのが肥えてきた気がしますね。以前は、お花をひとつ見るにしても、「これ、いいね。なんか、かわいいね」といった感じで、せいぜい色や形を見るくらいで、その場かぎりだったんです。でも、デジタルカメラを使い始めてからは、質感とかも感じるようになりました。ビロードみたいな花びらだな、とか、花びらの筋の色が違うとか、前は気がつきもしなかったことに気がつくようになりましたね。ちょっと自分の目がミクロな感じになってきたのかな(笑)。
デジタルカメラを使うことによって、マヤさんの視野がかなり広がったんですね。
そうなんです。以前は、デジタルカメラという響きは、すごく機械的な感じがしていたんですが、自分が使ってみてそうじゃない、ということがわかりました。音も優しいし、人にも優しいカメラだと思います。今は、仕事に集中するためにオフの日しか持ち歩かないようにしているけれど、もう少し余裕を持って仕事をこなせるようになったら、できれば肌身離さず持っていたいと思っています。これからもずっと、デジタルカメラと一緒に歩いていきたいですね。
カメラマンのご主人様から、いろいろアドバイスを受けたりするんでしょうか?
そうなんです、もううるさいんですよ(笑)!でも、最近は「結構うまくなってきたね」と誉められるようになりました。いろいろアドバイスされると、いろんな撮り方があるんだな、と勉強になりますね。それぞれが撮ってきた写真を夜、二人でああだ、こうだ、と言いながらお互いに発表しあうのが楽しいんですよ。
それでは、今度は夫婦そろってご登場いただきたいですね。本日はどうもありがとうございました。

