新宿ニコンサロン


平沢 豊/Paul van Riel展
[1969:Amsterdam and Tokyo 東大全共闘+アムステルダム大学占拠]

9/1 (火)~9/14 (月)
10:00~19:00(最終日は16:00まで)
会期中無休





<写真展内容>
1969年、ふたりの若者が、初めてカメラを手にしてからさほど時間は経っていなかった。東京の若者の手にはニコンFが、アムステルダムの若者の手にはローライがあった。年齢はほとんど同じだったが、ふたりの間には1万km以上の距離があった。
当時の世界は、いまから考えるとはるかに広かった。日本とアメリカは突出した深い関係を結んでいたが、ほかの国々との関係は経済的にも、社会的にも希薄なものだった。世界中の国々の関係は政治的で、いわば抽象的なものに留まっていた。
それにも関わらず、《それ》は起きた。世界中の若者が従来の社会のあり方に、同時に異議をとなえたのだ。これらの意義はそれぞれの社会にとって根源的なものだったから、国家や社会から徹底的な弾圧を受けた。若者たちは連帯を断ち切られ、固有の傷を負って沈黙していった。
40年の歳月を隔てて東京とアムステルダムのかつての若者は、おたがいに《それ》(若者の叛乱)を撮っていたことを知った。国家や社会が公認した報道写真ではない。ふたりの写真に共通していたのは、一度は沈黙を余儀なくさせられた、当時の若者の異義の顔をとらえたものだった。
本展は、今年が1969年の「アムステルダム大学占拠」そして「東大安田講堂攻防戦」からちょうど40年という周年を記念して開催する。また、今年は1609年に徳川幕府がオランダに対して御朱印状を発行し、オランダとの貿易関係が開始されてから400年となる日蘭通商400周年であり、この周年を記念し、日本では「日本オランダ年2008-2009」として、さまざまなイベントが開催されている。
モノクロ各約35点(計約70点)。



<作者のプロフィール>
平沢 豊(ヒラサワ ユタカ)
1947年生まれ。71年東京大学文学部フランス文学科卒業。同年平凡出版(株)(現マガジンハウス)入社。84年「ELLE JAPON」編集長に就任。その後、「BRUTUS」、「TARZAN」、書籍出版部の編集長を歴任(2008年5月に同社退職)。
写真展に、04年12月~05年1月ヨーロッパの街々の表情を捉えた「OTHER VOICES」(ギャラリー・ヴァンテアン/東京・台場)開催があり、04年12月に写真集『OTHER VOICES 東大全共闘・68-70』(春風社刊)が刊行されている。

Paul van Riel(ポール ヴァン リール)
1948年生まれ。アムステルダムを拠点に世界中で活躍するオランダ人写真家。トラベル写真の分野で高い評価を得るとともに、数々の国際的な企業のアサインメントを手がける。また、JAL、KLMなどの機内誌や「ナショナルジオグラフィック」誌(オランダ版・ベルギー版)に多くのフォト・エッセイが掲載されている。80年代には旅行写真と並行して、パリ、ミラノ、香港などでファッションフォトグラファーとしても活躍。世界各地で取材を続けており、とりわけ日本については深い造詣があり、相撲や旅館、建築や舞台など、幅広いフォト・エッセイを発表している。近年の仕事では、モーツァルト生誕250周年記念のザルツブルグをとらえたルポルタージュ、中国、北朝鮮の取材を行っている。
写真展は、オランダ国内をはじめ、世界各地のギャラリーや美術館で開催している。

■平沢豊氏とポール・ヴァン・リール氏とは20年あまりにわたる友人である。もともとは、平沢氏が雑誌「anan」の編集者だった1970年代半ば頃、取材を通じて知り合ったパリ在住の絵を学ぶ日本人女性がのちにリール氏と結婚。後年、彼女からの紹介を受けた平沢氏は、来日したリール氏と会い、リール氏の写真作品と人柄に接し、以来、公私ともに交流が続いている。