第17回(2015年度) 三木淳賞

juna21 阿部 祐己

写真
新しき家

内容:

写真

私の母方の実家は代々農業を生業としてきた。築83年になる母屋の建て替えが決まり、私は二つの家を撮影する機会に恵まれた。

標高950m、風が戸を叩き凍みいる平屋。農家は雪解けと共に家を出た。最初に家具が消えて空っぽになり、田植えの後には柄入りのガラス戸も消え、解体の神事を終えた後、平屋は昔の面影を見せた。

いつもと変わらず農家は畑に通い、傍らで新居の工事が進む。ハウスに絡む蔦のように骨組みに巻き付いたコードが血管にも見えて、次第に肉を付け人の住処になっていく。まだ人の匂いがしない家も年月と共に皺が刻み込まれ、在りし日の平屋のように柱も少しずつ曲がり、いつか歳を重ねた老人のような面影を見せる日が来るのだろう。

毎年繰り返されてきた農作。農家の住処であり続けた家。ずっと続くと思っていた景色も少しずつ変わり、いつか訪れる節目。畑が広くなり冬を越えて、また新しい年がくる。

私は家と人の一生を、どこか重ね合わせて撮影していた。(阿部 祐己)
カラー30点。

授賞理由:

旧い住まいから新しく建築中の建屋に転居する過程を見つめた記録から生まれた、自照の記録である。
その家は故郷の母の実家である。作者が帰省するたびに古い母屋の解体は進む。座敷には散乱した見覚えのある家具、神(かみ)下(おろ)しされてしまった神棚、大黒柱の礎石があらわになった床、襖も取り払われてがらんどうになった部屋に風が吹き抜ける。幼い頃、母に連れて来られた時の幸せな思い出が、訪れるたびに消滅していく風景に作者は戸惑う。
しかしこの作品が優れているのは、ノスタルジックな記憶の喪失に落胆する域に留まっていないところである。転居の過程を記録しながら、時のサイクルのなかで生かされている自分自身に出会い、己の内にこそ「新しい家」を造らねばならないのだと、転居と同時進行に己が覚醒させられてゆくプロセスが表現されている。
展示作品は、古い家屋の破棄、新築中の柱、引っ越しなどの推移の記録の中にビニールハウスの風景が四枚、季語のように用意されていて― 春の種蒔き、夏の星空、秋の柿、雪に埋もれてランプに輝くハウス― 季節と共にある生活を表現している。さらにそんな写真の中に、葬儀の門送りの様子を遠望する視線がさりげなく一枚組み込まれている。姻戚の者の旅立ちであろうか。変わりゆく世代の交代を身近に実感したのだろう。このようにして作者は自分自身の位置を故郷で起きている様々な事象を通して、自覚させられていったのであろう。都市の中での生活では、日々に追われて過ぎる時間を具体的に実感することは難しいものだが、時々帰省することで時間に追い越されている自分を発見する姿をこの作品に見ることができる。
「新しき家」というタイトルは、作者自身が目指すべき状況を隠喩的に示したものといってよいのではないか。秀作である。
(選評・土田ヒロミ)

プロフィール:

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阿部 祐己(アベ ユウキ)
1984年生まれ。2011年日本写真芸術専門学校卒業。同年写真新世紀において作品「ボイジャー」佳作入選。12年同「HALO」佳作入選。13年キヤノンフォトグラファーズセッションにおいてファイナリストになる。14年三菱商事アートゲートプログラム入選。15年2015 The 8th Jeonju International PHOTO FESTIVAL(全州郷校(韓国・全州市))招待作家。