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<写真展内容>
1969年、ふたりの若者が、初めてカメラを手にしてからさほど時間は経っていなかった。東京の若者の手にはニコンFが、アムステルダムの若者の手にはローライがあった。年齢はほとんど同じだったが、ふたりの間には1万km以上の距離があった。
当時の世界は、いまから考えるとはるかに広かった。日本とアメリカは突出した深い関係を結んでいたが、ほかの国々との関係は経済的にも、社会的にも希薄なものだった。世界中の国々の関係は政治的で、いわば抽象的なものに留まっていた。
それにも関わらず、《それ》は起きた。世界中の若者が従来の社会のあり方に、同時に異議をとなえたのだ。これらの意義はそれぞれの社会にとって根源的なものだったから、国家や社会から徹底的な弾圧を受けた。若者たちは連帯を断ち切られ、固有の傷を負って沈黙していった。
40年の歳月を隔てて東京とアムステルダムのかつての若者は、おたがいに《それ》(若者の叛乱)を撮っていたことを知った。国家や社会が公認した報道写真ではない。ふたりの写真に共通していたのは、一度は沈黙を余儀なくさせられた、当時の若者の異義の顔をとらえたものだった。
本展は、今年が1969年の「アムステルダム大学占拠」そして「東大安田講堂攻防戦」からちょうど40年という周年を記念して開催する。また、今年は1609年に徳川幕府がオランダに対して御朱印状を発行し、オランダとの貿易関係が開始されてから400年となる日蘭通商400周年であり、この周年を記念し、日本では「日本オランダ年2008-2009」として、さまざまなイベントが開催されている。
モノクロ各約35点(計約70点)。 |
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